休んでいる間にクラスで何か起きていた模様です
仕事が重なって学校を続けて休んだ後の教室は、以前と風景が変わっていた。
まず一条ユウトが停学になった上に雫も教室から姿を消していた。
それだけじゃない。クラスの雰囲気もどことなくちぐはぐというか、落ち着きがないと言うか、変な緊張感が漂っている。
何気なく仲のいいクラスの女子にそのことを聞いてみたら、クラスメイトはビクリとして、動揺した顔つきになった。
「イツキくんは詳しくは知らない方がいいと思う」
「どゆこと?」
女子は声を潜めて言った。
「うちのクラスに桐崎さんって子いるでしょ。彼女、最近色々あったみたいで教室内で取り乱しちゃったの。そのあとでクラスで話し合って彼女のためにあの日のことは忘れることにしたんだ」
なるほど、そう言うことか。教室内で何があったかはよくわからないけど、雫は一条ユウトのことを本当に好きだったから、フラれて内心相当傷ついていたのだろう。そこに一条ユウトの清水結衣への暴行、停学が重なって精神的に脆くなっていたのは想像に難くない。
クラスメイトは不思議なことを言った。
「イツキくん、画鋲の件だけど。多分、もう安心だから。これからはもっと勉強や仕事に集中できるよ」
もう安心? さらに奥歯に物が挟まったような物言いにも気になったけど、画鋲はもとより、最近付きまとい行為もなくなったのでそれ以上は聞かないことにした。
クラスのちぐはぐな感じは続いた。
「佐々木、お前、休んでいる桐崎の家の近所だろ。たまったプリント、届けてやってくれ」
ホームルームの終わり、先生にそう呼びかけられたとき、なぜだかクラス全体により一層の緊張が走った。
「私が届けます。佐々木くんはほら、生徒会や仕事で忙しいので」
クラスの浜川美奈という女子がそう言って手を挙げた。話したこともない女子だったのでそんな気遣いは意外だった。
「えっ? そうか、じゃあ、お願いするよ。でも佐々木、あくまで学生の本分は学業だからな。あんまり仕事ばかりに時間取られるなよ。ってお前の成績だったら余計なお世話か」
こうしてホームルームが締めくくられた。
プリントを届けてくれるという浜川美奈にホームルーム後、「悪いから僕が届けるよ」そう話しかけるとクラスメイトはどうしてか身体を固めた。
「さ、佐々木くん、私なんかに話しかけてくれてありがとう。えっとね、佐々木くん、今の桐崎さんと関わらない方がいい。トラブルのもとになると思うから」
「どゆこと?」
「彼女、失恋とか色々あって、ちょっとメンタルがおかしくなってて。それに佐々木くんがプリント届けたりして、彼女の現実逃避っていうか妄想がひどくなってもまずいし。あと、私、彼女に謝りたいことがあるから」
現実逃避?妄想?何がなんだか分からないけど、そういえば最近一緒にいるのを見なくなったけど、雫と浜川美奈は教室でも仲良くしていたのを思い出す。僕が行っても罵倒されるだけだし、女子同士で話す方が雫の気分も和らぐかも知れない。
そんなことを考えていたら、ちょうどスマートフォンに桃園エリカからメッセージが届いた。
「今日は生徒会これるよね! 早くイツキに会いたいなぁ。って同棲してるから毎日会ってるんだけど」
普段から感情のアップダウンが激しい雫がメンタルをやられたらどんなことになるのか気がかりではあったけど、彼女のことは頭の隅に押しやって、生徒会に遅れないよう足早に教室を出た。
「あれ? イツキ、桃園会長と一緒じゃないの?」
いつも通り賑やかな生徒会室に入ると副会長に話しかけられた。
周りを見渡すと桃園エリカの姿がない。スマホを見ると生徒会が始まるギリギリの時間。彼女が遅れるなんて珍しいことだ。少し不安になり、僕はメッセージを送った。
「何かありましたか? 生徒会はじまりますよ」
用事がないときはいつも秒で既読がつくのになかなかその文字はディスプレイに表示されない。
不意に桃園エリカが最近話してたことを思い出す。
「ここ数日、いろんなとこで誰かに見張られている気がするんだよね」
気のせいかもしれないとも言ってたけど、いつになく桃園エリカが不安げな表情を浮かべるので、僕もずっと心配していたとこだったのだ。
五分、十分と時間が過ぎ、副会長が「じゃあ桃園会長なしで始めるか」と言った時、僕の不安はピークに達した。
「あの、僕ちょっと、校内見てきます!」
一体、桃園エリカが学校のどこにいるのか見当もつかなかったけど、気づくと生徒会室を飛び出していた。
桃園エリカのクラスに行き、二人で会うときによく使う屋上もチェックするけど、彼女の姿はなかった。もしかしたら、すれ違いか?生徒会の人にメッセージを送るとまだ来てないと返信があった。
一階の玄関ホールで途方にくれていると、肩を叩かれた。
「どうしたのイツキくん、すっごい汗だよ。よかったらこれ」
振り向くと、清水結衣がチア部のロゴが入ったタオルを差し出てくれていた。汚しては悪いと思い、一度断るものの、清水結衣は「イツキくんの汗もらっちゃお。はは、このタオル貴重でしばらく洗えないな」と言いながら僕の顔の汗をタオルで拭き取ってくれた。
僕は汗を拭いてもらいながら「あの、エリカさん、どこにいるか知りませんか? 今日、生徒会があるのに、きてなくて」
「あっ、エリカなら誰かに手紙で呼び出されて、生徒会に行く前にそっちを片付けてくるって言ってたよ」
清水結衣はいつものいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「へへ、あれは絶対告白の呼び出しだな。告白される時、未練を持たれないようにしっかり断るのがエリカのルールなんだよね。でもエリカにはイツキくんがいるのによく告白しようと思ったな」
呼び出された場所は裏庭。清水結衣は近くだしちょっと見に行ってみようかと言って僕の手を引いた。
正直、学校の裏庭にはいい思い出がない。でも何か悪い予感がしたので、清水結衣に手を繋がれるままついて行ってしまった。
裏庭に近づいたとき、聞き覚えのある声が耳に入った。この場所でこの声を聞くとまるでデジャヴのような感覚に陥る。
「だから、俺と一回ベッドで愛し合ったらあんな陰キャのことなんて忘れちまうって。あいつの元カノも俺が一回で骨抜きにしてやったんだぜ。あんな女みたいな弱そうな男捨てて、俺と付き合えよ、えりたん。毎回、たっぷり可愛がってやるからよ」
まさかと思って裏庭を覗き込むと、僕より先に隣の清水結衣がビクリと反応した。「あの男子って……」
桃園エリカの前に立つのは、停学になったはずの一条ユウトだった。桃園エリカの身体を舐め回すような目つき。遠目からも全身から欲望がみなぎっているのがありありと分かった。
「なんか、やばい告白現場になりそうだなぁ」
清水結衣がそう呟くのが聞こえた。




