第5話 疑心暗鬼? 問うべき炎の罪 後編
「ま、まさか、ってユナカさん!?」
雄叫びに気がついた誰よりも早く、ユナカはテーブルから飛び出していた。
店の外に出ると、人々が悲鳴と共に逃げ惑う源へ目を向ける。異様な出立ちの怪物はすぐに見つかった。
「……厄介だな、あのタイプは」
「ユナカさん、アトラムは……いぇ!?」
「見てはダメだ!」
慌てて追いついた晶の目を、ザクロが塞いだ。物理的な視界阻害と背中に張り付く柔らかい感触による五感の集中により、一瞬で晶の視界はブラックアウトした。
後から追いついた灰簾もまた、苦い表情を浮かべる。
「なるほどね……集合体恐怖症、かな」
斑点模様が隅々まで敷き詰められた肥満体に、フジツボの様な穴だらけの甲殻を纏った悍ましい姿。掌には米粒を規則正しく整列させた様な小さい歯を持つ口が開いている。
「ほらほらぁ! 俺を見ろってぇぇぇ!!」
「いやぁぁぁ……気持ち悪いぃ……!!」
アトラムの足元で蹲る女子高生の首から鎖が繋がっている。宿主は彼女だろう。そして自身の姿を仕切りに見せようとしている理由は、
「恐怖症から生まれたアトラムは面倒だ。何せ姿を視認しただけで心の傷が広がってしまう。それに……」
ザクロが危惧していた事態が、次々と起き始める。
「おぇぇ、き、気持ち悪い……!」
「き、き、も、ぅぅ……!?」
アトラムの姿を見た一般人達から、白面を身につけた黒子の様な怪人が現れ始めた。怪人達に首輪はないものの、1人から3体も出現し、瞬く間に数を増やしていく。
「バデックがわらわらと……」
「バ、バデックって何ですか!?」
「アトラムによって生じた心の傷が具現化した奴等さ。寄生も出来ないし、戦闘力は皆無だがね。すぐに増えるのが厄介なんだ」
「早く片付けないと、って、ちょっと!?」
灰簾が変身しようとした瞬間、ユナカはバデック達を突き飛ばしながら真っ直ぐアトラムの元へ走っていく。変身すらせずに。
物音に気づいたのか、アトラムがユナカの方を向いた。
「何だお前……はっ、さては俺のファン ──」
《イグニス・サラマンダー!!》
ユナカがフラグメント・Vを振った瞬間、アトラムへ凄まじい火炎が吹き荒ぶ。
「あぢゃぢゃぢゃぢゃぁぁぁ!!?」
転げ回るアトラムを他所に、ユナカは蹲った少女を抱き起した。
「怪我はない? ……これが原因だな」
拾い上げた彼女のスマートフォンの画面には、無数の集合体が映った画像がいくつも表示されていた。とある動画サイトの動画の様だが、タイトルは《可愛い子犬の仕草集》。悪質な釣り動画に引っかかってしまったらしい。
ユナカはすぐさま動画を閉じ、代わりに新たな画像を検索。愛らしい子犬の画像のサイトに繋ぐと、少女に手渡した。
「これだけを見てて。他は何も見ないで」
「は、はい……」
「この野郎、俺を見ないならこうしてやる、フンヌッ!!」
アトラムは怒りの叫びと共に、穴から黄緑色のガスを噴出する。ユナカは少女を半ば突き飛ばす形でガスから遠ざけたが、自分が避ける事は叶わなかった。
「ぅぐっ!? この、臭い……!!」
鼻を突くと同時に呼吸が出来なくなる激臭。視界も霞み始めている。このガスの臭いにザクロは覚えがあった。
「毒ガスか……! まずい、このままだとユナカだけじゃない。周囲の人間まで巻き込みかねない」
既にアトラムの近くにいた一般人もガスの餌食となり悶えている。そんな地獄絵図を見たザクロは、変身しようとしている灰簾へあるものを投げ渡した。
「カーボン・ゴーレムのフラグメントを使いたまえ。癪だが君ならこの状況を打開出来るかもしれない」
「これで一体どうしろって……」
「良いから使うんだ! 君が言っていただろう、錬生術師はフラグメントを使ってより多くの人を救わなければならないと。今がその時なんじゃないのか!?」
ザクロの迫力に灰簾は一瞬気圧された。先程までの飄々とした面は形を潜めている。周りの人間に被害が出ているからなのか、それとも弟子であるユナカの危機だからなのか。
「……あぁもう、分かった!!」
《レイス・フラグメント》
《アクアウンディーネ・フラグメント》
《カーボンゴーレム・フラグメント!!》
《ナイスリアクション!!》
一気に3本のフラグメント・Vを装填すると、石門へ3体のフラグメントが吸収される。
