第6話 豪脚一蹴!! 放って置けない覚悟の背中
「ゲェッ、何だよこの馬ぁっ!?」
仲間を人質に取る筈が、突然現れた炎の馬にバデックを荒らされ、人質は珍妙な銃で暴れ回る。《トライポフォビアアトラム》にとって凡ゆる事象が予想に反していた。
「こんな筈じゃ……」
「もう諦めたらどうだ。繋がりももうボロボロだぞ」
《リーパー》が指差した首輪は既に崩れ始めている。そこでようやく気がついた。自身の寄生主である少女は、自身のスマートフォンを手にうっとりとした表情を浮かべていた。周りに近寄るバデックを気にも止めずに。
「はぁ……かわゆき……」
「こんな状況でなぁに暢気に犬なんか見てんだバカ女!?」
バデックが少女に襲い掛かろうとした瞬間、白色の弾丸が背中を撃ち抜いた。
「まったく、そんな度胸があるなら集合体も克服出来ないものかね」
「ぇ、誰ですかあなた、ヴェッ!?」
戸惑う少女に構わず、ザクロはヴィトロガンの引き金を引いた。背中から生えた試験管は間を置かずに射出され、ザクロの手に着地した。
「ん〜? また変わったフラグメントだなぁ。どうしたものか……」
「だぁっはぁ、もうおしまいだぁぁぁ!! 完全体になれないんじゃ勝てっこねぇぇぇ!!」
慌てふためき転がり回る《トライポフォビアアトラム》を少々呆れた様に見ていた《リーパー》だったが、やがて右足を大きく後ろに下げ始めた。必殺技の構えである。
しかしそれを、突然飛来した暗緑色の光弾が阻止した。
「っ!?」
咄嗟に飛び退いて回避。奇襲があった方向を見ると、異様な人影が見えた。
何もかも見境なく襲うバデック達が、その人物には目もくれない。沈みかけた夕日に照らされた姿は不気味な程に美しかった。
「あんたね。あたしのアトラムの邪魔ばっかしてる錬生術師」
青白色の髪の隙間から見えた濁った瞳、そして腕に着けた異様な装置を目にした時、《リーパー》は少女の正体に気がついた。
「お前……ダルストンズだな」
「ダルストンズ……って、ユナカさんが言ってた、悪い奴等!?」
晶の言葉を聞いた少女の瞼がピクリと動いた。
「は? んな適当な扱いされてんのあたしら?」
「ダルストンズ……まだ生き残ってたなんて」
「これは、面倒だねぇ」
ザクロと《レイス》の様子を見る限り、彼女はただの悪い奴ではない。晶はすぐにそれを感じ取った。
相当危険な悪い奴だ。
「あ゛〜ムカついた、ぶっ飛ばす!!」
少女、セレスタははためくワンピースドレスの影から1本のガラス管を取り出した。
鷹と馬の体を持つ怪物、ヒポグリフを象った燻んだ色をした蓋。その下では小さな結晶が混じった灰色の液体が蠢いている。
《ヒポグリフ・フラグメント!!》
それをフラグメントゲートに似た装置の天面へ装填。
《Mixing!》
内部からかき混ぜられる轟音が鳴り響く。セレスタの濁った瞳に、一部が欠けた紋章の様なものが浮かび上がった。
「錬身」
フラグメント・Vを更に押し込んだ瞬間、扉部分に巨大な亀裂が走る。亀裂に染み込む様に、中から暗緑色の液体が溢れ出した。
《Impurities Mix Mix Mix!! セレスタイト・ヒポグリフ!!》
華奢な細い肢体に生えた刃物の様な灰色の羽毛。滑らかな曲線を描く身体のラインで際立つ、腹部に浮き出た鷹の頭。所々ひび割れた箇所は暗緑色に発光し、2つの複眼が同じ色に怪しく輝いた。
「ご、ご主人! 俺を助けてくれるんですかぁ!? 感激ぃ!!」
「うぜー」
並び立った《セレスタ》と《トライポフォビアアトラム》。《リーパー》は手元にヴィトロサイズを戻し、様子を伺うように構えを取る。
まだ毒ガスに苦しむ一般人を救助しきれていない今、《レイス》からの援護は望めない。バデックを駆除するまではザクロも同様。1人で2体を相手出来るのか。片方は実力すら未知数な相手だというのに。
「ほらほら、行くぞ錬生術師!」
