リブ・フォーエバー ~土の中から~
◆
私はカーラ、10歳。双子の姉だ。
そして、ご近所さんたちが言うには、私たちの家は「商家」と言うらしい。
幼い頃、母に奇妙な噂を聞かされたのを、よく覚えている。
「2人とも、子どもだけで森に入ってはダメよ。遠い遠い森の中で、魔物に襲われて、魔物として甦った人がいるらしいわ。いい子にしないと、あなたたちも魔物になっちゃうわよ~?」
「……どんな魔物になっちゃうの?」
双子の弟、ハルトが聞き返した。
「そうね……日焼けで煙を出しながら、焼け死んじゃうとか」
「「うわぁ……」」
よく分からないなりに、怖いなぁ……と思った。
◇
いつも通り夜が来て、家のベッドで眠りについた……はずだった。
なのに、気づけば知らない所にいた。
涼しくて快適……と言うには土臭く、じめじめしすぎた空気。ちょん、ちょん……と小さく、でもたしかに聞こえる水の音。
背中側に感じる、固く大きなもの。木の床だろうか……?
左手でそっと叩いたら、ミシミシ……ではなくペチペチと音がする。そして冷たい。たぶん石だ、これ。
思い切って目を開ける。暗い。そして見慣れない、茶色の天井だ。
周りを見ようとして、左を向く。大きな石の台座がある。
その上で、見慣れた少年が、仰向けに横たわっている。
顔や手足が黒ずんで、皺だらけ――という、変わり果てた姿で。
「……ハ゛ッ゛ト゛!?」
起き上がり、その名を呼ぼうとして気づいた。声がガサガサで、上手く話せない。
……というより、全身がゴワゴワしていて、そもそも動かしにくい。
思わず自分の両腕を見た。こちらも黒ずんで、皺だらけだ。
顔に手をやった。いつものすべすべ……じゃない。なんだかシワシワだ。何だこれ?
私たちは一体、何に巻き込まれたのか……?
……などと考えているうちに、ハルトが目を覚ましていた。
「……! ……!」
何か話そうとしている。けれど声にはならない。ヒュー、ヒュー……と、どこからか息が漏れている。
ただ、何を言いたいのかは分かる。“カーラ、ここはどこ? 今何時で、何が起きてるの!?”
――双子だからかな。
「ごめんね、私にもよく分からない……」
そう声をかけると、彼はしょんぼりした顔で頷いた。
……じっとしていても仕方ない。まずはこの部屋? を調べよう。
「……と思ったけど、何もないな」
私たちがいる、石の台座の周りには、ただ土の地面、壁、天井があるだけ。
強いて言えばあと2つ。まず、壁の一方に水が染みだして、ちょん、ちょん……と音を立てている。
そして、その反対側の壁の足元に、1人が通れるかどうか……という穴が空いている。
でもそれだけ。
「出られるなら、外に出たほうがよさそうだね……よっと」
台座から降りる。意外と高くて、私たちが座り直しても、足が地面につかなかった。
「じゃあ、行こうか」
後ろを振り返り、声をかける。ハルトは頷いた。
◇
穴から這い出すと、暗い通路に出た。地面はもちろん、壁も天井も、全部土だ。
どうやら、ここは地下らしい。
周りに誰もいないのを確かめてから、ハルトを引っ張りあげた。
通路をよく見てみる。まっすぐな一本道に見えたけれど、曲がり角がある。両側の端から、等間隔に3つずつ……って感じで。
どの道も、私たちが出てきた穴と、反対の壁のほうに曲がっている。
……一番近い、左から3つ目の角へ行こう。
「あ゛ー」
遠くから声がした。と思ったら、奥から2番目の曲がり角に、男の人? が現れた。
ボロボロの服に、皺と傷跡だらけの黒ずんだ肌。目や口から、茶色い汁が流れた跡もある。
「……あ゛ー?」
彼は何かを探すように、周りをきょろきょろ見て……目が合った!!
「あ゛ー……」
ゆっくりと、こちらに歩いて……いや片足引きずってくる。
「……! ……!」
ハルトが言うには、“ハイゾンビの男”らしい。背が高い。怖い……
「……! ……!」
なになに……“カーラはハイゾンビ・コマンダーだから、勝てるかも”?
「いやいや、逃げるしかないでしょ……」
そう言って、引き返した瞬間。
「あ゛ー!!」
さっきの男が大声を上げた。
すると、両側の壁のあちこちにボコォッ、ボコォッ……と、どんどん穴が空いて……
「あ゛ー」
「あ゛ー」
「「「『あ゛ー』」」」
いっぱい出てきた!!
