紅葉に綻ぶ
紅葉、遥か遠くへ
「1番好きな季節なーに?」
「秋かな」
僕は躊躇うことなく、答えた。
「まあ、みんな春か秋だよね〜」
「渚は?」
「ぜっっったい夏!だって夏休みあるし、お祭りたくさんあるし、なにより誕生日があるんだもん!」
高揚したテンションに僕は置いて行かれた。
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春の真新しい風も吹き終わり、湿ったしつこい空気が身体中を覆う10時30分、教室の窓から僕の左肩を目掛けて斜陽が差し込んでいる。
「おっはよっ!」
小枝渚の声が頭に響く。
「今日の鍵当番よろしくね〜」
と言うと、僕に返事をする隙も与えぬまま、渚は教室を後にする。
お互い美術部で、1年生の頃から仲が良く、渚はちょっと目を離すと事故にあってしまいそうなくらい、朗らかな性格だ。そんな渚に、僕は特別な感情を抱いていた。
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SHRが終わる15時30分、各々が部活動の準備や家に帰る準備、進路活動に手を回し、教室は瞬く間に喧騒にまみれた。この瞬間はみんなの鎖が同時に外される感じがして、ちょっと好きだ。
「おーい、鍵遅いぞ〜」
渚の声だ。隣のクラスは先にSHRが終わっていた。僕も急いで部活動の準備をし、喧騒の渦から脱出するよう飛び抜けてきた。
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薔薇よりも濃く、五月蝿いくらいの茜色の空が瞳を喜ばす18時、今日は教師達で会議があるから、部活動全て18時でおしまいだ。部活動ができなくて、罵詈雑言をのたまう生徒も、茜色の空のおかげで、身体中に浸る汗は、ダイヤモンドのような雫だった。
いつも通り、談笑しながら部員達と下校している。途中からは帰り道が一緒の渚と2人きりだ。
「明日も13時30分にあの公園ね!遅刻すんなよ〜」
休日は毎週のように渚と2人で、公園でスケッチをしている。そこは年季の入ったベンチと屋根のみの公園で、数多の緑が生い茂っていて、近くには、サワガニが好んで暮らすほど水色な池がある、言わば穴場だ。
僕はこの休日が大好きで、この日のために学校に通っていると言っても過言ではないと思っている。
明日は渚の誕生日なので、高校最後の誕生日プレゼントを買いに少し寄り道をして帰宅した。
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4時30分、プレゼントと言葉を渡す緊張のせいか、一睡もせずに彼は誰時を迎えた。いつも通り家の階段を駆け下り、約束の公園へと向かう。
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13時30分、相変わらずジメジメと湿った空気だが、緑が僕を元気付けるように踊っている。今日こそは全てを渡すんだ。と奮い立たせていた。
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14時30分、約束の時間を過ぎても渚の姿はない。15時までに来なかったら帰宅しようと思い、公園の付近を散歩していた。きょろきょろと見渡しながら散歩をしていると、水面の一部が黄色く灯りを発している。 気になり、顔をそっと近付けると、手元にはえんぴつとスケッチブックを持ち、カーネーションのような桃色のチークに白の厚手のカーディガンを羽織った渚の姿があった。
「あぁ、そっか」