やり直し悪役令嬢は筋肉で魔法少女になってみせますわ
それは突然だった。
「リモネラ・アンキルトン。拘束させてもらう」
「えっ?」
突然騎士が現れたと思うと、私は拘束され、最速で処刑台に送られた。
言い訳する暇も何もない。
とにかく、私は魔法少女にとって、悪役令嬢だったらしい。
処刑台で罪状を聞く。
よく分からないけれど、私が何やら色々裏で悪いことの手引きをしていた親玉に仕立てられたらしいことは分かった。
ある時突然現れた人々に憑りつき悪さする悪魂を倒すことがお役目の魔法少女は、この悪魂が現れる理由を探し、ようやくたどり着いたのが私だったらしい。
いや、初耳ですわよ?
そう言いたいけれど、拘束され猿轡をされた私ができるのは、ぎょろりと目を動かし、まわりを見ることだけ。
魔法少女たちは何かに祈りをささげ、その手前で魔法少女に力を与えた、丸いフォルムのこの世界の生き物とはどこか違う生き物がガラス玉のような目を私に向けていた。確かあの生き物は神の使いと聞いた気がする。
それにしても、身に覚えのない私が死んだどころで解決するとはとても思えない。ああでも、これは――。
――生贄か。
何故か、私はこの状況が何で、この先何が起こるのかが分かった。
まるで何枚も同じ瞬間を描いた絵画を見るかのように、幾人もの、私が処刑される。そして私が処刑された後、魔法少女たちもまた、生贄となるのが見えた。私と魔法少女を生贄にして、ようやく悪玉を生み出すナニカは封印されるのだ。
そして時は巻き戻され、何度も何度も繰り返される。
幾通りかの分岐を経て、ナニカを滅ぼすその為に。
ギラリと鈍く、刃が光る。
魔法少女たちの顔が真正面から見えた。全員が、後悔と罪悪感を抱えた顔だ。
悪が亡びることを喜ぶような顔はない。唯一感情が分からないのは、神の使い。生き物として私達とは全く違う何かだからなのか。
『……また、やりなおしか』
ザシュッ。
……ゴロン。
「はっ⁉」
首がはねられたそう思った瞬間私は跳び起きた。
慌てて首に手を当てる。
切れてない?
すごい速さで心臓が動いているけれど、痛みは感じない。人間は時として、死ぬほどの怪我をした時は痛みを感じないと聞いたことがあるけれど、真っ白なシーツが保たれているベッドを見る限り、大きな怪我はしてないはずだ。
夢?
夢にしてはあまりに生々しく感じた。
本当に首が繋がっているのか不安になり、私はベッドから降りて、大きな鏡の前に立つ。
「ん? 私、若返っておりません?」
斬首になった瞬間の私は、十七歳だった。本来ならば明日、十八歳の成人の儀式を前にしていたはずだ。
でも姿見に映る私は、どう見ても明日成人式を迎えるような姿ではない。せいぜい十歳か、下手したらそれより小さいかもしれない。小さいころから身長が高かく、同年齢と並ぶと、私は少しだけお姉さんに見えたのだ。
えっ? 自分が成人を前に処刑されたのは夢?
