表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/21

幸せな生活と破滅の予感

 撮影時にカメラマンに笑顔を要求されるのが一番困る。


「自然に笑ってみて」

「いたずらっぽい少年のような笑みで」

「大きく笑って」


 いろんな笑顔を要求されるけどどれも「イツキ、笑顔だけはなんかかたいなぁ」と言われてしまう。


 思えば僕は今までの人生でそんなに笑ってこなかった。小さい頃から父親は仕事や女性関係で忙しく、友達も幼馴染しかいなかった。雫といた時、僕はどんな表情をしていたのだろう。彼女と最後に一緒に笑いあったのはいつのことなんだろう。


 桃園エリカは僕とは違う。彼女は料理を一緒に作っている時、何気ない話題を交わす時、一緒にお風呂に入る時、本当によく笑う。そこには自然な笑みも、無垢ないたずらっぽい笑みも、お日様のような輝く笑みも全部ある。


 都心にある広々とした3LDKのマンションで暮らす彼女との生活は幸せで、時間は早く、めくるめく過ぎていった。



 今日はマンションにチア部キャプテンの清水結衣が遊びにきていて、いつにも増して賑やかだ。

 

 音楽が鳴るリビングで夕食を三人で食べ、食後にソファに座りながらみんなで賑やかに話している自分が不思議だった。都心の高級マンションで洗練された女子高生らの隣に座っているとこここそが世界の中心なんだとも思えてくる。

 意外な話を聞いた。


「そうそう、この前、男子から告白されて」そう話すのは清水結衣だ。「それが私史上最高に最低な告白だったんだ」


「結衣、勇気を出して告白してくれたんだから最低なんていうの駄目だよ。断るにせよ相手に最大限の敬意を払う。これが告白される側の心構えでしょ」


「それはそうなんだけど、すごい告白だったんだよ」


 清水結衣はそう言ってなぜだか顔を赤らめた。「俺はセ……クスがうまいなんて言葉で告白されたの初めてだよ」


 桃園エリカと僕はポカンと口を開けてしまった。


「最低な告白でしょ?」


 桃園エリカは呆れたようにいった。

「前言撤回。それは実に最低ですね。それでいて気持ち悪すぎますね」


 清水結衣は僕のことを見た。「なんかその男子、イツキ君のことも話しててさ」


「僕のこと?」


「うん。それもよりにもよって、俺は佐々木イツキよりもてるなんてこと言い出すの」


 僕より先に反応したのはエリカさんだ。「ストップ。それは聞き捨てならない。イツキよりモテる男なんてうちの高校にまず存在しない」


 清水結衣はウンウンとうなづいた。

「一億パーセント同意。そもそもその男子、言っては悪いけど、そんな素敵な人じゃなくて。初対面なのに偉そうだし、顔もなんていうかお猿さんみたいで」


 僕はその話を聞いて、なぜだか一人のクラスメイトの顔を思い浮かべた。偉そうな猿顔の男子。清水結衣は続けていった。


「もちろんお断りしたんだけど、突然怒りはじめて、すっごく怖かったんだ」


 なんでもその男子は「テメェふざけんな、なんだその生意気な態度は!」と怒鳴って清水結衣を抱きしめて押し倒そうとしたらしい。


「知り合いの男子が偶然通りかかってほんと助かったよ。怖かったなー、とりあえずエリカなぐさめてー」


 清水結衣はそう言いながら桃園エリカの膝に頭を乗せた。桃園エリカは清水結衣の頭をよしよしと撫でながら「最低だねその男子。名前はなんていうの? 学校にも伝えた方がいいよ。停学相当でしょ」


「えっと後で友達に教えてもらったんだけど、確かいち、いちじょう……」


「まさか一条ユウトですか」気づくと僕は声を出していた。


「そう! 一条ユウト! なんであの男子、イツキ君よりモテるって勘違いしたんだろ。あっそれよりイツキ君、結衣今フリーだから付き合ってください! ちょっとした遊びでもいいので! へへ、エリカより早く告白しちゃった!」


