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第5話 疑心暗鬼? 問うべき炎の罪 前編

 

「つまり、この《ヴィトロガン》を使って対象から心の傷を抽出、フラグメントとして……て、おいおい晶くん聞いてるかね!?」

「あー……はぁい」

 最近学校が終わってからというもの、晶はこうしてザクロに誘拐同然で連れ込まれ、錬生術師の歴史や道具について聞かされている。というよりも半分以上がザクロの自慢話なので、授業で疲れた晶の集中力で付き合う事が出来る筈がない。

「しっかりノートは取りたまえよ。《ヴィトロガン》は錬生術師の重要な仕事道具なんだ、いずれ君にも……」

「使わせたりするなよ」

 眠りこけそうになる晶の前に、下で仕事をしていたユナカが現れる。

「あ、ユナカさん。お仕事は終わったんですか?」

「まだ1個だけ残ってる。菓子パン用のチョコが少し足りないからその買い出しに行くつもりなんだ」

「チョコ……え、もしかして」

「んん?」

 晶の視線が、ザクロが頬張る板チョコへ向く。

「別にいいじゃないか。私は人よりエネルギーを使うんだ。チョコなんて減るもんじゃなし」

「減るものなんだよ。よりによって商品に使うものを持ち出して」

 板チョコを取り上げようとするが、ザクロはユナカの手を躱す。まるで悪びれる様子のない彼女に溜息をつく。

「晶くん、今日はもう帰ろう。送っていくよ」

「あ、ありがとうございます」

「待ーて待て待て、まだ授業は終わってないぞ」

「明日にしろ」

 引き止めようとするザクロを制止し、ユナカと晶は部屋を出て行った。腰に手を据えて唇を尖らせるザクロだったが、


《エクストラクト フラグメント!!》


「ぉ? んぉぉ!? 出来た出来た!!」

 新たなフラグメント・Vの産声を聞いた瞬間、その全てが頭の中から排出されていた。




 夕暮れ時ということもあり、帰路に着く人々が行き交う中を2人は歩いて行く。

「あの、ユナカさん。前に聞こうと思ってたんですけど」

「あぁ、何かあったか?」

「前に言ってた、ソウリストゲートと、ダルストンズって何ですか?」

 この2つの言葉を聞いた瞬間、ユナカの眉が僅かに動いたのが見えた。聞くのは不味かっただろうかと、晶が質問を撤回しようとした時だった。

「ソウリストゲートは、俺とザクロが探している大切なもの。そしてダルストンズは、アトラムを使って悪い事をする奴等。今はそれだけ知っていれば大丈夫」

「そう、ですか」

 ユナカが深く知る必要がないと言うのなら、これ以上深く詮索する事は良くないのだろう。晶は再び前を向いた。

 その時ユナカの足が止まった。前に知り合いでもいたのだろうか。晶が視線を移すと、思わず息を呑んだ。

「あ、あの人……!」


「灰簾さん……」

「っ! 貴方、炎の!!」


 以前出会った水の錬生術師、灰簾。ユナカの姿を見た途端、左手を構え始める。フラグメントゲートを出現させようとしているのだ。あの時はザクロの詭弁で戦いは回避出来たが、今回ばかりは避けられないのか。

「待って下さい。ここで戦えば町の人が巻き込まれる」

「そう言ってまた逃げ出す気? あの時言ったでしょう、次は逃さないって」

「周りを巻き込んで、相手との会話を拒否して一方的に戦いを挑む。それが貴女の言う錬生術師の規律なんですか?」

 この一言で灰簾の動きがようやく止まる。

「俺やザクロの事を粛清するんだったら、誰も巻き込まない場所と時間で来て下さい」

「……」

 しばらく葛藤するように黙っていたが、やがて構えた左手から力を抜いた。

「俺達がやった事は確かに錬生術師の間じゃタブーかもしれない。でも一度俺達の言い分も聞いて欲しい」

「何て図々しい……ただ、貴方達の口から直接聞いておくのも必要か」

 灰簾の言葉から了承の意を汲み取ったユナカは、晶へ耳打ちする。

「少し遅くなっちゃうけど、もう少しだけ付き合ってくれる?」

「は、はい、良いですけど……」

 どうしてですか、と続けようとした晶へユナカはすぐに答えを返した。

「錬生術師が何なのか、理解を深められる機会だ……ん?」

 と、きちんと決めた直後、ユナカは何故か明後日の方向に気を取られていた。こういう決まらない所が素直に彼をヒーローだと思えない要因なのかもしれないと、晶は唇を結んだ。




