第55話 破滅招来!! 滅亡の輝炎
「さようならー、また明日ー」
「さようならー」
校門前で見送る教師に挨拶をし、晶は文香、一狼と共に帰路へ着く。
「最近怪物が暴れたりして危ないのに、集団下校とかしないのかな……」
「何かあったら頑張って逃げればいいよ〜」
「一狼くん呑気すぎるでしょ……」
2人の会話を聞いていた晶は、勘付かれないように周囲を何度も見渡す。
《マーダーアトラム》は完全に倒した訳ではない。いつまた襲ってくるかも分からない上、自分一人では変身することすら出来ないのだ。
本来なら1人で帰るべきなのだが、文香と一狼の誘いを断るわけにもいかず、仕方なしに常に警戒しながら下校する事となった。
だがそんな様子を文香に悟られたらしい。
「ねぇ晶くん、さっきからずっとキョロキョロしてるけどどうしたの?」
「あ、いや……怪物がいないか……っ!」
その時、晶は自分達の前にフラリと現れた人影を見て先の言葉を呑み込んだ。
「どうした晶〜? あのお兄さん知り合い?」
「……違う。2人とも先に帰って」
「へ?」
「良いから早く!!」
突然様子が変わった晶を見て、文香と一狼はたじろぐ。
「う、うん……じゃあね」
「また明日な〜!」
急いで去って行った2人に心の中で謝りつつ、熱を持つ右眼の輝きを隠さずその人物へ向ける。
「随分と勇ましい目付きだ。とても小学生には見えないよ」
「お前……アトラムだな!」
「そういえば君とは初対面だった。どうも、僕の名前はモルオン。君の言う通りアトラムだ」
恭しく腰を曲げるモルオン。その余裕の理由は晶も分かっている。
「僕を、消しに来たの!?」
「君とあの少女がアンフィスと一緒に消えてくれたら良かったんだけど、思った以上に厄介な事態になったからね」
そう言うとモルオンは掌から何かを振り撒いた。晶がすぐに距離を取ると、先程までいた場所のガードレールと標識が腐食、崩壊する。
「こういう手段は好きじゃない。ただリスクは極力少なくしたいんだ」
「……!」
追い詰めるように近付いてくるモルオン。それから距離を取るように晶も退がっていくが、やがて曲がり角の壁に背中がぶつかる。
ゆっくりと掌が向けられる。
その時、晶の隣の壁が光り始める。かと思えば、その向こう側から銃撃が飛び、モルオンは仰け反った。
「っ、はぁ……そうか」
「これって……!?」
「晶くんは絶対に傷付けさせない」
壁に現れた光の扉から、ヴィトロガンを構えた光結が出てくる。その口からたい焼きの尾鰭が僅かに見えている。
「光結さん、どうやって……!?」
「私と君は紋章とフラグメントゲートで繋がってる。だから何処にいてもすぐに駆けつけられるし、見つけたアトラムのことも共有される」
光結は左手のフラグメントゲートを差し出す。その意味を理解した晶は頷き、右手のフラグメントゲートをそれに合わせた。
晶は光の粒子となってフラグメントゲートへ吸い込まれる。同時に光結の両目に光の紋章が灯る。
《ルクスドラゴン レフト》
《ルクスドラゴン ライト》
《アナライズリアクション レフトサイド》
「ふふふ……これは良くないな……でも」
モルオンは興奮を抑え切れず、笑みを溢した。
「こっちの手段の方が好きだ」
《マンティコア・フラグメント!!》
《オブシディアン・ナーガ!》
《Mixing!》
モルオンもグラインドゲートへ自らのフラグメントを装填。優しく伏せられていた目が飛び出さんばかりに見開かれる。
「変身!」
「錬身!!」
《Blink the Shining!! ルクスドラゴン・ルーメン!! キラキラキラーン!!》
《Impurities Mix Mix Mix!! オブシディアン・ナーガ!!》
《ウィスプ》の放つ光と、《モルオン》が撒き散らした毒霧がぶつかり合い、対消滅する。
「来いよ、光の錬生術師。オレのストレスを発散させてくれ」
煽る様に指で誘いをかける《モルオン》へ、《ウィスプ》は両手から光の刃を出して応えるのだった。
その姿は正しく、異形の悪魔。
以前までのどの姿とも異なり、炎の輝きが一切ない身体は奇妙な雰囲気を醸し出している。
その場の全員に緊張が走る中、《メルトリーパー》は一歩踏み出した。
「……うぅっ!?」
だがそれより先に進むことは叶わなかった。《メルトリーパー》は力が抜けた様にその場へ倒れる。
「先輩!?」
翡翠の呼びかけに答えることすら、今の《メルトリーパー》には出来ない。
「はぁ、はぁ、はぁ……ぐっ、ぁぁぁ……!!!」
