夢幻と消えるまで
怪異を直視してはいけない。
怪異は噂でなければならないから。
怪異はフィクションであらねばならないから。
人に直視された怪異は夢幻に消えてしまう。
だから我々のような怪異収集家は、怪異を目撃しない。
ただ視界の端に、それをそれと認識できるかできないかというギリギリに収めるだけ。
だがその人は違った。
怪異を直視できた。
直視された怪異が消えることはなかった。
なぜなら、その人は怪異やらオカルトの類の話を、毛ほども信じていなかったから。
たとえ自らの目前に現れ、息遣いを肌で感じ、その音を聞いたとしても、
決してその人は、怪異を信じないのだ。
だからこそ、私はその人の傍にいたかった。
その人の傍にいれば、怪異をより多く、深く収めることができる。
その人は怪異を直視しても、何ら動じることも無く、畏れることも無く、
深く澄み切った瞳で、まっすぐに見つめる。
私も怪異をこんな風に見つめられたなら…。
いや、見つめられたなら私はここまで怪異に執着しなかっただろう。
怪異の妖しさ、朝霜の如き存在の儚さに夢を見ることもなかっただろう。
私はあの人の傍で、怪異と人の境界に佇むだけでよいのだ。
長らくあの人の傍に居て気付いたことがある。
あの人は怪異を直視できるが、決して人を直視しようとしない。
それは、私が怪異を直視しまいとするのに似ていた。
そういえば、私もあの人に直視されたことが無い。
あの人に直視されたら私は、どうなってしまうのだろう。
あの人が初めて私を直視した。
あの人が怪異を見つめる時、こんな表情であっただろうか。
額は薄らと汗ばみ、頬には朱が差し、握り締めた両手は小刻みに震えている。
この人は、こんなにも人らしくあったのだ。
私は今までこの人を、人らしさからかけ離れた存在だと思っていた。
怪異を前に堂々と胸を張る姿からは想像も出来ないほど、
この人は人であったのだ。
最期に見たその人の表情は、私が最初に怪異を直視してしまった時の表情に
そっくりだったかもしれない。
読んで頂きありがとうございます。
「怪異収集奇譚」の一幕でございました。
詳しく描かなかった部分は読んでくださった方のご想像にお任せいたします。
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