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第68話 炎亡回想 2500年の寂寞

 

 2500年前。



 ガーネットは名だたる貴族の血筋だった、らしい。


 幼い頃、母がよく話していた事だけは覚えている。まるで独り言の様に呟いていた様にも見えていた為、それが真実なのかは今でも分からない。

 その割には、およそ食べ物と呼べる様なものを口にしたことなどなく、衣服と呼ぶには簡素過ぎる布切れしか着たことがなく、寒い冬を小さな種火で凌ぐ日々しか経験したことがない。

 大きさだけ立派な屋敷は無惨に朽ち果て、冷たい風に打ちのめされる。僅かに残っていた暖炉の種火も消えてしまった。


 父と母は部屋の奥で仲良く眠っている。もう二度と起きてはこないだろう。毎日の様に自分を愛していると嘯いていたが、最期の最期に置き去りにされた。悲しみよりも、怒りの方が湧き上がる。

「嘘吐き……嘘吐き……嘘吐き……」

 燃え滓を素手で掴み、屋敷の床へ投げつける。熱さは不思議と感じなかった。


 歩き出してどれくらいか経った時、ガーネットの背後が僅かに明るくなった。月明かりではない。

 振り返ると屋敷を炎が包んでいた。僅かな熱しか持たない灰も、腐り果てた屋敷を燃やすには十分な熱を秘めていたのだろう。


 あれは、自分の心だ。何処までも燃え上がり、全てを焼き尽くす。


 だが現実の自分はあまりにも無力だ。心ばかりが際限無く荒れ狂う中、身体は言うことを聞かずに倒れ伏す。枝ほどに細くなった手足は曲げることすら出来ず、裸同然の身体は熱を保てず冷たくなっていく。


 何処にも行き場の無い怒りだけが心を焦がしていく中、ガーネットの意識は遂に闇の中へ沈んでいった。




 何かが弾ける音、そして心地良い暖かさ。ガーネットの意識が一気に浮上する。

 ぼやけた視界が晴れる。そこには大きな暖炉で輝く炎があった。

「っ、っん、ゲホ!?」

 急に息を吸ったせいで咳き込む。自らを包む肌触りの良い毛布、暖かい空気、様々なものが混じり合った独特の香り。今までに経験したことのない状況が一気に押し寄せ、脳と体の処理が追いつかない。


「なんとか目覚めたか」


 そこへ聞いたことのない男の声が加わる。反射的にガーネットの顔はそちらを向いた。

「だ、ぅっ、ゲホゲホ!! だ、ぇ、ガハッ!」

「やめたまえ。ようやく死に際から衰弱まで戻ったくらいなんだ。話したいなら焦らず、ゆっくりと」

 咳き込んだせいで再び視界が霞んだが、椅子に腰掛けた男の姿は視認出来た。


 長い赤髪を1本に纏め、薄く開かれた目も同様、炎の様に赤い。質の良い衣服に身を包んでいるが貴族には見えない。散らかった本や器具を見るに学者なのだろう。


 だが直接問わねばならない。


「だ、れ……」

「私の名か? それとも素性か? いや、両方答えた方が確実だな」

 妙に回りくどい言い回しで男はガーネットの問いに答える。

「まず、私の名はフラン。ファミリーネームは無い。というか捨てた。必要なくなった。君の様に立派な家じゃなかったからね」

「っ!」

 何の感情かは分からない。だがガーネットはそれを否定しようとベッドから飛び出そうとした。

 が、毛布の下の身体が何も着ていない事実に直前で気づき、危うく裸体を晒す前に再び毛布に籠った。

「裸を見られるのに羞恥を感じる歳か。年齢の特定は難しかったから参考になる。……って、話が逸れたな。何処まで話したか……そう、私が何をしているかだが、それは後で話すとしよう。今話したところで理解出来ないだろうから」