いや。そんなはずがない。今私が持っている知識は、十歳程度の子供が持っているようなものではないのだ。
この国では十歳から魔法の訓練をしてもいいと許可が出る。
今私が十歳だとしたら、魔法を使う知識は本当の初歩しかないはずなのに、私は知っている。
そして私が十五になった時、魔法少女たちが活躍し始める。魔法少女はとは、神の使いに力を与えられ、普通に魔法を使うよりもとても効率よく、より強力な攻撃魔法を使えるようになった存在だ。神の使いが選ぶのは、何故か未成年でかつ女性に限られたので、【魔法少女】と呼ばれるようになった。
「時が巻き戻ったというよりは、何度も繰り返しているという感じですわね」
この先の記憶をたどると、いくつか記憶の齟齬が出てくる。何通りもの記憶があると言えばいいのか。私自身の動きはたいして変わらず、処刑されるのだけれど、他の動きや聞こえてくる言葉が変わり、結果的に私の動きも多少ずれる。このずれが齟齬であり、未来が幾通りもあるように思うのだ。
そしてこの繰り返しの原因は、やはりあの神の使いではないかと思う。
あの首がはねられた瞬間、『また、やりなおしか』と確かにアレは言ったのだ。そして、私につけられた【悪役令嬢】という二つ名。悪人でも悪女でもなく、【悪役】。そう。私の役柄が【悪役】なのだ。
私は上手く、悪魂を倒せなかった時、【悪役】として処刑され、結果的に生贄になるのだろう。
「この先もうまく行かなければ、何度も私は【悪役令嬢】として生贄になると?」
冗談ではない。
自分自身が誰かの手のひらの上でマリオネットのように踊っているというのが、いけ好かない。たとえ殺される未来があるとしても、こんな自分では全く選んでいない、強制された死にざまなど許せるものではない。
私の未来は、私が決める。たとえ最後は【悪役】として処刑だとしても、ただ無抵抗な人形でいることなんて許せない。
「とにかく、拘束される時、何の抵抗もできなかったことが一番腹立たしいですわ」
突然騎士が部屋に乗り込んできて、私は拘束された。
普通ならば、魔法で多少の反撃もできたはずだけれど、あの時は一切使えなかったのだ。多分、私を拘束する前に魔法を無効化する仕掛けが屋敷にされていたのだろう。
「魔法が使えないのならば、物理的に切り抜けるしかないですわね」
魔法が使えないのなら、武力だ。でも、その場に武器があるかは分からない。
前回のように自室に来られたのならば、武器の設置はできるけれど、今までの世界で多少の揺らぎがあるように、今回も自室でとらえられるとは限らないのだ。
武器を持っていない時に、襲われたなら? そこで魔法も使えなかったら?
「……肉体戦ですわ」
最後まであらがって、あらがって、私という生き様を見せつけて、なんならあの神の使いの首を落として一緒に死んでみせる。
悪趣味にも私を悪役とし続けたのだ。やられたらやり返されるぐらいの覚悟は持っているだろう。
それでこの世界が終るのならば、そこまでのこと。
これまでだって、魔法少女が全員生贄となり封印が完了したところまでしか、この世界は進まないのだ。その先の未来がないというのなら、終わるのと変わらない。
その日から、私は自分の筋肉を磨いた。
腹筋、背筋、スクワット。
走り込みにダンベル。
鍛えると同時に各種格闘技も習っていく。
公爵令嬢のするようなことではないと眉を顰められても、もしもの時、自分の旦那様を私がお守りするためですわと言えば、私に激甘な両親はコロッと騙された。
ごめんなさい、お父様、お母様。
でも十八歳まで生きていなければ、旦那様を守る未来もないのですわ。だから未来の旦那様を守るためというのはまったくの嘘ではないのですわ。
そして鍛えに鍛え、ついでに肉体を強化する魔法も覚え、自分には筋肉の才能があったのねと思うようになったある日、とうとう因縁の生き物を見つけた。
「死んでくださいませぇぇぇぇぇ! マジカル☆フライ・キーク‼ ですわ♡」
どかぁぁぁぁん!
