一体何の話をしているのだろう?
「明日の夜、親いないから泊まりに来なよ」
寝る直前、雫から届いたメッセージはすぐに取り消され、誤爆だということに気づき、胸が痛くなる。ほんの少し前までは雫の部屋に入ることができる男子は僕だけだったのに。
思えば、これまでの僕の人生は雫を中心に回っていたと言っても過言ではない。物心ついた時には雫がそばにいたし、雫が寂しいといえばどんな時でも会いに行き、雫が機嫌が悪い時はなんとしてでも宥めた。特に雫は他の女子と話したりすることを一番嫌うから、できる限り女子とは接点を持たずに暮らしてきた。僕が女子から好意を持たれた時なんか土下座程度じゃすまなかった。でも幼馴染と一緒にいるためだったらなんでもよかった。
しばらくあてもなくスマホをいじっていた僕は、気づくと寂しさに駆られて、謝罪の文章をフリックしていた。
「雫がしたことは少しも怒っていないです。むしろ自分みたいな無価値な人間が雫を咎めるようなことを言ったのを謝罪したい」
「せめて恋人でなくていいから、ただの幼馴染の友人としてたまには会話くらいしたい。今度会った時は何時間でも土下座します」
僕はメッセージを送信して目を閉じた。雫は一体どんな返信をしてくるのだろうと考えていたらスマホが震える。目を開き、ディスプレイに目を向けた時、思わず悲鳴をあげた。ベッドから飛び起きて、え、えりたん!!と叫び声をあげる。
「何時間でも土下座しますってなに。ウケるんだけど」
そのメッセージとともに目に入るのはえりたんというユーザー名。最悪だ。あのメッセージをよりにもよってえりたんこと桃園エリカに誤爆するなんて。
僕は急いで先のメッセージを取り消し、「間違えました。本当に忘れてください」と送信する。水をかぶったかのように全身汗でびしょびしょだ。
「メッセージ取り消さないでよ。私史上最高に謎メッセージだったからスクショしておきたかったんだけど」
「ごめんなさい。本当に忘れてください」
僕は部屋に誰もいないというのに一人頭を下げ続けた。それからしばらくの間があってメッセージが届いた。
「それより、来週水曜の放課後予定空いてる?」
未だ頭が真っ白で何も考えずに返信する。「空いてますよ」
「良かった! 知り合いの美容師さんがサロンモデル探してて、そのイメージにイツキがぴったりなの。絶対その日時間空けといてね」
「はい、わかりました」
「じゃあ早速、美容師さんに伝えておこ。あとこれはギャラが発生するモデルとしての正規の仕事だから、簡単に予定変更できないけど大丈夫?」
「はい、わかりました」
「よし、先方にメッセージ送っときました」
「はい、わ」
そこまでメッセージが続いたところでだんだんと冷静になってきた。……そういえば、今一体何の話をしているのだ?メッセージを読み返してみても内容が掴めない。
サロンモデルってそもそもなんだ?美容師ということは髪を切るってことか。雫には勝手に髪を切ることも禁止されている、って振られたわけだから大丈夫か。いやいや、そういう問題じゃなくてサロンモデルとはいったいなんなんだ!ギャラが発生する仕事という意味も分からない。予定変更できないってもう断れないってことか?
混乱していると桃園エリカからこんなメッセージが届いた。「あっそうそう、私、部外者だから余計なことかもしれないけど」
「君は無価値じゃないし、容易く土下座なんてするもんじゃないよ」
一体何と返信していいかもわからず「はい、わかりました」と僕は送っていた。