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目まぐるしく変わる世界と小学校時代の亡霊

 幼馴染をブロックしたあの日から、世界は目まぐるしく変わっていった。


 SNSで僕を知ったというファッションブランドがコラボしたいということで、呆気にとられるほど高価な服に袖を通した。一枚一万円もするTシャツなんて買う人いるのかと思っていたら、僕が撮影で着たデザインのものは即日完売したというから驚きだ。


 ファッションイベントにゲストとして呼ばれ、音楽がガンガン鳴るランウェイを歩くと、地鳴りのような歓声が響き渡った。知名度なんてないと思っていたのに、僕のモデル名を叫ぶ見知らぬ女の子が何人もいた。


 何かのイベントに参加するたびにSNSの登録者は右肩上がりに増えていき、動画をあげるたびに無数のコメントが書き込まれた。


 今まで出来る限り人の視線から隠れるように生きていたのに、真逆の世界に立っている自分が新鮮だった。意外にも人前に出ることは嫌いじゃない。

 

 もちろん緊張はするけど、仕事を終えるたびに体の隅々まで新しい血がみなぎるのを感じた。そういえばあの時もそうだった。


 教師に勧められるままに生徒会書記に立候補し、選挙演説をした時のことを思い出す。


 数ヶ月前の生徒会選挙演説。登壇前すべてから逃げ出したいくらい緊張していた。


 ただ一度演説が始まると、全校生徒の前で熱心に生徒会改革について語りかけている自分がいた。演説が終わり、大きな拍手に包まれた時、今まで味わったことのない達成感が体に満ちていた。


 立候補者控え室にはけた後、今まで目にしたこともないくらい美人な女子に「君ってなんていうか、控えめに言って最高だね」と言われて肩を叩かれたけど、何と言葉を返したのかも覚えていない。


 今思えば、あの女子は桃園エリカだったのだ。プラチナブロンドの髪をなびかせる、あんなスタイルのいい立候補者なんて彼女以外にいるはずもない。


 もちろん雫には「お前がダントツで気持ち悪かった」「陰キャが立候補とかそもそも頭が悪い」「絶対落選するから今から自主的に立候補を取りやめたほうが賢明だと思う」などと言われて、僕は落胆するしかなかったけど、結果は次点候補に圧倒的得票数差をつけての当選だった。


 とにかく、僕は新しい世界に足を踏み入れ、前へ進んでいた。

 間違いなく新しい世界の中心には雫ではなく自分自身が置かれている。そう思っていたのにこの時も陰の世界は僕の背中を静かに追いかけ続けていたのだ。



「イツキ君! こっちきて! 文化祭の話し合いをしたい!」


 教室でそう呼びかけるのはクラスで一番賑やかな男女グループ。僕は呼ばれるまま、彼らの輪の中に入っていった。クラスのトップカースト層ということもあって最初は緊張したけど、人当たりがいい人ばかりで打ち解けるのにそう時間はかからなかった。

 

 そういえば雫も小学生の頃は比較的賑やかなグループに所属していたのに、中高と年齢が上がるにつれて逆にそういった人たちを毛嫌いにするようになった。


「あーゆう奴らは頭が空っぽだから付き合う価値ない」と彼女はよく言っていたけど、話してみると全然そんなことなかった。


 医学部を目指すサッカー部の男子や、吹奏楽のコンクールに向けて日々努力していたり、失恋から立ち直りたいと切実に話す髪を明るく染めたテニス部の女子。それぞれに違う世界を持っていて、空っぽの人なんて一人もいなかった。


 長い髪の毛の下にずっと隠れていた僕はまるで人のことが見えていなかった。

 世界に存在しているのは僕と雫だけで、その他全ては背景にしか見えなかった。クラスをぐるりと見渡し、こんな色彩溢れる世界に囲まれていたのかと僕は本気で驚くしかなかった。