 フランは口を閉じると、静かにガーネットを見つめる。他に聞くことはないかと問うている様にも見えたが、ガーネットの喉は声を発することを拒む。

「っ、ぅ……ぁ……」

「うむ、やはり無理か。1ヶ月も眠っていたんだ、仕方がない。しばらく休んで少しずつ話していけば良い」

 器がガーネットへ手渡される。中には様々な野菜が入った具沢山のスープが並々と注がれている。

「……」

「なんだね、毒なんか入ってない。初対面の君に納得がいく様に説明するなら、君を殺したり眠らせたりする理由がない。恨みも情欲も抱いてないからね」

 ただスープを見つめていただけで捲し立てられ、ガーネットは思わず顔を顰める。だが一口啜ったスープは温かく、信じられない程に美味しかった。



 そこからガーネットは、フランから様々な事を教わり、学んだ。常識から、当時最先端の学問に至るまで。

 そして彼の生業、心の傷がエネルギー体として具現化した物質、フラグメントの研究についても。


「こんなもの研究して何になる? 金儲けには使えなさそうだけど」

「最初の授業で言った事をもう忘れたのかい? まず第一に、ソウリストゲートを見つけ出し、それを開く為に必要なんだ」

「ソウリストゲート……この世の全ての知識と法則、そしてそれらを実現させる力がある場所、か……眉唾物だな」

「だがフラグメントの存在がそれを証明している。ま、だからこそ他の錬生術師達も血眼になって実験してるんだけど」

「ふーん……錬生術師って、暇なんだ」

「なんだそのつまらなさそうな態度は。そもそも未知のものに惹かれるのは私達のような人間にとって ──」

 フランの長話が始まってしまった為、ガーネットは意識を向ける先を探す。と、机の上に置かれたあるものに目が行く。

 話を聞き流す筈が、扉によく似たその装置に目を奪われ、歩みを進めてしまう。


「師匠を無視してこっちにご執心とは。さすが私の弟子だな」


 が、いち早く気づいたフランがそれを取り上げた。

「これはまだ試作品だ。私の知り合いがフラグメントを利用して新たな生命を造る、だなんて世迷言を言っていてね。正直なところ、ろくなことにならないと思ってる」

「それの、対抗策?」

「正解。いつかはガーネットにも作ってあげよう。だが、まずは私が実験台にならねば」

「前から気になってたんだけど」

 ガーネットはフランと出会ってからの数年間、ずっと気になっていたことを尋ねる。


「どうしてあの日、私を助けたんだ? てっきり、実験台が欲しかったんだって思ってたんだけど」

「……どうだったかな。忘れてしまったよ。痩せっぽちな君が哀れで仕方がなかったのかもしれない」

「……」

 何故か無性に腹が立ったので、ガーネットはその日のフランのスープを冷めた状態で出すことにした。



 知ったことがいくつもある。フランと出会った時の自分は10歳であった事。自分の血筋は確かに貴族のものだったが、祖父にあたる代である錬金術師に利用され、財産を吸い上げられていたこと。

 16歳になるまでの間に、ガーネットは世界中を回り、様々な書物を読み漁り、フランからの教えを一心に受けた。


 そして、それらが実を結んだものが生まれる。

「おぉ、よく出来てるじゃないか。私が作った試作品からよく発展させたものだ」

「……」

 初めて一人で造り上げたもの。フランが試作したものはフラグメントを1つしか使えなかったが、ガーネットのものは4つまで使用出来るように改良されている。これが使用者の肉体にもたらす変化は計り知れない。

「さて、実験台はいつも通り私が」

「待て。私が造ったものだ。私が使う」

「生意気な事を言うもんじゃない。弟子の作品の正当な評価は師匠にしか出来ないものだ」

「師匠ばかり狡いじゃないか。結局試作品じゃ変身させてくれなかったし。どうして私には使わせてくれないんだ」

「まったく我儘な」


「私が信用出来ないのか」


 何気なく言った言葉だった。ちょっとした反抗心から来る言葉だった。

 だがそれを聞いたフランは少しの間だけ口を止め、やがて小さく笑った。その目は呆れているようで、優しい色を含んでいた。


「信用してるからこそ、だよ。それが師匠の責務だ。いずれ君が弟子を持つようになれば分かる日が来る」




 そんなフランが、ある日を境に留守を任せることが多くなった。ガーネットが造った装置、フラグメントゲートを持って。そして帰ってきた時は決まって傷だらけだった。

「一体何処で何をしているんだ。私のフラグメントゲートを勝手に持ち出して」

「……それについては、謝罪するよ。まだもうしばらく、必要でね」

 フランは立ち上がると、自らの工房に向かい合う。フラグメントを生成する為の大掛かりな装置。その上に置かれた2つのものに。

「師匠、いつの間にそんなものを……」

「本来はソウリストゲートの為に作ったんだが……奴を……アンフィスを止めるには、仕方がないか……」

「アンフィス……」

 名前だけは聞いたことがある。錬生術師の中で最も危険だと言われた人物。ただでさえアトラムと呼ばれる怪物が現れ始めた中で、アンフィスまでもが自らの野望の為に行動を開始したのだ。

