それヤンデレではなくストーカーです、もう我慢しないでざまぁするシリーズ
踊り子リリーは差別主義な宰相嫡男から本気で逃げ出したい
架空の国の架空な流浪な民の話です。
娯楽作品としてお楽しみください。
ここはサバティーヌ王国 王都の繁華街
平民街ではあるが、貴族街に隣接区画で、金持ちの平民だけでなくお忍びの貴族もやって来る場所
豪奢な邸宅を改装したリストランテ、会員制のシガーバー、マスカレードサロン・・・
夜な夜な集まる紳士の社交場、そんな場所に佇む古い洋館がリリーの戦場だった。
古い洋館が立ち並ぶ一角の、三段の石段を上がった扉の前でノッカーを叩く。
扉にはある小さな真鍮のプレートに《パラディ》とだけ、それ以外余分な装飾も客寄せの派手な看板もない。
ここは王都一有名なレストランで、売りは大きな舞台で行われる数々のショー。
バンドのライブ演奏、キャバレーショー、オペレッタなどを見ながらシャンパンディナーを楽しむ場所。
完全予約制で、ステージをぐるっと囲むように配置された広い席はボックスで区切られており、
他人の視線をシャットアウトするプライバシー配慮がされている。
だから、曰く付きな男女のデートや秘密の接待などに利用され、半年一年先まで予約はいっぱいだ。
リリーはそこの専属ダンサーで、キャバレーショーやオペレッタの端役として出演していた。
元々はジプシーの踊り子で、父親と一緒にキャラバン隊で国から国へと渡り歩いていた。
幼い時は母親も一緒だったが、流行り病で呆気なく亡くなってしまった。
キャラバン隊は商人隊と雑技団が一緒になって渡り歩く。
大人数なのは物取りの野党を追い払うための傭兵団の安くない雇用費用の負担を減らすためだった。
キャラバン隊はどの国にも属していないので、国の保護を受けられない。完全自己責任なのである。
リリーの父親が陽気にバイオリンを弾き鳴らすと、マリーがタンバリンを振り足踏みで拍子をとる。
そこにオーボエやアコーディオン、ギターの仲間達が一人一人と加わって、音楽の大きな渦になる。
リリーは躍り歌い、周りを囃し盛り上げると知らぬ間に観客の輪が幾十にも連なっていた。
そうなったら、どんどん足踏みを早める。演奏もスピードが上がっていく。
間奏になるとリリーは観客の輪の中であちこちに流し目をして妖艶に舞う。
歌のパートになると演奏者も囃し声をあげ、観客は手拍子し、口笛が鳴る。
だんだん、とタンバリンと共に足を踏み鳴らして曲が終われば拍手喝采であった。
いつからそんなこととをしていたのかもわからない幼い時から、リリーの生活は音楽と喧騒の中にあった。
ある年、王国に入って、広場でいつものように歌っていた。
たくさんの拍手の中、投げ銭もたっぷりもらえた。
「父ちゃん、ここはいい国ね。こんなに投げ銭もらえたわ。」
リリーがザルに入れられた金を見せて笑顔で言った。
「ああ、ここは芸術の都と言われているところだ。豊かなのさ。」
「今回は長期に滞在するからな、リリーもゆっくり楽しみな。」
商人隊にくっついてバザールに行ったり、路地裏で遊んだり。
リリーたちが滞在するのは、平民街でも外れの外れの安宿だったけど、リリーにとっては日常だった。
砂漠の砂嵐の中父と抱き合って、岩影で砂に埋もれて九死に一生を得たことを思えば、屋根もベッドもある
この宿は天国のようだった。
天気のいい休日、中心広場は多くの人で賑わっていた。
今日も今日とてリリーは歌い踊る。大喝采の後、キャラバンの子供たちで集まって喋っていた。
「おい、お前。」
突然、肩を掴まれ驚いて振り返ると、いかにも貴族然とした少年が目に怒りを滲ませて立っていた。
「はい、何か」
「お前、誰が話す許可を与えた!お前は下賎の者だろう。なぜここにいる?」
強い口調で蔑まれ、一緒にいた子供全員が頭を垂れた。
返事をする許可がない、どうしたらいいんだろう。
上からの視線を感じながら、リリーは考えていた。
突然手を掴まれ、立ち上がらせられた。
「お前、お前を連れていく。」
リリーはその少年の護衛騎士に掴まれて抱えられた。
え?え?どうして?私は広場で喋ってただけなのに。
父ちゃん、父ちゃん助けて!