《セレスタ》は背中から翼を生やし、飛翔。高い場所から光弾を連射する。
《リーパー》は光弾をヴィトロサイズを回転させて弾き飛ばす。しかし前方から《トライポフォビアアトラム》が突進してくる。
「きぇぇい!」
「っ!」
突進を蹴りで迎え撃つが、質量差で吹き飛ばされてしまう。
「いゃっほう! 流れきたぜぇ!」
調子づいた《トライポフォビアアトラム》は飛び上がり、ボディプレスを繰り出そうとする。が、《セレスタ》の光弾が背中に直撃。
「うげぇ!?」
地面にはたき落とされ、衝撃で毒ガスを漏らす。
「邪魔!」
「そ、そりゃひどいっすよご主人!」
このやり取りで《リーパー》は理解した。2体の連携は取れておらず、《セレスタ》はアトラムの事を道具としてしか見ていない。ならば必ずこの絶望的な状況の抜け道は存在する。
「それが分かっただけでも一歩前進だ」
《ラージサイズ!》
跳ね起きると同時にヴィトロサイズを展開。柄が伸び、両端に三日月の様な赤い刃が開き、双刃鎌の形態となる。
「おら早く立てってば!」
「んひぃ、お尻蹴らないで!」
《セレスタ》に尻を蹴られ、《トライポフォビアアトラム》は再び突進。それを見た《リーパー》がヴィトロサイズを数回振り回すと、刃に炎が灯った。
突進を受け流しつつ、湾曲した刃で《トライポフォビアアトラム》を捕まえる。
「あっぢゃぢゃぢゃ!!」
そのまま振り抜くと同時に背中を蹴り飛ばした。漏れ出たガスは炎に引火、爆発と引き換えに無毒化される。
「くたばれ炎野郎!!」
《セレスタ》から降り注ぐ光弾を後ろへ宙返りしながら回避。避けきれなかったものを蹴りで弾いた。
「ん〜、相手取れてはいる、か。ならあと一押しの要素さえあれば」
ザクロが懐から取り出したのは、夕方に完成した新たなフラグメント・V。大きな一本角を額から生やしたウサギの蓋。鈍色のフラグメントが夕日に照らされて輝く。
「ユナカ、これを使ってみるかい?」
「ん? っと、これは」
投げ渡されたフラグメント・Vを受け取ると、ユナカは様々な角度から観察する。
「鉄、と、このウサギはアルミラージか?」
「鉄は古今東西、ありとあらゆる物や状況に用いられてきた。この状況だって打開出来るかもしれないぞ?」
「適当な事を……まぁ、試すしかないな」
《フェルム・アルミラージ!!》
「んな上手く行かせるかっての!」
フラグメントゲートに装填し、左へ回転させる。瞬間、《セレスタ》が放った無数の光弾が殺到する。
《ナイスリアクション!!》
フラグメントゲートから飛び出したのは、鈍色の小さなウサギ。光弾全てを目にも止まらぬ蹴りの連打で全て打ち落とし、《リーパー》の足元へ着地する。
鼻をもぐもぐと動かすウサギの尻尾を足で突っついてやると、驚いたように跳び上がり体が変形し始める。
《フェルム・アルミラージ!! オールマイティジャンプ、決めて魅せろ!!》
ウサギの脚が大きく伸長、シリンダーとギアを備えたレッグアーマーとなって《リーパー》の右足に装着される。分離したウサギの上半分は巨大な一本角を携えたガントレットへ変形し、右腕に装着された。
「何それ、ふざけた見た目して!」
《セレスタ》は空から強襲する。《リーパー》は迎え撃つべく右足に力を込めると、ギアが高速回転し始めた。
「力一杯踏み込んでいいのか?」
この機構で特徴を察した《リーパー》は、次の瞬間来るであろう衝撃に備える。
地面を蹴ったと同時に、アスファルトは陥没、強風がザクロを煽る。
「はぁっ!? ちょっ、待って!」
「はぁぁっ!!」
急制動するも回避が間に合わず、《リーパー》の膝蹴りが《セレスタ》の腹部を直撃。更に《リーパー》の右足のシリンダーが高速運動を開始。地面に落ちるより早く《セレスタ》へ何発も蹴りを叩き込んだ。
「ちょっ、うっざ!」
