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頭も股もゆるそうな女子二人組がクラスにやって来た(雫視点)

 全ては私の計算通りだった。


 学校でユウトとの仲睦まじい姿を見せつけるたびにあいつは震えていた。教室内で()()()メッセージを送りつけた時なんて長い前髪で隠れていてもイツキが青ざめているのがありありとわかった。


 あいつが耐えられなくなって私に泣きついて許しを()うのも時間の問題。その時は彼が生徒会を辞めるという条件で私はユウトと別れる。私の浮気はうやむやになるだろうし、以前のようにイツキを独り占めできる生活が戻ってくる。そう、全てが解決するのは時間の問題、そのはずだった。




 朝、廊下で「あの佐々木イツキっていう男子、うちの高校に本当にいるの?」そんな話を女子の横を通り過ぎた時聞いた。なんだろうと思いながら教室に入り、席に着くと一条ユウトがやってきた。隣の席の浜川美奈が青ざめた顔でちらりと彼に目を向けた。


 ユウトとクラス内で公然と仲良くするようになってから浜川美奈とは一度も口をきいていない。あれだけモテマウントを取ってきたのに、私たちが仲良くするたびに目に涙を浮かべる有様で、こんな哀れな人間だけにはなりたくないと思う。


 私はとびっきりの笑みを浮かべた。「ユウト、おはよう」


「雫ちゃん、おはよう。あのさ、どう思う?」


「どう思うって?」


「だから、髪型変えたんだけどよ。どう?」


 髪型?短髪がさらに短髪になったくらいの違いしか分からず「髪切ったんだ。似合ってる」としか返答のしようがなかった。


「登校中に他の女子にジロジロみられて大変だったんだよなぁ」


 私は笑顔のまま心の中でため息をついた。また一条ユウトの勘違い話が始まった。

 この男は自分がいかにモテるか、過去にどんな女子と付き合ってきたとか、こちらは興味などないのにことあるごとに話す。その度に「ユウトはイケメンだから」などと褒めてやらないと不機嫌になるからかなり面倒臭い。猿顔のくせして自己評価が恐ろしいほど高いのだ。


 この日も適当に相槌を打っていると、突然教室の雰囲気が一変し、ざわめきが一斉に止んだ。浜川美奈が「だ、だれ? あの人」と呟くのが聞こえた。


 私もクラスメイトの視線の先に顔を向け、そして目を見開いた。私も誰だか分からなかった。


 アッシュブラウンカラーのゆるっとしたパーマをかけた長身で細身の男子。下を向いているけど、一目見れば端正な顔立ちをしているのははっきりわかった。中性的で、少し影のある表情。顔が小さく抜群のスタイルで、突然若手モデルが教室に入ってきたのかと錯覚を起こす。


「じゃああれって本当に佐々木だったんだ」誰かが言って、ようやく彼が私の幼馴染佐々木イツキだと認識した。私はただただ彼に目を奪われるしかなかった。


 小学低学年の時、彼を初めて教室で見かけた時と一緒だ。初めてイツキを見た時、突然現れた美少年を前にしてただただ目を奪われたのを覚えている。イツキ以外のクラスメイトが灰色の背景になり、イツキだけがカラフルな色調をまとっているようにさえ見えた。


 イジメられて教室の隅で泣いていたイツキに優しい言葉をかけたことがきっかけで彼と話すようになり、小学生の頃は学校でもずっと一緒だった。


 イツキは私に対して小さい頃から従順で、髪で顔を隠したらイジメられないとアドバイスすると、本当に髪を伸ばした。女子と話すなというと、彼は女子から話しかけられても下を向くようになった。私はずっと美しい幼馴染と一緒にいられて幸せだった。


 それなのに慣れとは恐ろしい。私の長年の教育(ちょうきょう)の結果、イツキは髪がボサボサ、自己主張をまるでしない背の高いだけの陰キャと周りから認知されるようになり、そんな彼と長い時間を過ごす間に私も忘れつつあったのだ。イツキがどれほどまでに美しい人なのかを。



 教室にいるイツキを目でずっと追い続けた。初恋が戻ってきたみたいに胸がドキドキした。彼といますぐ話したかった。ベッドの中で体を寄せ合いたかった。


 隣に座る浜川美奈が「佐々木君って彼女とかいるのかな」と他の女子と話すのが聞こえると、優越感を覚えるしかない。少なくともイツキはお前のことなんて少しも興味はない。イツキの頭にあるのは私だけだ。


 彼がわざわざ容姿を整えてきたのも、あくまで私へのアピールなのはわかりきっていた。どうしても私に振り向いて欲しくてイツキはなれない行動をとったというわけだ。


 私の方も悠長に彼からの謝罪を待ってる暇はなかった。今まで誰も見向きもしなかった私の幼馴染に女子が群がり始めている。イツキと復縁して女子と会話するなと命じる必要があった。ただそうは言っても、自分から浮気を謝罪して復縁するというのもやっぱり癪だ。


