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第49話 極悪変異!? 心を喰らう影

 

「ワン、ツー、はいっ!!」

「ワン、ツー、ワン、ツー!」

「ワン、ツッウ!?」

 皆が美しいステップを刻む中、1人だけ派手にフローリングへ全身を叩きつけられる人物がいた。

「あらあらあら、灰簾ちゃん大丈夫!?」

「ありゃー、ごめんなさいみんな。うちの灰簾ちゃんが」

「なに保護者面して、っつぅ……!」

 ダンスは中断。翡翠に担がれた灰簾を介抱すべく教室の皆が駆け寄っていく。


 灰簾と翡翠がこの場所にいる理由は、数時間前に遡る。


「おーい灰簾ちゃんやーい」

 チャイムとドアノックを何度も繰り返す翡翠。肩からスポーツバックを提げ、1枚のチラシを握っていた。

「あそぼー! ……反応なしか。ならば!」

 翡翠は階段の手摺りを足場にジャンプ。屋根の上を軽やかに歩いて行くと、そのままベランダへ着地。窓の鍵が掛かっていないことに呆れながら、勢いよく開けてみせた。

「こんちわー!!」

 大声を上げながら乗り込む。だが未だに返事はない。リビングは片付いている。

「となれば……!」

 カチャカチャと小さく音がする扉を見つけ、今度こそ勢いよく開いてみせた。

「やっほー灰簾ちゃーん!!」

「っ? ……はぁ!? な、なんでいるの!?」

 片付いていたリビングとは裏腹に、こちらの部屋は異様な空間が広がっていた。


 数々のフィギュアやポスター、タペストリーが壁を覆い、ベッドの上には大量のヌイグルミが鎮座。それもほとんど同じキャラクターのものだ。


「あ、この人知ってる。ヴァーチャル配信者の三日月ミチルちゃん」

「ちょっと質問に答えて! どうやって入ったの!?」

「窓開いてたから。んでせっかくのお休みだからさ、少し前にお客さんから誘われたダンス教室、灰簾ちゃんも一緒に行くかなって」

「あのねぇ……」

「にしても休日だからってその格好はどうかと思うな」

 灰簾の姿は普段の様に整えたものではなく、眼鏡とジャージ、所々跳ねた髪という完全にスイッチが切れたものだった。

「人前に出るわけじゃないんだし何だっていいでしょ。……で、ダンス教室だっけ? 悪いけど私は行かない」

「えぇ〜」

「ミチルちゃんの朝配信を応援しなきゃいけないから」

「あ、1万突っ込んじゃった。マジか……これが26歳のリアル……」

「何とでも言いなさい」

 もはや開き直った様子でパソコンへ向き直る灰簾。だが翡翠はあることに気づき、ある場所へ手を伸ばした。

「ひぃっ!?」

「やっぱり……こんな生活してたらそりゃね」

 灰簾の二の腕と脇腹。容赦無く掴まれた感覚と羞恥心で彼女の顔が引き攣る。

「は、離しなさ……!」

「このままじゃマジでやばいよ」

 翡翠は灰簾を椅子から引き剥がし、そのまま洗面所へ連行。置いてあった体重計へ設置した。


 浮かび上がった数字。それは残酷な現実を告げていた。


「ぁ……」

「はい、ダンス教室確定」




「うぅ……そりゃ私の生活だってアレかもしれないけど……ユナカくんのパンが美味しいのも……」

「それが違うのは同じ食生活の私で実証済みです」

 スポーツウェアの上からでも分かるくびれ、そこから伸びる細い手足に薄く浮かぶ筋肉。その全てが灰簾の言い訳を真っ向から叩き潰す。

「くっ……持つ者め……持たざる者の気持ちなんて理解出来ないんだ……」

「そうは言ってるけど、灰簾さんだってスタイル良いじゃないですか」

 他の参加者、若い女性からフォローが入る。

「そうよぉ! あたしが貴女くらいの時なんてもっと太かったんだから! 不貞腐れちゃダメ!」

「うちも始めたての時は何回もすっ転んだし、気にすんなよ」

「良かったねぇ灰簾ちゃん、みんな優しくて」

「あのね……はぁ、みんなありがとうございます。先生、中断させてしまってすみません」

 灰簾は少し離れた位置にいる女性へ声を掛ける。


 明るい茶髪を後ろで纏め、モデルの様に整った身体をしている。


「……」

「銅本先生?」

「え、あ、ごめんなさい、ボーっとしてて……」

 だが女性、銅本は何処か上の空だった。その様子を見た小太りの中年女性が心配そうに声をかける。

「先生、やっぱり今日は」

「大丈夫ですよ。その方がきっと……」

 胴本を見た灰簾と翡翠はすぐにその態度の原因に気づく。今までに見た中でも特に大きな霧を纏っていた。この状態でアトラムが寄生していないことが信じられないくらいに。

(胴本先生、最近何かあったんですか)

(それがねぇ……最近子供ばっかり襲われてる通り魔事件があるでしょ?)

