4 地産地消ですわ!
「ティー? ご飯の時間よ〜」
と呼び掛ければ黒猫のティーがひょっこりと窓から顔を出した。この子ったらまたお散歩をしていたのね。最近は牧場の馬と仲良しで厩舎でお昼寝するのが流行っているらしい。今度私もいってみようかしら。小さい頃から乗馬は好きだったし、久々にお馬さんと仲良くなるものアリね。
「にゃあお」
「あらあら、こんなに汚して……色男が台無しよ?」
ティーのふわふわの毛についた小さな藁くずを払ってやると彼は気持ちよさそうに目を閉じ、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「お嬢様、ティーのご飯はこちらに。今日のご予定は?」
私はセドリックからティーのご飯を受け取って餌入れに置いてやる。にゃむにゃむと言いながらティーがご飯を頬張って尻尾をぴんとご機嫌に伸ばした。
「今日はうちの敷地の畑で野菜が収穫できるらしいからそこに参加をして……子供たちの学舎で野菜を使ってパーティーをしようと思って」
「パーティー……ですか?」
「えぇ、まだまだ領民全員が裕福なわけではないでしょう? リックの悪政のせいで満足に食べられていなかった領民も多かったの。だから、こういうのも必要でしょ? セドリック、強力してくれるわね」
足元にふわっとした心地よい感触、ティーが足元に絡みつく様に体を擦り付けている。あぁ、なんて可愛らしいの。
「はいはい、おかわりね」
***
庭園だった場所を開拓してほとんどを畑にしてから数ヶ月、いくつかの野菜は立派に育ち、収穫が可能になっていた。私が毎日通って水やりをし、時には子供たちと一緒に虫取りや間引きをしてお世話をした。
とくにびっくりするほどおおきくなったトウモロコシはたくさんの実を実らせている。
「お嬢様〜! みんな連れてきたよ〜!」
子供たちが両親やおじいちゃんおばあちゃんの手をひき、元々はコーネリア家の邸宅だった場所にやってきた。
「お嬢様、ここの畑のものをいただいてもよいのですか?」
見窄らしい格好の年配の男性が申し訳なさそうに質問をする。彼は怪我で猟に行けなくなった元猟師だ。
「えぇ、好きなだけ。それから、収穫したものでささやかですが料理を振る舞うので食べていってくださいな。子供たちと一緒に美味しいお菓子を作って振る舞いますわ」
私は足元にやってきたティーを抱き上げると子供たちに号令をかけた。
「じゃんじゃん 収穫をするのですわ!!」
広大な土地にさまざまな野菜が育ち実っている。領民たちは嬉しそうに思い思いの野菜を収穫し、カゴに入れていく。一方で私はトウモロコシを中心に収穫し、牧場のフレディを待っていた。フレディったらバターとチーズを持ってきてくれるといったのに遅いじゃない。もう収穫祭は始まってしまったわ。
「ねぇ、次の季節はどんな野菜を作るのがいいかしら?」
「そうねぇ、冬の間に甘くなるお野菜はどうかしら。うちの種を持ってきてあげますねぇ」
「ありがとう。またこうして収穫祭をできるようにがんばりますわ」
領民たちとそんな会話をしながら楽しい時間を過ごして待つことにした。
「お嬢様〜」
フレディの声に振り向くと、牧場育ちの彼と隣には見慣れない顔の男は2人立っていた。ほくほく顔の領民たちが家と畑を何往復かした頃だ。
「フレディ、遅かったじゃない。えっと、そちらは……? 見ない顔だけれど」
と私が言うと男2人は顔を見合わせて目を丸くした。
「えっと、こちらは旅人……って。なんでもお嬢様にご挨拶にきたとで俺が案内を……」
フレディがそう言うと、旅人はハットをとって私にひざまづいた。旅人同士というよりは旅人とその従者のように見えた。
高そうなハットを被っていた男は色白で色素の薄いブルーの瞳がひどく冷たい印象な不可思議な雰囲気を持っていた。社交界にいればすごく人気が出そうな高貴な立ち振る舞いだわ。
もう1人の方は、従者……いえ用心棒かしら。ゴツゴツした体はまるで戦士の様で優しく微笑んではいるもののピリッとした緊張感を持っている。
「あら、旅人の方。よければ、寄って行ってくださいな」
「あなたは?」
「失礼しましたわ。私はこの領地の領主、アメリア・コーネリア伯爵令嬢でございますわ。辺境の地ではございますがごゆっくりしていってくださいね」
「もしかして、領民全員の顔を……?」
「もちろんですわ。ここは田舎ですから皆家族のように育ってますわ。旅の人なんて珍しい。フレディ、バターとチーズをセドリックに渡してちょうだい。私は子供たちを集めてきます」
私は旅人たちにお辞儀をして身を翻すと畑の方に向かった。
***
ポンポンッ、ポンポンポンッ
「すげ〜!」
「あちあちっ」
「危ないわよ。しっかり蓋を閉めていないと」
ぽんぽんとはじけて大きく白くなったトウモロコシの粒の香りに子供たちは大興奮、隣ではフレディとセドリックがバターを溶かし、岩塩を混ぜている。都会の方で一度だけ食べたことがるこのお菓子をこうやって手作りするなんて。
あつあつのポップコーンを口に放り込むとサクふわで香ばしさが鼻から抜ける。バターの濃厚な香りと程よい塩加減でどんどんと食欲が湧いてくる。
さいっこうに楽しいですわ!
「でもこれ、どうやって?」
子供が不思議そうに乾燥したトウモロコシを見ていった。
「実はね、セドリックと一緒に作り方を調べて、事前に収穫して乾燥させていたの。うふふ、私から領民のみんなへのプレゼントですわ!」
出来上がったポップコーンにとろっとバターをかけて、領民たちに配っていく。
「さ、フレディも食べなさい。セドリックも」
2人でもポップコーンを盛り付けて渡すと、小さな皿に塩を入れる前のバターを垂らしてティーにもお裾分けをする。
「ティーも食べましょうねぇ」
ティーは「にゃお」と私の足に体を擦り付けてからバターをぺろぺろと舐め始める。
旅人も含めて全ての領民たちにポップコーンが行き渡り、美味しさに泣いてしまう人、取り合いをする子供たち、おかわりを自分で作ろうとするヤンチャな女の子……しばらくの間、旧コーネリア邸は領民たちの幸せな笑顔に包まれた。