周りを見回すが、貴族とジプシーの少女のいざこざに首を突っ込んでくる者など居ない。
運悪く、父親も他の大人も近くに見えない。
少年は別の護衛騎士に命じて、自身の馬車を回すように伝え、リリーを連れて帰るようだ。
真っ昼間の休日、王都の中心広場で堂々たる人拐いである。
「いや、助けて。あたいがなにしたってのよ」
リリーは涙を溢し小さく呟いた。
あわや、馬車に押し込まれるという瞬間、護衛騎士の腕に突進して腕にしがみつきリリーを助け出した男がいた。
しかし、抜剣した騎士がエイっと一太刀でその男を切り捨てた。
「無礼者が!!」
貴族の少年が死にかけの男の顔を靴の踵で踏みつけ騒ぐ。
「やめてよ、なによ、父ちゃん父ちゃん!父ちゃん死なないで。」
少年の踵と男の間に体を滑り込ませ、泣きながらすがり付く。
「無礼者が。いいから来い!」
グッと手首を掴まれ引っ張られる。
「いやよ、あたいも殺せばいいじゃない、何よ人殺し」
「なんだと!?」
激昂した少年が、リリーの頭を蹴り上げリリーは地面に叩きつけられた。
「ドンドン連れていけ。」
護衛騎士は、汚いものを持つように倒れたリリーを荒々し気に掴むと馬車に投げ入れた。
「なんの騒ぎですか、これは」
貴族の少年が馬車に乗り込もうとする瞬間、威厳に満ちた女性の声がした。
「どこのものだ。この馬車の紋章がわからないのか。」
イライラを隠そうともせず侮蔑の目を声の主に向ける。
「いえ、知っておりますが。ダンパール侯爵家でしょう?」
それが何か?という冷たい態度と声色で告げる。
「あ、貴女様は!」
「・・・・・・・」
女性の顔をみた護衛騎士が気がついて、少年に耳打ちする。
「え?なぜ貴女がこんなところに。」
その少年は姿勢を正し慇懃に女性に向き合う。
「それはお互い様でしょう。この状況はどう言うこと?」
「いや、それは・・・」
「それにその馬車に無理矢理入れた少女は?この倒れている男性は?」
「いや、これには理由がありまして。平民の貴族に対する不敬を罰したまで。」
「とりあえず、少女をこちらへ。また、すぐに憲兵を呼びなさい。」
女性が声を上げると、その後ろに控えていた近衛騎士たちが動き出した。
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目を覚ますとそこは白い壁とカーテンがかかっている、病院の一室のようだった。
「あら、目が覚めた?気分はどう?」
そこには銀髪に紫の瞳をもつ、女神のような女性が微笑んで立っていた。
(あ、この人知ってる。聖女様だ。でもなんで?助けてくれたの?)