私は神の使いに跳び蹴りをした。先手必勝。
見かけたのならば、処刑日まで待つ必要などない。
『えっ? なんで? 悪役令嬢?』
「やはり、貴方が黒幕ですわね。私を悪役と呼ぶということは記憶がおありということ。ここで決着をつけましょう。マジカル☆ヒール・ドロップッ‼ ですわ♡」
私は高くジャンプし足を振り上げて、地面に叩きつけた。今度は間一髪で避けられ、地面にクレーターができる。
チッ。
舌打ちしたい気分だけれど、公爵令嬢たるもの、そんなはしたない真似はできない。にこやかに私は笑った。
「あら、私としたことが。外すなんてはしたない。次こそ――」
『わあぁぁぁぁ。待って、待って下さい! というか、はしたないのつかい場所違うよね!』
「違いませんわ。私が無様な戦いをしたなどという記憶を持つものをせん滅できなければ、噂になってしまいますもの。そうしたら、はしたないでしょう? だからちゃんとゴミ掃除はしておかなければ。マジカル☆――」
『いやぁぁぁ。ごめんなさい。話し合おう。悪役令嬢はっ⁉』
「――エルボー・バット‼ ですわ♡」
私は綺麗に神の使いの顔に肘をめり込ませた。
勢いよく吹っ飛んだ神の使いは、大木にぶつかり地面に崩れ落ちる。
「木が倒れないなんて、まだまだですわね。もっと精進しなければ。あら? 息がありますわね」
これでもまだ死なないのね。
ガシッとその頭を掴んで指に力を込めてみる。
潰すには中々に弾力があるようだ。
『いだっ! いだい、いだい、いだい‼ き、君には魔法少女の才能がある。どうか魔法少女になって、世界を救ってくれませんか!』
「私は今、私の世界を救うために、ゴミ掃除をしているのですけれど……」
『僕は、ゴミじゃ……いだだだだだだだ。ゴミでず。ごめんなさい。ゴミですけれど、力になりたいんですぅぅぅぅ。ああああああ。トマト。トマトになっちゃう‼』
「なんというか、貴方、神の使いっぽくございませんわね」
神の使いと名乗るならば、もう少し、神々しい雰囲気を持ってしゃべるべきではないかしら?
血以外の液体を垂れ流しながら、トマトになっちゃうと叫ぶ、神の使いは、果たして本当に神の使いなのか。でも神ではなく神の使いなのだから、多少残念な仕様でも仕方ないのかしら?
『こんな、雑に扱われてポイもクソもないよ‼』
「言葉が乱れておりましてよ?」
『頭潰しながらやめて! いい子に、いい子にするから! 話を聞いてくださぁぁぁい‼ もう、僕も、この繰り返し嫌なんだよぉぉぉぉ‼』
そういえば、私は彼が本当に繰り返しの原因であるのかどうかは知らない。ならば聞いてみても悪くはないだろう。
嘘をつかれたら、マジカル☆トマトジュースにしてあげればいいのだ。
手を離せば、えぐえぐと神の使いは泣いた。
『なんで、悪役令嬢が強くなってるの?』
「その呼び名、嫌なのですけれど?」
『ひぃ。えっと、リモネラ様は、どこから記憶をお持ちですか?』
指を動かしながら、嫌な二つ名を咎めれば、神の使いはブルりと震え、姿勢を正した。ボールのように丸い体なので、本当にいい姿勢なのかはよく分からないけれど。
「どこからというのはよく分からないですわ。はっきりと、繰り返されていると気が付いたのは前回の処刑直前ですわね。記憶にぶれがあるから、たぶん何回かは繰り返していますわよね?」
『はい。今は丁度三千三百三十三回目です。前回気が付かれたということは三千三百三十二回の処刑直前に気が付かれたということですね。もしかしたらぞろ目前だったから、奇跡が起きたのですかね。ははははは……はぁ』
「三千?」
『はい。三千三百三十三回です。もう僕もいい加減、気が狂いそうですよ』
気が狂いそうというか、普通ならば狂う回数だ。
今も普通に会話しているこの生き物がおかしい。しかも律儀に繰り返しの回数をカウントしていたのだ。