 考え抜いた末に、「最近ユウトと私の関係微妙だよね。なんだか寂しくて、元カレのこと思い出しちゃうんだ」とユウトとの関係があまり上手く行っていないことを匂わせた嘘誤爆メッセージを彼に送りつけた。


 さぁ、早く私に連絡してきて。もはや、謝罪もいらないくらいだ。私のそばにいてくれればそれだけでいい。そう思っていたのに昼休み、頭も股もゆるそうなクズみたいな女子二人組がクラスにやってきてイツキとお弁当を食べ始めた時は気が狂いそうになった。



 揃いも揃って毎晩違う男とやってそうな派手な女子二人だった。一緒にお弁当を食べるユウトが「なんであいつなんかと桃園エリカと清水結衣が飯食ってんだよ」と吐き捨てるように言う。どうも二人は高校のスクールカースト最頂点に位置してるらしい。


「イツキ程度の男子に尻尾振る女なんてユウトだったら余裕で落とせるでしょ」


 流石に言ってて無理があると思ったけどユウトは「そういえば、そうだな。あいつの女は全員寝取れる自信あるわ」ゲスびた目つきで二人の女子の胸や足を眺めていた。


 ユウトだけじゃない、教室の中心がまるであの三人にあるかのようにクラス全員が私の幼馴染と女子二人を見ていた。吐き気がするくらいイライラした。


 二人の女子は賑やかによく笑い、イツキの肩を平気でタッチした。女子の手がイツキに触れるたびにカチンときて、私は地面を蹴りつけた。


 何よりイラつくのはイツキの態度だ。あのイツキが桃園エリカという女と普通に会話をしているのだ。落ち着き払った様子で、もう一人の女にはほとんど視線を向けず、桃園エリカばかり見ていた。


 でも、どうせこれだって私へのアピールなのはわかっている。その証拠にイツキは時折こちらをチラチラと見てきた。きっとイツキなりに私に仕返しをしているつもりなんだろう。でもやっぱりイツキはイツキ。私の怒りを知ってて、こちらに向ける表情はどこか不安げだ。


 腹は立ったけど、陰キャの思考回路がおかしくなるくらい寂しい思いをさせてしまったのは事実だ。たまにはイツキの願いを叶えてやろう。



 その日の放課後、「今までしたことすべて謝りたい。そして全てなかったことにしてまた仲良く一緒に過ごしたい。なんていったら都合良すぎるかな。とにかく話がしたいです」私の方から折れることにしたのだ。


 既読はいつも通り秒だった。さぁ私はしっかり謝罪した。次はイツキが私を許す番。こんな不毛な嫉妬合戦は終わりにしよう。


 返信はなかなか来なかった。


 イライラしてきて「返信遅くない?」「三分ルール違反なんですけど」「謝罪撤回しようかな」「手遅れになっても知らないけどね」と送信する。


 それでも返信がないので私は電話をかけた。その時ようやく異変に気付いたのだ。


「おかけになった電話番号への通話は、お客さまのご希望によりお繋ぎできません」


 耳を疑った。お客さまのご希望?誰の希望だ?まさかイツキの希望?そこまで考えたところで着信拒否という言葉が頭に浮かぶ。いや、まさかイツキがこの私を着信拒否するなんてありえない。


 一刻一刻、時間が過ぎる度に不安が膨れ上がっていった。


「今すぐイツキに会いたいな」「どうして返信くれないのよ」「本当に謝るから返信してよ」「会いたいよ」「私が全部悪かったから連絡してきて」


 メッセージを送り、スタンプを連打しても一向に既読がつかない。二時間が経過したころ、今まで考えもしなかった可能性が次々と浮かんできた。


 想像以上に浮気が許せなくて私に愛想を尽かしていたとしたら?あの股がゆるそうな女のことを本気で好きになっていたりしたら?


 私は床に座り込み震え上がってしまった。嫌だ。絶対に嫌だ。あの最愛の幼馴染、佐々木イツキが自分の元からいなくなるなんて。そんなことが起きたら私は私ではいられない。彼のいない人生なんて生きていたくもない。


「雫! こんな夜遅くにどこ行くの!」


 気づくと母親の声を無視してジャージ姿のまま家を飛び出していた。多分、今だったら私の土下座でなんとかなる。私は全速力でイツキの住むアパートに向かって夜道を駆けていった。


(もし土下座で気が済まないなら、私を乱暴してもいい。イツキがして欲しいことはなんだってする。だけど私から離れることだけは許さない。絶対に許さない!)

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