プロローグ
私はもぬけの殻になった屋敷で呆然と立ち尽くしている。大切にしていたアンティークも、絵画もなくなってしまった。インテリアの無いロビー、絨毯すらない殺風景な廊下、どのドアを開けても部屋の中の家具は持ち出されてしまっていた。
といっても、昨夜私は妹のカロナが勝ち誇った顔で私に笑顔を向けてきたのでなんとなく察しはついていたけれど……。
カロナは昔から要領がよく、私のものをなんでも欲しがったから。
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アメリアへ
僕はカロナと共に都会に出て本当の愛を育むことにしました。
僕たちのことをどうか恨まないで
お姉ちゃん
お姉ちゃんの婚約者だとわかってはいたのよ
でも私は彼を愛し、彼も私を愛してしまったの
どうか許してね
リック
カロナ
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と書かれた置き手紙が一つ、
私は、コーネリア伯爵令嬢のアメリア。アメリア・コーネリア。コーネリア家は広大な土地を領地にしているが、決して都会というわけではない。人によっては「辺境」だなんて言ったりもする。私と妹のカロナは伯爵令嬢でありながらもお父様の教育方針でのびのびと育てられた。
しかし、コーネリア家は男の子が生まれず、長女である私が伯爵家であるロードシット家の次男であるリック・ロードッシットと婚約をすることになったのだ。リックは私よりも2つ年上でかなりの色男、社交界では他のご令嬢たちがお相手を競い合うほどの人気者だった。
「アメリア様……、申し訳ございません。執事の身分ではカロナ様に逆らうことができず」
置き手紙を手に立ち尽くしていた私に声をかけたのは執事のセドリック・クルーゾ。彼はコーネリア家の執事でハーフエルフの家系で私が小さい頃から同じ敷地内で生活をしている。執事と雇い主という関係だが、私たちは幼馴染の様に育ってきた。
「いいの、あなたは悪くないわ。カロナのことだもの。いつかこうなると思っていたわ」
セドリックは苦笑いをすると
「この件をお父様に御伝達いたしました。おそらく、新しい家具やインテリアを明日ご一緒に……」
「うーん、お父様にお願いして前と同じ様な家具をって思ったのだけれどね」
正直、絵画やアンティーク古物などはとても素敵だったけれど、少し豪華すぎるというかなんというか……。ほら、カロナがいなくなったんなら、飼いたいなぁ〜って」
セドリックはさっきよりも少しだけ楽しそうに苦笑いをすると「承知しました」と言うと手配するために颯爽と屋敷を出ていった。
***
「お姉ちゃんばっかりずるい!」
幼い頃からカロナはそれが口癖だった。私から言わせてもらえばカロナは容姿にも恵まれていたし、長女として恋愛の自由がない私とは違って生まれた時から自由を手にしていた。
けれど、カロナは私が持っているものなら何でもかんでも欲しがった。他の御令嬢の話だと「お古をもらうなんて嫌」と言う子がほとんどだと言うのに、カロナは違った。
私のお気に入りのドレス、私のお気に入りの靴、アクセサリーにお友達。なんでもかんでも自分のものにしてしまった。私はどうして素直に全てを彼女に渡すのか、それは……
「だめ! マーブルは私のお人形なの!」
「なんでよ! カロナにちょうだい!」
私はお父様からプレゼントされたクマのぬいぐるみをどうしてもカロナにとられたくなくて、拒否をしたことがあった。お父様がいくら新しいものを買ってあげようと言ってもカロナは「お姉ちゃんのがいい」と言って聞かず、それでも私は渡したくなくて泣いて喚いて拒否をした。
そうしたら数日後、私がお風呂に入っている隙にカロナがぬいぐるみを暖炉に放り込んだ。わざとじゃないと泣きじゃくるカロナにお父様は騙されていたけれど、私に向かってニヤリと笑った彼女に、底知れぬ恐怖を覚えた瞬間だった。
だから、私は思春期を越えると大好きなものを我慢する様になった。
私が大切にしているものは彼女に取られるか、渡さなければ壊されてしまうから……。ましてや私の大好きな動物なんて……、あぁ考えるだけで恐ろしかったのだわ。
カロナなんかに動物がなつくわけがないもの。
でももういいわよね。
カロナは不良債権をわざわざ持って遠くへ駆け落ちしてくれたんだもの。あとはお父様とロードシット家に根回しをして彼らが2度とこの領地に帰って来られない様にしてしまえばいいのだもの。