「えっと……」
『気持ち悪いものを見るような目で見ないで下さいよ。僕だって、もう嫌ですよ。少しずつ変えて、何とか悪魂を消し去る未来につなげたいのに、うまく行かず、封印して止めるしかないのに、その未来を上司……神様が許してくれないんですから。中間管理職は辛いですよ。いつまでたっても、家には帰れないし、ブラックですよ』
やさぐれた目をしている神の使いは、うつ病一歩手前に見えた。いやでも三千回以上繰り返して、うつ病一歩手前程度で留まれるのだから、やはり普通の精神ではない。
「毎回私は、悪役令嬢なのは何故なのかしら?」
『最初の時に、魔法少女になることを断ったからです。魔法少女は全部で六属性。光、闇、火、水、風、木、土で、リモネラ様は闇属性で、敵側と同じ属性ですので……』
敵と同じと言われて、ああと納得する。それは断りそうだ。
この世界のものは、どんなものでも、なんらかの属性は必ず持つ。そして悪魂は、闇属性。これの所為で、闇属性の人は、若干肩身が狭くなった。でも私は公爵令嬢という肩書があったので、堂々としていた。
とはいえ、大手を振って闇属性であると宣伝していたわけではない。
『ですが、封印にはすべての属性が必要でした。そこでリモネラ様には、共に封印の柱になってもらわねばならなかったのですが、公爵家のご令嬢を一方的に選ぶことが難しく……』
「それで処刑という形をとったと」
罪をでっち上げ、公爵家の力介入を防ぐため、最速で贄とする。
世界のために死んでくれと言われ、すぐにはい分かりましたという性格ではないことを自分自身が一番よく知っている。だから、強引に進めるため、私は悪役令嬢にされたのだろう。
「それで、魔法少女になるなら属性はどうなりますの?」
『闇属性です……こればかりは……』
属性はもう決まっていて、たとえそれが不服でも、自分の属性を変えることはできない。
闇属性で敵と同じというのは、私に不満をぶつけるのを好都合と思う者も出てくるだろう。魔法少女という立場に立って奉仕活動までするのに、勝手な思い込みでサンドバックにされるのはごめんだ。
とはいえ、これまでのことを思うと、このままでは再び、同じ未来へとたどり着く。そしてまた私は悪役令嬢だ。
もちろん今度はそう簡単に捕まる気はない。暴れ回るつもりだ。
でもそれでまた最初に戻されて、私も同じ三千回の日々を過ごすのはごめんである。
「でしたら、魔法少女にはなりますが、闇属性の魔法は一切使わない魔法少女になりますわ!」
『闇属性の魔法少女なのに、闇属性の魔法を使わないなんて、そんなの無茶です!』
「確かにせっかくもらった力を使わないのは無茶ですわね。でも、何故大人しく他者から石を投げられる立場に甘んじなければならないと? 神の使いにも通用したのですし、この手づから鍛えた筋肉で、私は成り上がって見せますわ!』
『えっ?』
「つまり悪玉に憑りつかれたら、この拳で根性を叩きなおすということです。大丈夫ですわ。イメージを崩さぬよう、優雅に、そして可愛らしく、呪文をつけておきますので」
『優雅? 可愛らしく?』
公爵令嬢たるもの、優雅さや気品を失うわけにはいかないけれど、どうしても筋肉に頼ると、雄々しくなる。
悩みに悩み、そしてある日閃いた。
キラキラと魔法で輝かせ、可愛らしい呪文をつけて、筋肉でごり押しすればいいと。
「煌めく知性、輝くエフェクト、飛び出す筋力ですわ」
こうして、わたくしは処刑バッドエンドを乗り越えるため、立ち上がった。
筋肉は世界を救うと他の魔法少女たちにも教え導き、そして共に筋肉を磨き育て、ついに乗り越えた。
「筋肉は裏切りませんわ。はい、ご一緒に」
『筋肉は裏切りません‼ 僕も裏切りません‼』
私の言葉を神の使いが復唱する。
こうして世界は、筋肉で平和になったのだった。
めでたしめでたし。