リリー達が渡り歩いているこの大陸でもっとも勢力を持っている女神を祀る教会が数百年ぶりに認定した、
聖女、魔を払い病を癒し、和平をもたらすと言われる者が現れたとどの国でも騒ぎになっており、その姿絵はキャラバンの商人達も商材としてたくさん持っていた。
だからリリーも見知っていたのだ。
「貴女の父上も助かったわ、今は安静にしてなければいけないけど。ここは教会の治療院、もう安全だからもう少しお休みなさい。」
そう聖女様に言われて、手をかざされると温かい光が体に吸い込まれるようでそのまま深い眠りについた。
その後、教会の治療師から話を聞くことができた。
あの偉そうなイヤな貴族の子供はこの国の侯爵家の宰相の息子で、以前からリリーに目をつけていて拐おうとしていたらしいが、貧民街の安宿には傭兵や訳ありの用心棒が常駐していて、お付きの騎士では拐うことが出来なかったらしい。そこで、広場で強引に連れ去ってしまえば問題ないと思い行動に出たという。
「問題ないってどうして?」
「貴族には平民の命の与奪権がある、と考える者もいる。しかも君は流浪の民、この国の国民でさえないからと。野良猫を拾うように手に入れたいと思えば拐うことに問題ないと思う者もいる。」
信じられない。でもこれが現実、階級社会の底辺ということを突きつけられて、背筋が凍る。
「この国の宰相家がそういった家門だ、息子も同じように考えるのも世の常。多くの貴族も同様だ。
しかし、聖女ネメシス様はそうではない。その傲慢な考えを正そうとしておられるのだよ。
聖女様は今は王太子妃だが、後に王妃となる。現王太子殿下と共に変革の真っ只中である。」
「ええー、王太子妃殿下!そんな人がなぜあのような場に?」
「聖女様ですから、度々教会へ祈祷に来られる。その中で、平民街を視察するのもいつものことなのだよ。
何せ聖女様は貧民街の出なのだから。」
幼少期に聖なる光を発現した聖女様は教会で保護されている間も、貧民街での救済を主目的で行っており、貴族社会とは距離をおいていたらしい。
しかし、年頃になると数百年ぶりの聖女に各国王族からの求婚がひっきりなしで、他国に連れ去られることを恐れたサバティーヌ王家が王太子妃として召し上げたそうだ。
その時、平民出身の聖女が貴族達に蔑まれ酷い扱いをされないように、王国の大司教と他国の各大司教が王家と魔法盟約を結び、聖女の安全を担保したという。
むしろ、聖女であっても出自が平民では害される恐れがあるということだ。
「でもこの国は豊かで芸術の都と言われてるって聞いていたわ。」
「そうさ、芸術には金がかかる。貴族がパトロンになってるんだ。バレエダンサーだって、オペラ歌手だって、貴族の意向が強く反映されるんだ。見目の良い平民の子は女だけじゃなく男だってさらわれて、貴族の慰み者にされることも多かったし、今もその傾向にあるんだ。聖女様はその様子を間近で見ておられたから、そこを変革しようとされている所だ。」
現在、王族は元老院と共に議会で、貴族の平民に対しても切り捨て御免や人拐いを有罪とするように法律改正したのだが、リリー達キャラバン隊の流浪の民は法律の範疇からはみ出ているようで、そこをついてあのような蛮行を行ったようだ。リリーは心底あの貴族の少年を軽蔑し、キモチワルイと身の毛のよだつ思いがした。
リリーの父親は一命を取り止めたが、深く切られた腹部の傷のせいで長く歩くことが出来なくなった。
そこでキャラバン隊から別れてこの国でリリーと暮らすことになった。
一切の手続きを教会が手伝ってくれ、仕事も斡旋してもらった。
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夜の帳が下りると《パラディ》の幕が上がる。
今日も各ボックス席は満席である。
「本当にこの店のオーナーはどこの誰なんだろうか、いやはや儲けておるな」
いつかの嫌らしい少年の面影が残った、少し背が伸びただけの宰相の息子がニチャニチャとした笑みを浮かべながら連れの男に言う。
