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第67話 救済切望 救いを求める手を

 

 テーブルの上に置かれるグラインドゲートと、2つのフラグメント。


 セレスタはしばらくの間、黙って見つめていた。見開かれたままの目と震える唇は、それらが示す事実を理解出来ていない証だった。

「ねぇ……面白くない冗談やめろ」

「ガーデルは死んだ。時間はかかるだろうけど、受け入れなきゃならない」

 モルオンはティーカップへ紅茶を注ぐ。僅かに揺れる赤い茶の柱が、セレスタとモルオンの視線を遮る。

「誰がやったの」

「さぁね。僕が駆けつけた時にはもう遅かったから。でも炎の錬生術師からのダメージが決定打になったのは確かだろうけど」

 ティーカップに紅茶が満たされ、モルオンはそれに手に取る。


 刹那、セレスタがモルオンの胸ぐらに掴み掛かった。ティーカップが床に落ち、破片と紅茶を散らす。


「なんでさっきから平気そうなんだよ!! ガーデルが死んでなんとも思ってねぇのか!?」

「……」

 それでもモルオンは何も話さない。眉一つ動かさない。ただ黙って、セレスタの目を見つめる。

「なんとか言えよ!!」


「うわっ、喧嘩中だったか」


 そこに割って入る声に2人の視線が向く。その正体は困ったような表情を浮かべたフローラだった。

「フローラ、久しぶり。今まで何か用事でもあったのかな」

 モルオンはセレスタの手を静かに解くと、フローラの元へ歩み寄る。

「ちょっと忙しくてねー。あーでも、ちゃんと役には立つ研究だから」

「それは良かった」

 瞬間、モルオンの視線が一気に険しくなった。


「で? ガーデルを唆して手に入れたデータは何に活かすんだい?」


「……は?」

 その言葉にセレスタは唖然とする。当のフローラはというと、悪戯をバラされた子供のような笑みを浮かべていた。

「まぁ……さ? 今は誰も炎の錬生術師に勝てないわけじゃん? おかげで攻略の糸口は掴めたし、ガーデルの犠牲は無駄じゃなかった……ってことで」

 戯けたように話すフローラの表情に、ガーデルを悼む色はない。

「あーでも、ちょっと必要な物があってさ……」

 右掌をモルオンへ差し出す。屈託の無い笑顔を向けながら、フローラは告げた。


「ガーデルのグラインドゲートとフラグメント、頂戴」


 それはセレスタが激昂するより早く振るわれた。壁を砕く轟音が聞こえて初めて、モルオンが拳をフローラへ叩きつけようとしたのだと判明する。

「……逃げたか」

 フローラだけでなく、いつの間にかテーブルに置いていたガーデルのグラインドゲートとフラグメントが無くなっていた。

 自分自身を落ち着けるように深く息を吐くモルオンに対し、セレスタはただ震える瞳で見ることしか出来ない。

「モルオン……」

「……まぁいいか。フローラには別の方法でケジメをつけさせる。今じゃ錬生術師には勝てない、それは正しいからね」

「……」

 本当は今すぐにでも飛び出したかった。炎の錬生術師を倒したかった。だが扉の前に立つモルオンの放つ雰囲気がそれを許さない。


 セレスタはそばに転がっていたクマのぬいぐるみを拾い上げると、悔しさを押し殺すように強く抱きしめるしかなかった。




「随分手酷くぅ、やられてしまいました」

 ラプラスへ一部始終を報告している最中も、ベリルは大量のクリアフラグメントを浴び続けていた。だが未だに《メルトリーパー》に負わされた傷は癒えず、青白い煙を立ち昇らせている。

「使い続ければぁ、消耗して弱くなると聞いていましたが?」

「それだけ輝蹟ユナカという青年に素質があるのだろう。ソウリストゲートの鍵としての、素質が」

 ラプラスはまだ石門のままのゲートに触れながら語る。仮面の奥より響く声から、彼の真意を読み取ることは出来ない。

「悲しいですねぇ、素質を持ちながら望みを叶えられないなんて……おや?」

 ベリルは来客に気づく。口角が再びゆっくりと持ち上がる。

「これはこれはぁ、噂の青年のお師匠様ではありませんか」


 デーモンハートを手にしたザクロ。俯いた顔の表情は、乱れた髪に隠れて伺うことが叶わない。


「完成したのか」

 ベリルからの報告を受けている以上、デーモンハートが完成していないことは既に知っている。それでもラプラスがそう尋ねたのは、いつもとは全く異なる様子であるザクロの精神状態を確認する為だ。