かろうじて地面への落下を免れた《セレスタ》だったが、《リーパー》の猛攻は止まらない。ガントレットの角で羽を削り、怯んだ隙にギアがフル回転した蹴りを見舞った。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「あっちち、なんてことしやがんぎゃぁぁぁ!?」
《セレスタ》はやっとの思いで炎を消化した《トライポフォビアアトラム》へ落下。
「いったぁ……うぇ、くっさい! どけよクソが!!」
「あひっ、酷いっ!?」
ガスを漏らした《トライポフォビアアトラム》を蹴り飛ばすと、《セレスタ》は苛立った様に地面を何度も踏みつける。
「ムカつくムカつくムカつく!! ……はぁぁぁ、萎えた。帰ろ」
「でぇぇぇ!? ご主人、俺はどうなっちゃうの!?」
「知らねーよ! てめーで何とかしろ!!」
巨大な翼が羽ばたいた瞬間、《セレスタ》の姿は残像すら残さず消えてしまった。
「ち、ちきしょう、こうなったらバデック共を盾にして逃げるしかねぇ! おいお前ら!」
《トライポフォビアアトラム》の呼び声で、街中を自由に暴れていたバデック達が一斉に集合。通りを塞ぐ様にスクラムを組み、巨大な肉壁を形成する。
「いいか、しっかり時間稼げよ!」
《アクアウンディーネ!! キシャク!!》
「んぁ?」
聞き慣れない音がした方向を見た時、《トライポフォビアアトラム》は身震いした。
《レイス》は《アクアウンディーネ・フラグメント》を装填したヴィトロスタッフのトリガーを下げていた。杖の上部にある宝玉の色は薄くなっており、その周りを薄水色の水流が逆巻き始めている。
「あ、あれ? 治療は……」
「今さっき全員終わった。あとはあんたを消すだけ」
《スプラッシュスプレッド!! ゲキリュウ!!》
ヴィトロスタッフから押し寄せる大量の水が、瞬く間にバデック達を呑み込み、天まで運び上げる。そして間を置かずに水流が炸裂。あれだけいたバデック達は一瞬にして壊滅してしまった。
「一箇所に集めるなんて愚策も良いところだったねぇ」
「……」
《トライポフォビアアトラム》は目の前の光景を見つめる。炎、水の錬生術師、そして銃の様な何かを持った女、炎を纏った馬。対する自身は完全体ですらない上に1人。
「よし、逃げる!!」
背を向け、同時に背部の穴からガスを一斉噴射。ロケットの様な勢いで飛翔した。
「逃げる気っ!? 逃がすわけ……」
「待ちたまえ水の錬生術師、君は毒ガスの浄化を頼む。また一般人に倒れられても困るからね」
ならばアトラムはどうするのか。そう《レイス》が問おうとした時だった。
「アトラムは俺が追います」
「炎の錬生術師……」
スピネルユニコーンに跨った《リーパー》が、返答を待たずに《トライポフォビアアトラム》を追いかける。
「アトラムが絡むと猪突猛進な男だ。私としては少し困った性分なんだが……君はどう思う、水の錬生術師?」
ザクロからの問いに《レイス》は答えない。無視しているわけではなく、問いに対する答えを考えている様に見える。
やがて撒き散らされた毒ガスを全て浄化し終える。《レイス》は変身を解くと、カーボンゴーレムのフラグメント・Vをザクロへ返却する。
「……協力して貰った事には感謝してる。それでも、貴女達を信用することはまだ出来ない」
「当然だな。この協力だって君を利用する為かもしれない」
「でも一つだけ分かったことがある」
変身すらせずに、寄生された被害者を真っ先に助けに行く背中。自分が傷つく事も厭わない無謀な行動。だからこそなのだろうか。
「彼の事、なんか放って置けないって」
夕日に照らされる空。ふと見上げた誰かが奇妙なものを見る。
黄緑色の飛行機雲と、それを追う様に飛翔する赤い残光。珍しい光景もあるものだと、スマートフォンのカメラで撮影する。後でSNSにでも上げれば多少のいいねを稼げるかもしれない。仕事終わりで疲れ切った精神がほんの少し元気になった気がした。
「しつけぇぇぇ! 馬の癖に空走ってくんなよな!」