 不安げな表情を見せたガーネットへ、フランはいつもの様に笑って見せる。そして、その2つの道具を軽く指先で叩いた。


「いつか君にこれを託す。それまで、ソウリストゲートで見つけたいものを考えておいて」

「……なんだその言い方は。まるで……」


 そこから先の言葉をガーネットは紡げなかった。




「っ、ぐ……炎の、錬生術師ぃ……!!」

 変身が解け、膝を突くアンフィス。だが相対するフランも変身が解けて崩れ落ちる。

「まさか……禁忌のフラグメントを……!」

 だがそれより先の言葉が紡がれるより前に、アンフィスの身体は光の粒子となって消滅。フラグメントとなって地面に転がった。

「師匠!」

 石櫃にそれを封じ込めたガーネットは、すぐにフランの元へ駆け寄った。

「情けない、話だ……これだけ無茶をやって、封印止まりとは……」

「情けなくない! 他の錬生術師が手も足も出なかったんだ、そんな奴を封印できただけでも……!」

「そうか……まったく、弟子に励まされてるようじゃ、私もまだまだ未熟だな……」

 立ちあがろうとするフランへ肩を貸そうと、ガーネットが寄り添った。


 その時だった。


「っ、まずい!」

「ぇっ」

 ガーネットを突き放す。刹那、3色の弾丸がフランの身体を撃ち抜いた。

「し、しょう……?」

 ゆっくりと地に倒れた身体からは、血の一滴も出ない。エネルギーが内側を焼き、血を蒸発させた為だ。

「少しは……躊躇って、欲しかったんだがね……」

 ガーネットの目に、3つの人影が映る。

「錬生、術師の……!?」


「フラン、お前は禁忌のフラグメントを作製し、アンフィスを倒す程の危険因子となった」

 先頭に立ち、言葉を連ねるのは水の錬生術師。手にした銃、ヴィトロガンからはフラグメントエネルギーの残滓が零れ落ちている。

「炎の紋章を預けるのは危険すぎる。フラン、お前の系譜を絶たせてもらう。弟子と共に消えろ」

「なるほど……君らしい、血も涙もない理屈だ……君達がフラグメントゲートを使えるのはこの子のおかげなんだが……他の2人は、何かないのかね……?」


 土の錬生術師はただ俯いたまま何も答えない。風の錬生術師はフランと水の錬生術師を見たまま、黙って首を振った。


「薄情な奴等め……まぁ、私一人が死ぬだけなら構わないが」

 一瞬の隙を突き、フランはヴィトロガンを3人の足元へ乱射。土煙を巻き上げると同時にガーネットを抱えて一気に走り出した。

 煙の向こうから降り注ぐ銃弾に構わず。


「やめろ!! 死ぬぞ!!!」

「だからこそだ! 死ぬ前に、やらなければならないことが!!」


 やがて、見慣れた場所に辿り着く。フランの、そしてガーネットが暮らす工房。

「最期は……見慣れた場所の方が居心地が良い」

「師匠!? し……」

 倒れたフランを抱き止めようと彼の胸に手を当てた時、ガーネットは全てに気づいた。


 フランの心臓は既に、止まっている。


「出来が良すぎるのも、考えものだな……」

 フランは手にしたフラグメントをガーネットへ手渡す。

「このフラグメントの力だろう……未完成だが……私の命を繋いでくれた……」

「ぁ……ぁぁ……」

「そんな顔をするな……らしくない」

 震えるガーネットの肩を優しく抱き寄せる。フランはヴィトロガンを手にし、彼女の胸の中心に当てる。

「もっと誇りたまえ……私の跡を継げるのは、君しかいないんだガーネット……」

「継ぎたくない……まだ、継げない……まだ師匠から、教わってない事が、沢山あるのに……」


 引き金に指がかけられる。自分の命が尽きる前に、残る全てを、愛する弟子に遺さなくてはならない。



「ガーネット……やりたいことを見つけろ。たくさんのことを知れ。そしていつかそれを……自分の弟子に、受け継がせるんだ」

「っ……」

「……またいつか。ガーネット」





 工房を焼き尽くす炎は、空まで昇っていく。そこにはもう何も残っていなかった。





「後に、彼女は禁忌のフラグメントの1つ、ワイズマン・フラグメントを完成させ、自身の身体へ埋め込んだ」

 ラプラスは鎖に囚われ、倒れたままの彼女へ語りかける。

「残る1つも完成は目前だ。望みを叶えられる日も近い。そうだろう、ガーネット」

「…………」

 何も答えない、否、答えられない。ガーネット ── ザクロの崩れかけた心に、ラプラスが打ち込んだ鎖は深々と突き刺さっている。


「不老不死のフラグメントにデーモンハートぉ……なんとぉ、壮絶な逸話でしょう。ですがぁ……何故あなたがそれをご存知で?」

 鎖からエネルギーを吸収し続け、力を増していくベリルが問う。だがラプラスは小さく息を吐き、部屋の扉を指差した。

「君が無事に帰ってきたら、続きを話そう」



 直後、扉が轟音と共に破壊された。



続く

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