胸の中央、デーモンハートを中心に、身体へ融解した金属を流し込まれる様な灼熱感に支配され、呼吸すらままならない。鉤爪を備えた指が虚しく地面を抉る。
「……ぷっ、あっははは!! 何これ、こんなものが切り札ぁ!?」
フローラは噴き出し、わざとらしく高らかに笑う。
「ぜんっぜんフラグメントの力も感じないし! ねぇ炎の錬生術師! これ何、何なの!? あっははは! ひーひっひっひ!!!」
そんな中、《エレメンタルレイス》は恐ろしい事に気がついてしまう。それはユナカへデーモンハートを渡したザクロの表情。
蒼ざめ、唇を固く結び、目は大きく開かれたまま不自然に震えている。
「炎の錬生術師!! 早くユナカくんの変身を解いて!!」
「……」
しかし《エレメンタルレイス》の呼びかけにザクロは答えない。小さく震えながら、聞こえないほどに小さな声で何か呟くばかり。
「何してるの、早く、うぅっ!?」
しかしそれより先の言葉は潰える。《キメラアトラム》が彼女を絞めつける鞭の力を強めた為だ。
「フローラ様の期待を裏切るとはハハハハハハ……失敗作め」
刀を備えた腕を振り上げ、未だ自らの力に悶え苦しむ《メルトリーパー》の背へ振り下ろした。
「消え失せろ」
結論から言えば、その刃は《メルトリーパー》を斬ることは出来なかった。
それどころか、
「なっ、はっ、私の、腕、腕、うでデデデ……!?」
《キメラアトラム》の腕ごと、一瞬で灰となって消えたのだ。《メルトリーパー》の身体に触れる前に。
「ぅぅぅぅ……!!」
その時、地面に腕を突き立て、《メルトリーパー》がようやく立ち上がる。
先程まで何も灯っていなかった身体から、青白い光が煌々と放たれていた。
「ぐっ、ぅぅぅぅ……!」
「なん、ナナナナ、なんなんだこの力は!」
《キメラアトラム》は銃を備えた腕から弾丸を乱れ撃つ。しかし弾は《メルトリーパー》へ辿り着く前に蒸発。尚も苦悶の声を上げながら迫ってくる。
「いい加減に……!」
「はぁぁぁ……!!」
降りかかる弾丸に構う事もせず、《メルトリーパー》は重々しく足を振り上げ、《キメラアトラム》を蹴りつけた。
その一撃から響いた音、波動は、余りにも弱々しい。《キメラアトラム》にもダメージは入らない。
筈だった。
「あが、ぎぁ、アバガガガガガ!!?」
《キメラアトラム》の身体を切り裂くように青白い光が迸る。その刹那、
「イギァァァァァァ!!?」
絶叫を上げ、その身体は塵となって消滅してしまった。同時に拘束されていた《エレメンタルレイス》も解放される。
「……はぁ?」
余りにも一瞬の出来事。フローラは崩れ去った自らの傑作には目もくれず、一歩、また一歩と近づいてくる《メルトリーパー》へ釘付けとなっている。
「ちょっと待ってよ……そんなに面白い力、どうやって……?」
「なにボサっと見てんだよ間抜け!! やられる!!」
「いやセレスタちゃんやめとけって! あれは何かやばい!!」
《ガーデル》の言葉に耳を貸さず、《セレスタ》は光弾を《メルトリーパー》へ放つ。しかしそれらは《キメラアトラム》のものと同様に、《メルトリーパー》へ辿り着く前に消滅。
「この野郎……!」
更に《セレスタ》は光弾に加えてレーザーを放つ。無差別に周囲を破壊するものではなく、《メルトリーパー》に一点集中したもの。
「っ、はぁ、ぁぁ、はぁ……」
レーザーはまるで《メルトリーパー》を避けるように捻じ曲がり、道路やガードレール、電柱を焼き尽くしていく。
「仕方ねぇなぁ、そらよっ!!」
尚も止まらない《メルトリーパー》を押さえるべく、目の前に立ち塞がった《ガーデル》は処刑斧を真正面から叩きつけた。
《メルトリーパー》の頭部には傷一つ付かず、対して《ガーデル》の処刑斧には亀裂が走る。
「嘘でしょ……俺、一応ドーピングしてるんだけど」
「じゃ……ま……だ!!」
「どわぁっ!?」
《ガーデル》の胸倉を掴み上げると、《セレスタ》がいる方向へ投げ捨てる。
「あちちちち!?」
「ちょっと、きゃあっ!?」
光弾とレーザーに焼かれながら吹き飛ばされた《ガーデル》は《セレスタ》と衝突する。
「ははは、凄いねお兄ちゃん。だーれも相手にならないなんて」
フローラは追い詰められた状況であるにも関わらず、笑みを浮かべながら《メルトリーパー》へ語りかける。
「でもいいの? 俺を殺したら、お兄ちゃんの大好きなほたるちゃんはもう二度と帰って来ないのにな」
今まで止まらなかった《メルトリーパー》の歩みが止まる。
《クリティカルリアクション・オーバーリミット!!)