 翡翠が尋ねると、中年女性は囁くように語り始める。

(銅本先生の息子さん、それに巻き込まれて……旦那さんも早くに亡くして、あの子の為に頑張ってきてたのに……)

 それを聞いた灰簾の表情が曇る。

(そんな傷があったら……)

 そして立ち上がると、銅本へ駆け寄った。

「先生、今日はもう解散した方がいいです」

「ど、どうしたんですか急に! あ、さてはさっきのミスを気にしてるとか……?」

「いや、それは……って、そうじゃなくてですね!」

 弁明しようとした時だった。銅本が瞬きをした刹那、彼女の目の全てが真っ黒に染まる。

「っ、まずい!!」


 灰簾はすぐに肩を掴み正気に戻そうと試みる。だが言葉を投げかけるより早く、銅本の身体から大量に黒い結晶が飛び出し始めた。


「待って先生!! 自分を見失わ ──」

「ちょっ、何で急に!? 先せ ──」

 灰簾と翡翠の叫びは、

「なんで……私だけ……失ってばかり……」


 届かなかった。結晶が砕けた先に現れた姿は既に銅本のものではない。


 4本の腕が自らを抱き、大量の鎖が髪のように頭から垂れる。両肩からは十字架が突き出し、顔はギロチンが口の様になった意匠、腕や足からは鋸の刃が生えている。


「いやぁぁぁ!? 先生が、か、怪物に……!」

「みんな早く逃げろー!!」

 翡翠の一声で教室にいた皆が一目散に走り出す。

「もしかして、これが先輩の言ってた人間のアトラム化!?」

「……違う」

「へっ!?」

 翡翠の考えを灰簾の静かな呟きが否定する。

「誰なのあなた!? 銅本さんは……」


「この女の魂はもう俺が食い尽くした」


 アトラムが発したのは、銅本の声ではなかった。地の底から響くような低い声だった。

「ずっと心の隙間から機を伺っていた。完全な姿で外に出る為、ずっとずっと長い間……」

「どういうこと!? だってアトラムは鎖で繋がった状態で……!!」

「長い、間……まさかそんな事が!?」

 灰簾はある一つの答えに辿り着く。未だ前例がない、しかしアトラムの特性を考えれば決して不可能ではない寄生方法。

「ずっと前から……旦那さんを亡くした時に寄生して、心の隙間から出ないで少しずつ侵食していた……そして息子さんの事件で……」

「満を持して出て来たってわけだ!」

 状況を把握した灰簾と翡翠は臨戦態勢をとる。

「知っているか錬生術師。死に関連する傷は深く、濃厚な味わい……そして力がある」

 アトラムは小さく嘲笑う。

「今のお前達に勝てる筈がない。完全体となった俺にはな」

「あなたが偉そうに語らなくても知ってる! 知った上で戦うの!」

「うっさいバーカ! アトラムがイキってんじゃねー!」

 灰簾と翡翠は迷うことなく変身する。


《《ゲート カイホウ!!》》


《水渦・カタラクト!! アクア・レイス!!》

《風迅・ストーム!! ヴェントス・スピリット!!》


《レイス・ウンディーネの方程式》

《スピリット・シルフィーネ理論!!》


「ふん、無謀にも程がある」

 向かってくる2人へ、《エクスキュートアトラム》は不敵に笑って見せた。




「っ、ユナカさん!」

「アトラムの気配だ……しかも相当強い!」

 珊瑚の導くままに向かっていたユナカと琥珀が異様な気配に気づく。それは珊瑚も同様だった。

「これは……驚いたな。前に見かけた時はもっと……」い

「急ごう、っ!」


「ダメだよ〜、今とっても良いところなんだからさ、お兄ちゃん」


 その時、3人の行手を塞ぐ影が現れる。

「フローラ……!」

「珍しいでしょ〜、俺が顔出すの。良い結果が出そうなんだよね〜。だからお兄ちゃん達に邪魔されると困るってわけ」

 フローラの手からフラグメントが現れた。そして腕に備えたグラインドゲートへそれを装填する。


《ネクロマンサー・フラグメント!!》


《Mixing!》


 黒い目が白く淡い輝きを放ち、欠けた紋章が浮かび上がった。


「錬身」


《Impurities Mix Mix Mix!! フローライト・ネクロマンサー!!》


 向こう側の景色が見える程に透き通った本体に赤黒いベルトが巻きつき、その上から白いローブを身に纏う。青い鎖が左肩から胸を渡って右肩まで掛かり、各所に琥珀色と翠色の宝石が浮かぶ。

 純白の長い髪の隙間から覗く顔には、目に浮かんだものと同じ欠けた紋章が大きく刻まれていた。


「じゃあ遊ぼうか、お兄ちゃん」


 《フローラ》の無邪気な声が不気味に反響する。



続く

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