7 第2王子様と婚約なんて聞いていないのですわ!
「あの、殿下?」
「ジョシュアでいい」
「ジョシュア様?」
「様はいらないよ、俺が君の領地にいた時はあんなにフランクに呼んでくれたじゃないか」
助けてほしい視線をセドリックに送っても、彼は困った様に目を泳がせる。これはきっとお父様の差金ね……。どうしたもんかしら、伯爵令嬢とは言っても流石に王族になるのは荷が重すぎるわ。
それに……
私の脳裏には笑顔の領民たち、小さなログハウスで過ごすゆっくりとした穏やかな毎日、それに質素だけれども色鮮やかで風味豊かな野菜たち……、それに牧場の子牛だってそろそろ生まれるころよ。ティーにもお嫁さんをもらいたいなって思ってた頃合いだし。
「あの、さすがに手を取ったからといって婚約成立だなんて横暴ですわ。物事には順序というものがありますし……」
彼は私の左手を握りながら何かを考えている。スッとした鼻筋、彫刻の様に綺麗な横顔はフッと笑った。すごく綺麗な顔だわ。いい男とかそういうことじゃなくて、すごく綺麗なお花でもみているような感覚……。
「すぐにでも王宮へ越してくるといい。コーネリア家の領地についてはこのまま君が統治するといい。しばらくはコーネリア伯爵が領主に戻ってくれるそうだ」
(お父様ったら勝手に……!)
ジョシュア様はこの国に住まう女の子なら誰もが憧れる殿方よ。それに、私のもやもやをあんなにすっきりと晴らしてくれて、文句のつけようがないわ。
でも……私はやっぱり
「あの、ジョシュア様」
「浮かない顔だね」
「はい……」
「お城に住むのは嫌かい? もしも、他に家臣がいるのになれないなら君専用の離宮を立てよう? もちろん、セドリックも……」
「私、領地が、領民が好きなんです。変って思うかもしれないけれど辺境の地でゆっくり暮らすのが性にあってるみたいなんです」
私は不敬罪スレスレだと分かっていながら遠回しに婚約の意思がないことを伝える。
「確かに、君のいう様に順序をわかっていなかったようだ」
しゅんと眉を下げたジョシュア様は私の手を優しく撫でてからそっと離した。
彼はきまぐれで少し気になった令嬢に声をかけただけだわ。そうよ、何を勘違いしていたのかしら。
「それに、お嬢さんをこんなふうに強引に家に引き込むなんて俺としたことが……、アメリア。強引な真似をいて悪かった」
「陛下、そんな」
「いいや、困惑するのも無理ない。どうか、俺を嫌いにならないでおくれ。こんなことをいって君に疑われたくないんだが……」
彼は細いのにゴツッとした手で顔を隠すと真っ赤になって後ろを向いてしまった。
「一目惚れ……したなんて」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
***
結局、あのあと私はパーティーの間ジョシュア王子の隣に座って歓談をしたあとお城に泊まらずに領地に戻ってきた。
「ねぇ、ジョシュア様はきっと私を側室の1人にとでも思ってたのよ、そうよねきっと」
「お嬢様でも……」
「セドリック、はいって答えて」
「はい……」
「きっと、そのうちに私よりも素敵な御令嬢を見つけて私のことなんて忘れてくれるに違いないわ」
「ですが」
「セドリック、ハイでしょ?」
「ハイ……」
こんなやりとりを永遠と繰り返して、私はやっと自慢のログハウスにたどり着くとコルセットもシューズも脱ぎ捨ててゴロンとベッドに横になった。
「みゅう」
「ティー! あいたかったわぁ」
ティーはいつの間にか私のベッドに上がり込むとゴロゴロと喉を鳴らしながらごつんと可愛い頭突きで愛情表現をしてくれる。
「ティー、もうほんっとお城なんて行くもんじゃないわ。あぁ…すぅっ、いい香りねぇ」
ティーのお腹に顔を埋めて息を吸い込んで、それから体中に癒し成分が巡るのを感じて何度も繰り返す。ティーは耳をピロピロと揺らし、みゅうと鳴いた。
そんなことをしていたら私はいつの間にか眠ってしまった様で小鳥の鳴く声で目が覚めた。森の朝は清々しい、でもおかしいわ。セドリックが起こしに来るのに……。
「にゃむ……にゃうっ」
ティーが窓の外を眺めながらしっぽをピンと立てて何かを訴えている。
「ん?」
「ですから、お嬢様はまだ」
「気にしないで、俺はどんな彼女でも受け入れるよ」
「ですが、王子」
——王子?!
こっそりカーテンの隙間から外を眺めると、そこには質素な服に身を包んだジョシュア王子がセドリックと押し問答をしていた。
「アメリアがここに住みたいのなら俺がここにくればいい話だろう? 彼女に会わせてくれ」
「王子……まだお嬢様はお休みに」
「王子はやめてくれ。彼女が驚くだろう?」
「あぁ、うぅ」
まさか、彼が追いかけてくるなんて!
「にゃお」
ティーが窓から出るとふわりとカーテンが揺れた。その瞬間、ジョシュア王子と目があった。
「おはよう、愛しのアメリア」
「お、おはようございます」