それを狙っていたかのように、デーモンハートから悪魔の宣告が響き渡る。
「なっ……どう、し、て……!?」
「時間切れ、みたいだね」
「時間、切れ……!? っ、待て……!!」
《メルトリーパー》がフラグメントゲートに目をやった隙に、フローラはその場から姿を消した。
《メルトリーパー》のフラグメントゲート、そしてデーモンハートから青白い炎が漏れ出し、今にも暴発しそうな様子で脈動している。
「ユナカくんはフラグメントゲートを操作してないのに……!?」
「先輩、早く変身解いて!! 早く!!」
《メルトリーパー》は変身を解除する為にフラグメントゲートを閉じようとする。だが、
「っ、くっ、はず、れ、ない……!!」
力尽くで閉じようとしても、フラグメントゲートは沈黙を貫く。対してデーモンハートは悪魔の唸り声に似たカウントダウンを続ける。
「絶対やばいってあれ!!」
翡翠は倒れ伏した《ガーデル》と《セレスタ》を飛び越えると、未だ呆然と立ち尽くすザクロの元へ駆け寄り、彼女の肩を揺らす。
「何とかしてよ!! あんたが作ったんでしょ!? 先輩の師匠なんでしょ!? 早く止めてよ!!」
「…………」
翡翠の叫びが虚しく響く中、遂に《メルトリーパー》は地面に倒れる。フラグメントゲートに手を伸ばす事すら出来ず、弱々しくそれを地面に叩きつける悪足掻きしか出来ない。
「やめ、ろ……止まってくれ……!! このままじゃ……やめろ……!!!」
懇願も虚しく、悪魔は冷徹に告げる。
《メルトリーパー!! アルケミックイレイザー!!!》
滅亡の言葉を。
「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
その日、金織町を光が包み込んだ。まるでもう一つの太陽が地に降り立ったように。ただ、太陽と違う点が存在した。
美しく、不気味で、静かな青白い光だという事。
「ぅ……ぅぅ……?」
「なぁんだ……案外、俺の身体も頑丈だな……」
変身が解けた状態で自らに被さる影。セレスタは押し除けようとしたが、あることに気づいてその手を止める。
「は……? ガーデル……?」
「いやいや、見た目ほど酷くはないんだけど、さ……」
変身が解けたガーデルの身体には大量のヒビが入り、黒い霧が漏れ出していた。
「流石に……堪えたわ……」
光が消え、閉じていた目を翡翠は開く。自身が五体満足なことに安心と疑問を覚える。
「え……絶対死んだと思っ……ぁ……!?」
その理由は目の前にあった。
変身が解除され、フラグメントシェイカーを支えに立つ灰簾。目は虚、フラグメントゲートとフラグメントエクステンダーは白煙を吐いている。
あの爆発が起きる瞬間、生身の翡翠とザクロを守るべく力を使ったのだ。
「ユナカ、くんを……先に……彼……死んじゃう……」
「灰簾ちゃん!!」
周囲の家屋が崩れかけ、騒ぎとなっている中、ザクロは爆心地へと近づいていく。
陥没した大穴の中心で動かなくなったユナカ。うつ伏せのまま、身体から灰色の霧が溢れているのとは対照的に、フラグメントゲートに備わったデーモンハートだけは変わらぬ鈍い輝きを保っている。
「…………違う」
胸元を握り潰さんばかりに掴み、ザクロは声を絞り出した。
「私が作りたかったのは……こんなものじゃない……!!」
続く




