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知らないうちに初仕事の現場にいました

 断ろう、断ろうと思っていたのにうまく切り出すことができずとうとう指定された日が来てしまった。そしてその日の放課後、桃園エリカが連れ出した世界は僕にとって本当に異世界としか言えない場所だった。


 都内に住んでいるからさすがにここがどういう街かはなんとなく知っていたけど、平日だというのに人が多すぎる。無数にいる高校生カップル、派手な格好の女子グループ、その他多数の大人たちが行き交う大都市。これだけの人が一体この街で何をしているのか不思議になるくらい雑踏とした風景が広がっている。


 桃園エリカと一緒に歩くとさすがSNSフォロワー100万人を超える有名人だ、「あれ桃園エリカじゃない?」「なんだあのスタイル」「綺麗すぎてやばいな」囁く声が聞こえてくる。中には「いつも動画見てます。握手してください」と声をかける人もいて、その度に桃園エリカは「応援ありがと!」笑顔を向けて気軽に手を握った。やっぱりすごい桃園エリカ、いわばコミュニケーション能力の化け物だ。


 五分ほど歩くと彼女は足を止めた。


「ここが今回の仕事の現場。モデル御用達の人気サロンです。よしイツキ、気合い入れていこ!」


「あの、桃園会長……」

 そこまで言いかけたところで桃園エリカは僕の唇に人差し指を押し当てた。「高校を出たら会長じゃないから、エリカ、もしくはえりたんって呼んで」


「いや僕なんかが気安く呼べるわけないじゃないですか! それより僕、こんなとこいけるほどの手持ちがありません。髪を切るっていうから五千円くらいは持ってきたんですけど」


「あれ? サロンモデルの話しなかった? むしろ君が謝礼をもらう側なんだけど」


「僕が謝礼をもらう? ……何かの詐欺とかじゃないですよね」


 桃園エリカは明るく笑った。

「大丈夫だって。私はお金には全く困ってません。それにこれは仕事。それ相応の報酬をもらって当然でしょ」


「そう言われても、僕なんかが……」


 桃園エリカは一度柔らかな笑みを浮かべてから僕の長い前髪を手で持ち上げて、僕の顔をまじまじと見た。

「私、誰かの顔を見てドキドキしたの君が初めてなんだ」


「そ、そうですよね」

 自分が醜い顔なのは知っていたけど、桃園エリカの心拍数を上げるほどだったとは。きっと人気モデルには僕の顔は珍妙に見えるに違いない。少なからずショックを受けていると桃園エリカは言った。


「私はこういうモデルのような仕事しているから、人の印象がまるっきり変わる魔法のような瞬間をたくさん見てきたけど、これからサロンで起こることは二度と経験できないと思う」


 一体何を言っているのだろうと思いつつも、僕は促されるままプライベートサロンに足を踏み入れてしまった。


 サロンの中で何が起きたかはほとんど覚えていない。ずっと緊張しっぱなしだったし、何よりただただ時間がかかった。髪を切られるだけじゃなく、服を着替えさせられるし、何度もカメラを向けられた。髪を切るというから一時間程度だと思っていたのに、サロンを出た時には五時間も経過して、すっかり外は夜の街だ。へとへとになって一人暮らしをするアパートに帰ってきた時には何かをする気力もでずに眠り込んでしまった。


 もちろん、一晩の間に画像が世界中を駆け巡っているとは呑気に眠る僕には知る由もなかった。

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