黒い水が揺蕩う門を、フラグメントゲートが開くと同時に左手で押し開けた。
「変身」
《水渦・カタラクト!! アクアレイス!! 補足 カーボン・ゴーレム!! さぁ、レボリューションの始まりだ!!》
《レイス・ウンディーネの方程式》
左腕と左足に装着された鎧を動き辛そうに僅かに動かすと、《レイス》は左手の噴射口から黒い水を発射。《リーパー》の時のタールとは異なる流動性の高い水が、ユナカや一般人達を包み込む。
「ゴボッ、ゴッ、ぶはっ!?」
黒い水は口や鼻から侵入し、肺や胃の中に満ちる。しかしそれも一瞬の出来事で、すぐに体内から水は出て行った。
「はっ、はぁ、はぁ……っ、呼吸、出来る」
「やはりか。炭素には解毒作用もある。アトラムの毒にも効くと仮説を立てたが……当たりだった様だな」
毒ガスを吸い上げた水を球状に纏めると、《レイス》はそのままアトラムへそれをぶつける。
「ウゴァッ!? お、お前、俺のフローラルな吐息をよくもかき消しやがったなぁ!?」
「早く変身して!」
《レイス》はアトラムの言葉に構わずユナカへ叫ぶ。立ち上がると同時にアトラムから距離を取ると、右手にフラグメントゲートを出現させた。
《リーパー・フラグメント!!》
《イグニスサラマンダー・フラグメント!!》
「変身!」
「なぁにが変身だ、させるかっ!」
《ゲート カイホウ!!》
《炎舞・バースト!! イグニス・リーパー!!》
アトラムが妨害するよりも早くその身を炎の死神へと変え、炎を纏う外套を投げた。
「わっぶ、熱い熱い、んげぇっ!!」
視界を妨げられただけでなく、外套の炎でガスが誘爆。アトラムは再び吹き飛ばされた。
「《トライポフォビアアトラム》……少し長いが、これ以外にないな!」
「ふざけやがって、喰らいやがれ!」
外套を振り払うと、《トライポフォビアアトラム》は穴から毒ガスを噴き出そうとする。
それを見た《リーパー》は外套を再び纏うと、掲げた右手に炎を滾らせる。
《錬成大鎌 ヴィトロサイズ!!》
炎は一瞬の内に両端に刃を持つ双鎌へ姿を変えた。折り畳まれたそれを風車の様に回転させると、紅い刃と橙の柄が美しい渦を巻きながら毒ガスを空へ巻き上げる。そこをすかさず《レイス》の黒い水が吸い取り、無害化させた。
「要は近づかない様に攻撃すればいいだけだ」
「どうやってやるんだよ! その鎌でも投げんのか?」
「よく分かったな」
「は?」
《リーパー》はヴィトロサイズを折り畳んだまま、円盤投げの要領で投擲。チャクラムの様に高速回転しながら、炎を纏った刃で《トライポフォビアアトラム》の甲殻を切り裂いた。
「ぎぇっ!?」
それだけでは終わらない。ヴィトロサイズは地に落ちる事なく宙を飛び回り、連続で切り裂き続ける。
「まっ、ちょ、まっ、ぎょ、ぇぇ!!?」
「このままみじん切りにでもするか」
「い、いいのかよ、後ろのお仲間達がどうなっても!?」
《トライポフォビアアトラム》の言葉に、《リーパー》は振り向く。
ザクロと晶を取り囲む様に、バデック達が近づいていた。
「くっ、灰簾さん!」
「分かってる、でもこの距離じゃギリギリ間に合うか……!」
《レイス》が大量の水弾を生成するが、他の一般人にまで迫るバデックの対処を考えれば間に合わない。
しかし、当のザクロは焦っている様子はなかった。
「あー、水の錬生術師。君は他の人の救出に専念したまえ」
「貴女、状況分かって……!?」
「分かってるさ。ユナカはアトラム、君は一般人の救護、そして私は……」
携えたヴィトロガンへ、ザクロは煌めくフラグメント・Vを装填した。
《ゲートイン!!》
「雑魚狩りだ」
ザクロがトリガーを引くと、銃口から解き放たれた炎が門を創り出す。間を置かず、門は開かれた。
《ゲート カイホウ!!》
《走れ! 走れ!! スピネルユニコーン!!》
「ブルィィィィン!!」
嘶きと共に中から現れ颯爽と駆け出したのは、6本の脚と炎のたてがみ、螺旋を描く黄金の角を持った一角馬。赤い体躯に燃え盛る炎を纏い、次々とバデック達を跳ね飛ばしていく。
「うそ、ヴィトロガンにそんな機能……」
「君が言っていた無申告改造、役に立つものだねぇ。これがいわゆる、私の本命馬って奴さ」
ヴィトロガンでバデック達を撃ちながら、ザクロは自慢げに笑ってみせた。
続く