「呼び出されたから何かと思えば……」

 メニューを向けた目線はそのまま、ザクロは不満そうに向かいへ座る灰簾へ呟く。

 ここは金識町にあるファミリーレストラン、その隅にある4人席。ユナカとザクロに向かい合う形で、晶と灰簾が席に着いている。

「話し合いとは言うがね、一体何を話せって言うんだい? あとどうして晶くんを君の隣に置くんだ、人質?」

「晶くんの右目の件はもう聞いている。貴方達がしてきたことを考えれば、良からぬ事に晶くんを利用しようとしているって考えるのが自然でしょ」

「なぁにぃ、聞いただ〜?」

 手元の箸でユナカの頬をグリグリと突き始めるザクロ。空いた手でテーブルを小刻みに叩いているのを見るに、相当頭に来ているようだ。

「ユ〜ナ〜カ〜? 随分口が軽いじゃないか、え〜? 水の錬生術師に誑かされたのか〜?」

「たぶっ!? そんな事する訳ないから!!」

 灰簾は突如声を上げ、口を付けたコップをテーブルに叩きつける。それを肯定する様にユナカも頷く。

「そういう秘密主義が他の錬生術師に目をつけられる原因なんだろ。光の紋章については俺達だけじゃない、錬生術師全体の問題だって言っていたじゃないか」

「ふん、随分前に言ったことをよく覚えているな君は」

「それに元々、俺は晶くんを巻き込むのは反対だ。錬生術師全体の問題なら、巻き込まれた晶くんを守る事も錬生術師全体の役目だと思うが」

「なるほど、だからまだ私達にとってどんな立場かも分からん水の錬生術師に話したと。ま、こんな貧乏臭い身体に誘惑されたなんてよりは理にかなっているか」

「っ、いいから早く話しなさい!!」

 ザクロの言葉に激昂寸前な灰簾に、晶は思わず目を向けてしまう。灰簾の方がザクロより背が高く、身体つきもスマートに見えるが、ザクロに比べると張っている部分が明らかに少ない。主に上半身が顕著に。

(って、そんな目で見たらダメだって僕!!)

 急ぎ視線を引き剥がし、オレンジジュースを飲む事に意識を集中すると、徐にザクロが話し始めた。


「良いだろう。とは言っても何から話すべきか。とりあえず君が把握している私達の罪とやらは?」

 ザクロが問うた瞬間、テーブルに1枚の紙が投げ出される。A4の紙を埋め尽くす文字にザクロは目を通すと、しばらくして噴き出した。

「違法フラグメント・Vの製造に、ヴィトロガン無申告改造、人体実験……ふはは、いや確かに全部本当の事だが、よく知っているじゃないか。かなり昔の事まで書いているぞ」

「これだけでも考えられない事だけど、問題は……」

 紙を下げると、灰簾は信じられない様な言葉を吐いた。


「不老不死のフラグメント・Vの作製、投与を行なった事。これに関しては規律違反なんてレベルじゃない。禁忌を犯したようなものなの」


 灰簾が発した言葉を、晶は理解出来なかった。不老不死とは、あの不老不死なのか。歳を取らず、死ぬ事もないというあの。小学四年生の脳内を巡る言葉と裏腹に、オレンジジュースがストローの途中で静止している。

 それもザクロは得意げに鼻を鳴らしてみせた事で答えは出た。

「いやぁ、半ば偶然の産物だったが出来てしまったのだよこれが! 人類が永遠に求め続ける夢の終着点の一つ、不老不死に! 私が求めたものとはちょーっとズレていたがね」

「あ、あのザクロさん、それは、つまり……」

 晶の問いは同様のあまりほとんど口から出なかったが、饒舌な彼女はすぐさま望む答えを返した。

「君が想像する通りさ晶くん! 何せ不老不死のフラグメントだよ? そんなもの、使わずして何になるのかね。おかげで今の私の頭脳と肉体は黄金期、18歳のまま! いやー、フラグメントゲートに並ぶ私の最高傑作だったねあれは! 作り方を忘れてしまった上にノートを取り忘れたのが残念だが」

「じゃあ、ザクロさんって今、何歳……」

「それを作ったのが2500年前だから……ざっと2518歳って事になるねぇ! そうは見えないだろう? 老いとは見た目だけじゃなく、価値観や考え方にも表れる。古い規律を馬鹿正直に守っているそこの錬生術師よりも私は若々しいのだよ! ハッハッハッ!」

「何なの、その態度……信じられない」

 怒りのあまり絶句する灰簾を見ると、打って変わってザクロは不敵な笑みを浮かべて見せた。

「何故それが禁忌なのか、晶くんにも分かるように説明したらどうだい」

「フラグメントは人の心の傷から出来るもの。私達錬生術師は人の心の傷を取り除いて、それから作り出したフラグメントでより多くの人を救うのが役目。それを私利私欲の為、増してや不老不死なんて命を作り替える様な事に使うのは許される事じゃない」

「う……ん、と……」

 正直なところ晶には分からなかった。灰簾の厳しい言い方や、悪い事だと知っていながら悪びれない様子のザクロを見れば、大方の答えは出ている筈なのに。

「……悪い事なのかなとは、何となく思うんです。でも、でも……」

 だからこそ、晶は自分が理解し、信じている事だけを伝えた。


「ユナカさんもザクロさんも、悪い人じゃないって……それだけは、分かります」


 言葉を詰まらせる灰簾、そして先程とは少し違う笑みを浮かべるザクロ。何か間違った事を言ってしまったのかと晶が顔を伏せようとした時、ユナカが沈黙を破った。

「さっき灰簾さんが言った事、全部本当だよ。なのにどうしてそう思ったんだ?」

「僕の目が変な事を知る前に助けてくれたからです。ただ、それだけ、ですけど……」

 この言葉に、灰簾が真偽を問う様な視線を投げかける。これに答えたのはザクロだった。

「あぁ、妙な気配は感じていたが、その時は知らなかったさ。近くに来て初めて気がついた」

「……」

「私は信用出来ない? じゃあもう一つ、私の隣にいる男はアトラムを見た瞬間に猪突猛進だった。さっき君に晶くんの目の事を話した理由も聞いたと思うが、輝蹟ユナカという人間はそういうものだ」

 視線がユナカへと移るが、構わずザクロは続けた。


「私を信じるなんて愚かな事はオススメしないが、少なくとも君が唱える錬生術師の像に、彼は当てはまっていると思うがね。どうだい、水の錬生術師?」


 静まり返る席。その中で交わされるユナカと灰簾の視線。物言わぬ中で、互いに探り合う様に。



 その時だった。



「オレを見ろぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 自己主張の強い雄叫びが聞こえたのは。



続く

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