桃園エリカは刺激が強すぎる
今回の現場は自然光の入るハウススタジオとのことで、この前と打って変わって比較的こじんまりとした駅前が待ち合わせ場所だ。そこに現れた桃園エリカを見て心臓が一瞬止まるかと思った。
桃園エリカは頭を傾げて言った。
「えっと、イツキ。何で制服なの? 今日休みでしょ」
「あ、あの、僕、制服くらいしかまともな洋服、持っていないんです」
少なくとも桃園エリカと会える服はハンガーラックに一枚もかかっていない。この機会に買おうと服屋に行ってはみたものの何を買えばいいかも分からなかった。
正直にそう言うと桃園エリカはくすくすと笑い、僕の肩に優しく手を置いた。「やっぱ、イツキはキャラ立ってるなー。事前に言ってくれたらいくらでも一緒に選んであげたのに。あれ? どした? なぜ離れるの?」
「いや、す、すいません」
僕が思わず桃園エリカから後ずさったのは彼女が着ている服装にある。制服姿の桃園エリカも目を惹きつけるけど、私服姿の彼女は刺激が強すぎる。肩とウエストがチラッと見える生地少なめのトップスとタイトなミニスカート。ファッション誌からそのまま出てきたようないでたちで、そんな人に肩を触れられるだけで頭が真っ白になる。
桃園エリカは一歩近づき、覗き込むように僕の目を見た。
「もしかして、撮影前で緊張しちゃってる?」
露出度の高い服を着る美人なあなたに緊張してるんですとはもちろん言えなかった。
「いや、はい。もちろんそれもありますけど」
「大丈夫だって。この前の撮影だって初現場とは思えないってカメラマンさんが言ってたよ。イツキは昔から人の目を惹きつける才能があるんだから」
昔から人の目を惹きつける才能がある?どういう意味か分からなかったけど、僕は桃園エリカに連れられる形で現場に赴き、緊張で何がなんだか分からないうちに撮影を終えた。
正直に言えば、もっと緊張したのは撮影後で、隣に桃園エリカがいて、一緒に服を選んでくれたり、カフェで食事をしたりする時間はずっと心臓が高鳴っていた。
その後も桃園エリカに何かと誘われることが増えた。彼女が仕事のない日の放課後なんかはご飯に誘われたり、映画に行くこともあった。他の生徒会の人によると彼女は滅多なことでプライベートな時間を割いてくれないそうだけど、どういうわけだか僕だけは別扱いだ。
桃園エリカと話すようになって気づいたのは、この人は僕が想像していたような頭が空っぽの明るいだけの女子では全然ないということだ。彼女は僕の知らない世界のことを実によく知っていた。
人の心に残る美しいポージング、自然な笑みの作り方、ファッションや音楽、アートのこと。英語はネイティブレベルで海外の友人も多数いる。人気モデル桃園エリカは美貌という元々の素質があるだけでなく、様々な技術や知識、何より彼女自身の鍛錬の結果成り立っていることが一緒にいるとよく分かった。
SNSも彼女から教えてもらったものの一つだ。雫からはSNSは馬鹿がやるものだと教えられてきたし、何の知識もなかったけど、桃園エリカにSNSは武器になるからイツキも開設したらと言われ、何も分からないままアカウントを取得した。
試しに桃園エリカが撮ってくれた短い動画をアップすると、とんでもない数の人が閲覧して僕はただただ驚くしかなかった。
「なんでこんなに見てくれるんですか?」当惑して尋ねると、桃園エリカは事も無げに言った。
「君にそれだけの価値があるからじゃない」
「僕に価値?」
「そう。人は価値を感じないものに無駄に時間を消費したりしないんだから。この20万人は君に何かの価値を見出したってことなんだよ」
ずっと雫には低脳、無価値だと罵られてきたので自分に価値があると言われてもとても信じることができない。桃園エリカは笑顔をむけた。
「私が言うんだから間違いなし。それにしてもイツキってなんでそんなにいつも自信なさそうなの?」
「それは僕がなんの取り柄のない、身長が高いだけの醜い人間だからです」
桃園エリカはポカンとした表情を浮かべた。「それ本気で言ってるの?」
「ええ、本気ですよ」
「だって君って教師からは生徒会に立候補するように勧められほど成績優秀。うちの生徒会のメンバーから勧誘されるほど運動神経も抜群。さらに最近では容姿に磨きがかかった高スペック男子でしょ」
「何言ってるんですか。僕は高スペックとは程遠い、無価値な人間ですよ」
桃園エリカは珍しくムッとした表情を浮かべ「そんなこと絶対に言っちゃだめ」と言った。
「他人は無数にいるけど、自分自身は世界でたった一人しかいないんだよ。そんな尊いものに自分から無価値なんてレッテル貼っちゃダメ。君は君自身の物語の主人公なんだから」