穴からガスを噴射して飛ぶ《トライポフォビアアトラム》。それを追う様に、空に形成された炎の道を走るスピネルユニコーン。燃え盛る道でガスも焼き払われ、下の街に被害は及んでいない事を《リーパー》は確認する。
「意外と速い……」
「けどもうお前とは戦わないぜぇ! このまま逃げ切って再起を図るのがクレバーな戦い方よ!」
このままでは《トライポフォビアアトラム》の思惑通り逃げられてしまう。そう判断した《リーパー》は手にした炎の手綱を打ち鳴らした。
《Catch up!! Overtake!! Withdrawal!! ユニコーンストライカー!!》
スピネルユニコーンが嘶くと同時に体が変形。脚から二輪のタイヤが現れ、尾が4つの巨大なマフラー、手綱がグリップへ。巨大な炎馬は二輪バイク《ユニコーンストライカー》へと姿を変えた。
「行くぞ!」
マフラーからロケットの様な勢いで吐き出される噴射炎。先程とは比べ物にならない速度で《トライポフォビアアトラム》へと迫る。
「おぇぇぇ!? ば、バイクゥゥ!?」
「この距離まで来れば、後は簡単だ!」
《ユニコーンストライカー》のグリップを捻ると、フロント部のユニコーンの角から火炎を纏ったミサイルを発射。直線的な飛行しか出来ない《トライポフォビアアトラム》へ一寸の狂いなく直撃した。
「ギャァァァッ!!?」
爆発と共に打ち上がる。それを見計らっていた様に《リーパー》はフラグメントゲートを閉じ、再び開いた。
《クリティカル リアクション!!》
《ユニコーンストライカー》の座席を蹴って大跳躍。一瞬で《トライポフォビアアトラム》を追い越して真上を取ると、空中に形成した炎の魔法陣を力一杯踏みつける。ギアが火花を散らすほど高速回転、シリンダーが赤熱するほど高速運動を開始。やがて右足に集結した力を全て解放した。
音速で飛び出した瞬間、ガントレットに備えられたウサギの角が右足底部へ移動、装着。魔法陣を蹴り抜く時に纏った炎を全て角へ集中させた。
《サラマンダー・アルミラージ!! アルケミックストライク!!》
黄金に赤熱した一角が、渾身の跳び蹴りと同時に《トライポフォビアアトラム》へ叩き込まれる。フジツボに似た脆弱な甲殻では拮抗する事すら叶わず、醜悪な身体の真ん中に巨大な穴が穿たれた。
「ぁ、がぁ、負け、ただと……でも、でもぉ……」
最期の想いを、断末魔の雄叫びで轟かせた。
「美しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
《ユニコーンストライカー》へ着地した《リーパー》は、後方で迸る爆発の光を背にしてその場を去った。
「まぁ、なんだかんだあったが今回は一件落着という事だな!」
「待て」
無理矢理締め、さっさとこの場を立ち去ろうとするザクロの肩を掴んで止める。
「何だ、私は早くこのフラグメントの精製を……」
「今回は灰簾さんの協力がなかったら危なかった。ちゃんと礼をすべきだ」
「死にかけてたのはユナカだけだろう。むしろ私は彼女を助けてやったんだ。感謝されこそすれど礼をする義理はないね」
「……なら、こうするしかない」
ユナカはザクロの手からフラグメントを取り上げ、それを灰簾へ差し出したのだ。自分の手からフラグメントが消えた事に思考が停止した様子のザクロだったが、やがて、
「ぁ? ……あぁぁぁぁ!!? あぁ、あ、あ、何をするんだユナカァァァ!!?」
空間が震えんばかりの叫びが響き渡る。晶の身体が跳ね上がるが、ユナカはさして気にしている様子はなかった。
「これを受け取って下さい。今回の一件、俺達は貴女に助けられました」
「……」
呆気に取られた様子の灰簾。後ろでフラグメントを取り返そうとするザクロを片手で押さえつけ、早く受け取れとユナカは更に前へ差し出す。
「は、早く受け取って、下さい」
「うわぁぁぁなんて事をするんだぁぁぁ!!それは私が精製するんだぁぁぁ!!」