「…………って、欲しい」

 消え入りそうな声で紡がれた言葉は、


「デーモンハートの完成を……待って、欲しい……」


「ん〜?」

 何も返さないラプラスに代わり、ベリルがわざとらしく唸り声を上げる。

「待ってぇ……欲しい? あぁ、可愛い弟子の回復をぉ、ですか?」

「デーモンハートは……別の方法で完成させる」

「ふむぅ」

 そんな事が出来るんですか、とベリルは視線でラプラスに問う。その回答は、

「別の方法? 2500年間、生涯を掛けてようやく見つけた方法に代わるものがあると?」

「……それは、これから」

「そんな時間が残されていないことは君がよく理解している筈だ、ガーネット」

「分かっている、でも!!」

 デーモンハートを握る手は震えが止まらない。荒げた声にはいつもの尊大な色は無く、容姿と違わぬ少女の様な弱々しい色。


「ユナカは……妹を救う為に錬生術師になったんだぞ……! なのに……なのにゲートの鍵になって消えたら、今まで、何の為に……今まで……!!」


 手から離れたデーモンハートは床に転がり、ザクロは遂に崩れ落ちる。銀色の瞳から無数に零れ落ちる透明な雫が、デーモンハートに落ち、流れていく。

「君は思ってるだろう……最初からそのつもりでユナカに接触したんじゃないのかって……あぁそうさ!! 最初は私だってそのつもりだった!!」

 ザクロの脳内を、視界を、過去と今の記憶が何度もフラッシュバックする。目を閉じても、瞼の裏で何度も映り続ける。


 ユナカと、自らの師匠。似ても似つかないと思っていた2つの影が、重なり合う。


「でも……ずっとユナカは私の事を信じてた!! 私の期待に応えてくれてた!! 初めて会った時も、今までも、今も!! なのに私はずっと裏切ってる!! まだ何も……何も返せてない!! あの時からずっと!!!」


 2500年前に師匠を亡くしたあの日から、今まで。


「せめて……妹をユナカに返したいんだ……師匠として……それだけでも……」

 ザクロは額を床に着き、懇願の姿勢を取る。それが彼女の、全ての尊厳と誇りをかなぐり捨てたものであることを、ラプラスは理解していた。首を真横に傾げているベリルとは異なり。

「必ず別の方法を探す! 他に出来ることなら何でもする! 私を犠牲にする方法しかなければ構わない、いや、むしろそれで済むなら喜んで協力する!! だから……だから……!!」

「分かった、それが君の意志なら」



「協力して貰おうかガーネット。輝蹟ユナカを、ソウリストゲートの鍵として完成させる為に」


 そしてそれが、何の価値も無いことを。


「っ、待っ ──」

「はぁい失礼ぇ、します」

 ベリルはアーティフィスヴィトロガンへ込めたフラグメントをザクロへ撃ち込む。

「あっ、ぁ、ぁぁぁ……!!?」

「君のそんな姿を見れば、例え何があろうと彼は変身せざるを得ないだろう」

 胸の中心からアトラムのものに似た鎖が伸び、アーティフィスヴィトロガンへ繋がる。

「驚きですねぇ、錬生術師にこの類のフラグメントは効果がないとばかり」

「彼女の場合は特例だ。その弟子に起きた現象を参考にして作製した」

 ユナカと《ネクロリーパー》との間に起きた現象。それはユナカへ力を分け与えたザクロにも同じ事が起きることを示していた。


 そしてザクロの鎖は、アーティフィスヴィトロガンを介してベリルへエネルギーを与える。《メルトリーパー》に負わされた傷が瞬く間に塞がっていき、そればかりか、

「素晴らしいですねぇ、力が漲る感覚。一体彼女の何処にぃ、こんな力が?」

「錬生術師としての力だけではない。彼女の中に眠るもう一つの力。人智を超えた生命力を支えたもの」


 ザクロの心臓が仄かに輝きを放つ。エネルギーが吸い上げられていく身体を、少しでも延命させるべく。



「ワイズマン・フラグメント。彼女、ガーネットが完成させた、最上にして禁断のフラグメントだ」




続く

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