「だいたい、ここにいる商売女は皆ワタシが目をつけた者達がほとんどなんだ。それを横から拐って商売に使って儲けて、全く腹立たしい。あの平民上がりの王妃が裏で手を回しているに違いないのだ。忌々しい」
愉快なショーの音楽など気にも留めず、悪し様に言葉を吐き、高級なウイスキーを飲み干す。
「ホントですよね、エドワード様の言う通り。しかし今日はなぜこの店に?」
連れの男は急いで、グラスに酒を満たす。自分はしっかりシャンパングラスを手に持ってチビチビ飲みながら。
「今日は我が家門でここを貸し切っての接待だ。あの忌々しい王妃の力を削ぐため、隣国の司教と王族を秘密裏に招いているのだ。ここはプライバシーがしっかり保護されているからな。」
「なるほど、さすが宰相家ですな。」
連れの男に大袈裟におだてられ、宰相の息子は満更でもない顔をした。
「今後、教会の力を削ぎ、王妃の言いなりな王も追いやってやる。貴族社会の安定のために貴族の権限を取り戻すのだ。今の王と王妃は処刑だな。」
「その時に王妃様はどうするんですかね。まさか、手をついて詫び・・・」
「詫びようが容赦はしないんだよ!!!!」
宰相の息子の声が店内に響き渡る。
先程までの喧騒が嘘のように静寂が広がる。
すると、ステージの上にジプシーの衣装を着たリリーが立つと静かに歌い始めた。
手拍子をし足を踏み鳴らすと、舞台にバイオリンを弾きながらリリーの父親が出てきた。
オーボエ、アコーディオン、ギターと楽隊の人数が増えると、リリーにタンバリンが渡った。
ダンダンと足で拍子を取り、タンバリンを叩き陽気に、妖艶に歌い躍る。
その輪にパラディの踊り子達も加わり、賑やかなショーの様相だ。
ダンダンダンッ
決めのポーズを取るとリリーは鋭い目を宰相の息子に向けて言い張った。
「陛下並びに聖女様への不敬を告発致します。衛兵の皆さん、来ちゃってください!」
その後、そこにいた宰相とその家門一族は捕縛され牢に入れられた。
教会がこの国の王族と結んだ魔法盟約である。それは国民全員に適応される。
知っているのは各国王家と教会の司教以上であるが。
この企ては、話が上がった時点でサバティーヌ王国の教会と王家に知られていた。
だいたい宰相の家門が王妃を廃しようと画策した時点で、その内容は各国の大司教に知られるのだ。
後は、実際に事が起きれば捕縛されるだけと準備されていた。
隣国の王族も司教も計画をわかった上でオトリ捜査に協力してくれていたのだ。
魔法盟約を単なる契約と侮った時点で、宰相一家に勝ち目は無かった。
不敬罪で捕縛されると、貴族籍は破棄され平民に落とされる。
あれだけ平民を石ころみたいに蹴散らしていた、宰相の息子は図らずしも平民にされたのである。
だから判決がでるまで過ごすのは貴族牢ではなく一般牢である。
来る裁判の日々に怯え暮らす毎日だ。
《パラディ》は教会の治療院にいた治療師がオーナーの店だ。
治療師は王家と教会から認められた暗部であり、元は貧民街の孤児で、聖女の救済で一命を取り止めた者であった。
貴族の横暴に拐われる孤児や貧民の子を助け、働く場を用意し、聖女の王家の敵の情報収集をするそんな店だった。あの広場で拐われそうになった日からリリーと父親が過ごした場でもある。
「だいたい、気に入ったから拐うって考えがおかしいわ。アタマおかしくなっちゃう。」
「ホントよね、私も別の店で働いていて、帰り道に拐われそうになったのよ。」
「宰相の別邸には、隣国の子供が数人囲われていたらしいわ。これ国際問題よね。」
「今後、各国で平民の誘拐は階級関係なく処罰されるとか。良かったねリリー。」
宰相の息子が広場で断頭台にかけられた時、本当に逃げ切れたと安堵のため息をついた。
《パラディ》を辞めたリリーがその後どうなったのか、知る者はいない。
知らない人に勝手に見初められて、連れ去られそうになったけど、逃げ切れた踊り子リリーの話はここまで。
貧民街に生まれた聖女様が王妃となって貴族社会の闇を払う世直しをするのはまた別の話。
<完>
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