「……それはとてもありがたいけど」
差し出されたユナカの手を、灰簾はそっと押し戻した。
「お断りしておく」
「どうして、あっ」
瞬間、引ったくる様にフラグメントがザクロによって奪い返された。
「ぁぁぁよかった……くっ、この暴挙の責任は後で取ってもらうぞユナカ!」
フラグメントをケースに格納すると、ザクロは恨めしそうな視線をユナカへ向ける。呆れた視線で返事をすると、今一度ユナカは灰簾へ向き直る。
「君を信じる事に決めたから。君の師匠については別だけど」
「俺を、信じる……?」
「それに! 君からフラグメントを受け取ったら買収されたみたいで嫌だから。こっちが本命の理由!」
誤魔化す様に重ねると、灰簾は踵を返した。
「しばらくの間、君達の行動を見定めてみる。きっとそれからでも遅くない。それくらいの時間はあげてもいい。1つ貸しだよ、ユナカくん」
「っ。ありがとうございます」
去って行く灰簾の背を見て、晶は思わず痺れてしまった。これが大人の女性の格好良さ。憧れの大人というものかと。
「あの、最後に一つ」
ここでユナカがある一言を放った。
「灰簾さん、もしかしなくても今、仕事探してませんか?」
「っ!?」
灰簾の肩が大きく震えた。足がもつれて転倒しかけ、数歩よろめいてようやく立ち止まる。
「あぁ? 何を言っているんだユナカ?」
「いや、今日初めて会った場所がハローワークの前だったから。急にこの街で出会う様になったのは、まだ来たばかりだからじゃないかと思って」
「ハロー、ワーク?」
小学生の晶には聞き慣れない単語。しかしそれを聞いた灰簾の身体が小刻みに震え始めた。それほど彼女にとっては恐ろしい言葉らしい。
「おいおいおい、由緒正しき錬生術師が無職はマズイだろう? 人の為に戦う前に社会の為に働きたまえ」
「あ、貴女になんか言われる筋合いはない!」
振り返った灰簾の顔は真っ赤に染まっている。先程までの大人の余裕は消え去っていた。
「大丈夫ですよ。住む場所さえあればいつかは……」
「……」
「あの、もしかして住む場所もない、とか?」
「……あぁその通り仰る通り!! 住む場所がないから仕事もない! そもそもアトラムが出たから抜けますなんて理屈が通る仕事なんかあるわけない!! 大体君達がいるって言うから急いで地元を出たんだもの、準備なんか碌に出来るわけないじゃん!!」
半泣きの様相で叫ぶ灰簾。晶が軽く引いた様子で見つめている事すら目に入らない辺り、かなり深刻な問題なのだろう。ユナカは彼女を放って置く事など出来なかった。
「俺のパン屋、人手が足りないんです。良ければ来てくれませんか?」
「へ……?」
震える瞳がユナカを見つめる。ザクロが何か言おうとした事を察し、ユナカは咄嗟に口を押さえた。
「隣のアパートも部屋が空いてます。大家さんとも知り合いなので手続きもやっておきますから」
「……」
「家賃、水道代光熱費、その他全部しばらくこっちが負担。アトラムが出ている間も労働時間として計算します」
「えっ、それ本当……い、いや、君達に借りを作る訳には……」
「あくまで俺達の借りを返すだけです」
灰簾は考え込む様に唇を結んでいたが、やがて照れ臭そうに顔を背けながら返事をした。
「そこ、まで、言うなら……お願い、します……」
「なら大家さんには伝えておきます。鍵は店にあるので先に行っていて下さい。俺達は晶くんを送ってから向かいます」
「……絶対面倒な事になるぞ。今からでも遅くない、やめておいた方がいい」
「働く意思がないお前よりは信頼出来る」
ザクロの忠告を一蹴。ユナカは大家に連絡する為にスマートフォンの画面を指で叩き始める。
晶はユナカの言葉を思い出す。錬生術師がどういったものかを知る機会。それを経て晶が出した現在の結論は、
「変な人達の集まり……」
続く
Next Fragment……
《テラノーム・フラグメント!!》