 ただ、クラスでいろんな人と関わることは全てが良いことというわけでもないようだ。



(また、これか)


 クラスメイトと文化祭の話をした後、席に戻り問題集を開くとページとページの間にメモ用紙のようなものが挟まっていた。二つ折りにされた紙切れ。おそるおそるその紙切れを開いてみて、ビクリとした。


「女みたいな顔した気持ち悪い陰キャ。調子に乗んな」


 いつも通り手書きでなく、印刷された文字。何より小学生の頃、僕を苦しめてきた言葉が心臓をキュッと掴む。思わず、前髪を触ってしまうけど、もちろん顔を隠すだけの長さはない。


 正体不明の誰かから攻撃的なメモが時折届くようになったのも最近のことだ。


「耳障りだから教室内で喋んな」

「クラスメイトのほとんどはお前をバカにしてる」

「教室の隅に引っ込んで震えてろ」


 紙にはまるで小学校時代の亡霊のような、あの頃投げかけれた言葉が(つづ)られていた。


 前にこのことを桃園エリカに話すと「SNSと一緒でさ、学校でも人気が出ればアンチも増えるから、気にすることないよ。それにイツキには私が付いてるし」彼女は優しく言った。

 確かにSNSの辛辣なコメントの一つだと思えば何でもない。そりゃクラスメイトの中には僕を嫌う人がいてもおかしくはないよなと思うしかなかった。


 小学校時代の亡霊のような出来事は別の形でも起こった。

 

 朝、下駄箱から上履きを取り出そうとした時、指にピキリとした痛みが走る。指を見ると小さく出血していた。古い記憶にある馴染みのある痛み。理由はすぐにわかった。上履きに画鋲を入れられていたのだ。


 小学校時代に毎朝画鋲を上履きに入れられていたことを思い出す。そういえばあの頃は毎朝、雫と画鋲を取り出すのが日課だったっけ。


 それにしても高校生にもなってこんな小学生じみたことするのは誰なんだよ、そんなことを考えながら画鋲を集めていると「イツキ、大丈夫!? またイジメ?」聞き覚えのある声が生徒用玄関に響いた。


 声に目を向け、驚いてしまった。目に入るのは幼馴染の桐崎雫。雫が遠くからこちらに向かって走ってきていたのだ。


 確か、校内では僕と絶対に話したくないといっていたはず。それにイジメってなんのことだ。

 

 当惑していると、「あれ? イツキ君、血出ているよ」

 そう言って僕の手を握るのはチアキャプテンの清水結衣だ。彼女も丁度下駄箱で靴を履き替えていたらしい。


「チア部は怪我がつきものなんだよね」

 彼女はそう言ってバッグから絆創膏を取り出して手早く僕の指に巻いた。「朝からイツキ君の手を握れてラッキーだな、えっと、なにそれっ……」


 清水結衣は僕の上履きを見て目を丸くした。「靴に画鋲入っているけど、モデルの奇抜なファッション、とかではないよね」


「いや、これはなんでもないです。気にしないでください」


 僕はそういって上履きをひっくり返し、画鋲をハンカチで包んだ。


 近くにまできた雫に目を向けると、彼女はうつむきがちにこちらを見ていた。スカートをぎゅっと握って、何か言いたげな顔をしている。


 何か言葉をかけようかと思ったけど、雫と校内で話すことは禁止されている。何より、彼女になんて話しかけたらいいかも分からなかった。


 隣にいる清水結衣はいつものいたずらっぽい口調で言った。

「イツキ君。教室、途中まで一緒にいこ。へへ、二人で校内を歩いたりして、エリカが見たら嫉妬しちゃうかな」


 僕たちが二人で教室に向かって歩きだした後も、背中に雫の視線を感じた。長年一緒にいたのに今の彼女が何を考えているのかまるで分からない。


 雫の言動は気がかりだったけど、頭を悩ませている暇はなかった。僕は学校の外でもトラブルを抱えていたのだ。

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