 そんなことを賑やかに喋る清水結衣のほっぺたを桃園エリカは軽くつまんだ。

「えっと結衣。言いづらいんだけど、人の彼氏口説くの禁止」


 清水結衣はビクッと起き上がって目を丸くした。「人の彼氏? ってまさか……」


 桃園エリカは僕の手を握った。

「まだ言ってなかったけど私たちちょっと前から正式に付き合い始めてました! 悪い、結衣!」


 次の瞬間、「エリカの嘘つき! 同棲しているけどそれ以上のことは何もないって言ってたのに!」清水結衣の叫び声が室内に響き渡っていた。



 その夜、結局清水結衣は泊まることになって僕も抵抗したのだけど、ベッドで桃園エリカと清水結衣に挟まれて眠ることになってしまった。もちろんこれではすんなり寝付けるわけがない。


 僕は女子たちの寝息を聞きながら、さっきの話を思い返していた。


 教室内で雫と一条ユウトが一緒にいないのは気づいていた。少し前まではまるで周囲に二人の関係を見せつけるかのようにべったりしていたけど最近ではその姿も見なくなっていた。清水結衣の話で納得した。結局二人は別れてしまったわけか。


「イツキ、眠れない?」

 考え事をしていると隣にいる桃園エリカの囁き声が聞こえた。「眠れないならこっちおいで」


 常夜灯の明かりにうっすら照らされる桃園エリカは腕を広げていた。


「結衣さんが隣にいますけど」


「大丈夫だって。おいで」


 珍しく強引だなと思いながら、いつもそうするように彼女の腕の中に潜り込むと、細い両腕が僕の頭を優しく包み込み、視界は桃園エリカの身体で覆われた。


 桃園エリカの囁き声が聞こえた。

「結衣、やっぱり君のこと本気で好きみたいだな」


「結衣さんがですか? エリカさん違いますよ。あれは僕をからかっているだけです」


「違う、本気。イツキと結衣が二人で朝の校内を歩いてた時からそんな気はしていたんだけど」


 朝の校内って、あの画鋲で怪我した時のことか。あれはなんでもないことですよと言おうとしたら桃園エリカの腕の力がぎゅっと強くなった。

「イツキは魔性なところがあるよ」


「魔性?」


「人の心に潜り込んで、いつの間にかその人の心を支配してしまう魔性の力。そして君に一度支配されると正しい判断ができなくなる。現に私、親友の横で君を抱きしめるなんて馬鹿なことしてる」


 なんて答えたらいいかもわからず僕は黙り込んだ。桃園エリカの心臓の鼓動と、清水結衣の寝息だけが耳に届く。桃園エリカは意外な名前を口にした。


「ねぇ、桐崎雫さんはどうしてる?」


 桃園エリカから桐崎雫の名前が出てくるとは思わなかった。彼女の話を桃園エリカにしたことは一度もない。ずいぶん前に桃園エリカに雫に送るつもりのメッセージを誤爆したことがあったから、それで僕の元カノのことを知ったのだろうか。


「どうしてるってどういうことですか?」


「私、イツキと暮らすようになって君の元カノの気持ちをよく想像してみるんだ。君を失ったらどんな気持ちになるんだろう、どんな夜を過ごすことになるんだろうって」


「僕は捨てられたわけですし、彼女はきっと僕と別れて何も思っていないですよ」


 そういっていて、なんだろう、針が刺さった時ような痛みが胸にピキリと走った。まるで画鋲が心をつついたような微かな痛み。そういえば一条ユウトと別れた雫はどんな夜を過ごしているのだろう。昔の僕ような彼女の強い感情を受け止めてくれる人はいるのだろうか。


 しばらく静寂が過ぎて、桃園エリカは言った。

「一度、三人で話し合うことはできないかな。もちろんそれがなんの解決にもならないことはわかっているけど。何か私、悪い予感がする。このままだとすごく破滅的なことが起こるような気がするの」


 三人で話し合う?そして破滅的なこと?今夜のエリカさん、それに僕自身もちょっとおかしいなと思っていると、突然賑やかな声が耳に響いた。


「こらー! 結衣を差し置いていちゃいちゃするな!」


 清水結衣がいきなり後ろから抱きしめてきて、僕は二人の女子に抱きしめられる形になった。

「寂しいでしょ! 私もいちゃいちゃに混ぜてよ! イツキくん、エリカ、この際三人で付き合おう! 三人で仲良ししよ!」


「ダメに決まってるでしょ。それから結衣、イツキから離れて」


「嫌だ! 離れない! 私もイツキ君を抱きたい!」


「こら結衣、彼女の目の前で彼氏を寝取ろうとするな」


「やっぱり僕、ソファーで寝ることにします!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