「……!」
全員ハイゾンビらしい。
しかもまずい。私たちと、元いた穴の間に3人いる。1人は倒さないと通れない。
……ん、待てよ? 指示役なら……
「整列!!」
叫んでみた。
「「「『……あ゛ー』」」」
ダメだ、全然きいてない。やるしかない。
全員大人っぽいのが救いか……
……と思っていたら、遠くから足音が聞こえてきた。
「うえーい! いるいる、ハイゾンビ!!」
「ゾンビ狩りの時間じゃあー!!」
「ざーこざこざこざこざこゾンビ!」
「おら食らえ、“ライト・ボール”!!」
男たちの声が聞こえて、思わず振り返った。一番奥の曲がり角に光の玉が現れた。そこにいた、別のハイゾンビの男に当たる。
「あ゛あ゛ー!!」
玉が当たったところから、彼は一気に溶けて消えた。
「ヒューヒュー! 光魔法、美味え!!」
そして、曲がり角に現れた人間たち。剣や盾、牛皮の鎧、ローブ、魔法の書などで武装している。冒険者だ。
「どーれ、【鑑定】」
ぞわり、と、背筋に寒気が走る。
「おー? コマンダーが2体もいるじゃーん!!」
「経験値が増えるよ、やったねタ○ちゃん!」
「ヒャッハー、祭りじゃあー!!」
などと騒ぎながら、彼らはこちらに走ってくる。
「あ゛ー」
「あ゛ー」
「「「『あ゛ー』」」」
対するハイゾンビたちは、ゆっくりと彼ら冒険者に向かっていく。
後ろからも、私たちを追い抜いて続々と。
「そっちから来てくれるのか。“ぷれいやー”冥利に尽きるぜ!」
「ライト・アロー、カルテット!」
「からのー?」
「ピュリファイ! ……超気持ちいいー」
「……まだ終わってねーぞー?」
「やはり鈍器! 鈍器はすべてを解決する!!」
……おかしい。この冒険者たち、“おそれ”が無さすぎる。
音に敏感なゾンビ相手にうるさいし、【鑑定】で挑発するのを躊躇わない。
数の差に構わず突っ込んでくるし、盾で受けずに殴っている。
挙げ句、神官がいるのに、神官本人すら祈らない。“経験値”の話しかしてないような……?
信じられない非常識っぷりだ。
……まさか、この世の者じゃない……!?
「お願いです! この子だけは見逃して」
「ライト・ボール、ダブル!」
◇
「……ハッ、生きてる!?」
あの台座の上で目覚めた。ハルトもいる。
が、ここからが地獄だった。
「あ゛ー」
「あ゛ー!!」
ある日はハイゾンビに殴り倒され。
「ライト・カッター!!」
「ハイ・ヒール、エリア!!」
ある日は人間の魔法で溶かされ、外に出られない。そんな日が続き……
とうとう、部屋の中でやり過ごすしかなくなった。
そんなある日のことだった。
「メイベー! ドォンリィウォナノー! ……」
突然、聞き慣れない言語の歌声と、ギャーン……という轟音が聞こえてきた。
轟音は途切れ途切れだが、歌声は止まない。そしてだんだん、こちらに近づいてくる。
そのうち歌が盛り上がってきて、轟音のほうも連打? されはじめた。楽器なのだろうか。
顔を出して確かめたい。けれど今それはできない。歌声と轟音に紛れて、小さく足音がする。それも、合わせて10人以上。
多分、「ぷれいやー」の“ゾンビ狩り”というやつだ。
どちらも私たちより強い。あと数も多い。顔を出せば負ける、隠れてやり過ごすしかない。
……穴に気づかれないよう、祈りながら。
「あ゛ー」
「行け! “ライト・ボール”!!」
穴のすぐ近くでうめき声がした、と思ったら、穴の向こうが白く光った。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
当たったようだ。うめき声がやむと、光も消えた。
やはり、“ゾンビ狩り”らしい。
「……フォーエげぶぁッ!?」
あっ死んだ。
……歌声も轟音も止んだ。
「「おえいー!!」」
不思議な響きだ。「ぷれいやあ」の名前だろうか?
「“おえい”がやられた! “おえい”がやられたッ! バカーッ!!」
「撤退だ、“くらい”! 退けっ、退けーっ!!」
お仲間と思われる、男女2人の声が遠ざかっていく。慌ただしい靴の音とともに。
「「「『あ゛ー』」」」
それを追うように、複数のハイゾンビの足音と、うめき声が響いた。こちらはじわじわと小さくなっていった。
……珍しく、静かになった。
「久しぶりに、出てみる?」
ハルトに訊いてみた。彼は首を縦に振った。
◇
久しぶりの“外”は、不気味なほど静かだった。水滴の音一つ聞こえない。
「……!」
「どうしたのハルト?」
彼は地面を指差す。
……あ、濡れてる。靴の跡かな?
たしか、さっきの「ぷれいやー」たちはあっちに行った。じゃあそっちに、この建物? の出口があるかも。
足跡を辿ってみる。なるべく目立たないようにしながら。
3つ角を曲がった先は、幅の広い通路だった。そして左右の突き当たりに、階段が見える。
足跡は……右か。まっすぐだからと油断せず、慎重に進む。
着いた階段は、上に伸びている。
上がると、さっきと似た景色だった。また広い通路。薄暗い土壁、土の床、そして土の天井。
足跡はまっすぐ続いている。突き当たりに、また階段。うっすらと、光が射している。
思わず駆け出した。もう一度、お日さまを見たかった。
そうして駆け込んだ日だまりで……
「あ゛ち゛ち゛ち゛ち゛ち゛!!」
私たちは焼け死んだ。
◇
見慣れた天井だ。隣を見ればハルトもいる。
どうやら本当に、私たちは人間を辞めちゃったみたいだ。
「……!」
ハルトが話しかけてきた。“あの噂、本当だったんだね……”、と。
「ほんとにね。 ……これからどうしよっか?」
いくら2人で考えても、答えは出なかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
特に続きません。あしからずご了承ください……
【追記】一部加筆・修正しました
(2025/03/20)