第4話 形態革命!! 炎と水は相容れない
「所詮は術師、それに女ときた。某の剣技を破るには不足よ」
アトラムは刀を構えると一気に跳躍。大上段に振り上げた兜割を見舞うつもりだ。
「あ、危ないですよお姉さん! 避けて!」
晶の言葉を聞いているにも関わらず、《レイス》は避けようとしない。逆に錫杖をアトラム目掛けて構え始めた。
「杖で某の技を受けられると思うてか!」
杖で刀を受け止める腹づもり。しかしその考え自体が間違っていた。
《レイス》の錫杖からは水流が渦を巻き、やがて圧縮レーザーの様に放出。ガラ空きな上に空中にいる事で回避しようがないアトラムの腹を打ちのめした。
「んぬおあっ!?」
吹き飛ばされた衝撃で刀が手元から離れ、地へ落ちる。アトラムは急いで落ちた刀を拾おうとしたが、
「ふんっ!」
「おがっ!?」
先に刀を拾い上げた何者かによって顔面を蹴られ、再び背を地に付ける事となる。
「ユナカさん!」
「すまない、遅くなった。そして……これは君の刀だね」
側に落ちていた鞘へ刀を戻し、蹲る少年へ返す。刀を受け取った少年は少しだけ安心した様に笑顔を見せた。
「俺のじいちゃんが先祖代々守り続けたもので……今日、じいちゃんが亡くなったら、いきなりあいつが俺から出て来て、刀を……」
「……でももう大丈夫みたいだ」
少年の首輪は既に色を失い、朽ちかけている。祖父の形見が戻ってきた事もあるのだろうが、何より少年の心が強い事を物語っていた。
「じいちゃんの事は確かに悲しかったけど……何より、じいちゃんの形見で人が傷つくのだけは見たくなかったから」
「あぁ、絶対そんな事させない。あの怪物は俺達が何とかする」
「そこのあなた! 早く彼を連れて離れて!」
《レイス》の呼びかけと時を同じくして、倒れていたアトラムが起き上がりながら駆け出した。
「ぐっ、返せ、 某の刀を!!」
背中から予備の刀を抜いたアトラムが少年の元へ迫る。だがそれは突如として聳え立った巨大な石門に阻まれた。
「うぬっ、またしても石門が!?」
「お前の刀じゃない」
《リーパー・フラグメント!!》
《イグニスサラマンダー・フラグメント!!》
《リアクション!!》
「門……!? まさかあなたが、炎の……!」
石門が死神と炎蜥蜴を取り込み燃え上がる光景に《レイス》は驚愕する。
「変身」
ユナカは装置天面を展開、目の前の門を蹴り開いた。
《ゲート カイホウ!!》
《炎舞・バースト!! イグニス・リーパー!!》
《リーパー・サラマンダーの法則!!》
「ぐぬぁぁぁ、この、熱量……!」
「お前は、ん、《サムライアトラム》……?」
「「「「え……?」」」」
ユナカとアトラム以外、全員がその名に絶句した。しかしながら当の《サムライアトラム》は意気揚々と構えを取り始めた。
「如何にも! 某は武士道を重んじる武人なり! 我が誇り高き名は、げがぁっ!?」
しかし名乗りを上げようとした瞬間、《リーパー》の鋭い飛び蹴りが《サムライアトラム》の顔面へ突き刺さる。頭から生えた派手な角がへし折れる。
「こ、この下郎! 名乗りの最中に攻撃など、ぶぐっ!!」
続くハイキックで罵倒すら遮られる。
「誇り高いだと? 人の形見を最低な形で汚そうとした奴がよく言えたな」
「か、刀は人を斬るための武器であろう! 某はそこなる鈍刀を名刀に昇華させるべく──」
次の瞬間、《サムライアトラム》の背中を水の弾丸が打ち据えた。体勢を崩し、怒りのままに振り向いた《サムライアトラム》が見たのは、それを遥かに凌駕する怒りを握り締めた拳から醸し出す《レイス》だった。
「炎の錬生術師! そいつの名前撤回しなさい! 家族からの最期の贈り物を鈍だなんていった下衆に、侍を名乗る資格はない!」
「ん〜、水の錬生術師の注意がアトラムで固まったなぁ。ここはチャンスか。いや、直情的なタイプで助かる」
ザクロは懐から、あの黒いフラグメント・Vを取り出した。《レイス》の背中越しに《リーパー》へ目で合図を送る。
(その少年は私に任せたまえ。君はこれを使って、水の錬生術師とアトラムを釘付けにするんだ)
(……何を考えてるのかは知らないが、とにかくそれを使えって事だな、あの目は)
《リーパー》が少々ズレた答えを思い浮かべた瞬間、ザクロが駆け出すと同時にフラグメント・Vが投げ渡された。フラグメントゲートの左側部に空いたスロットへ、それを挿し込む。
《カーボンゴーレム・フラグメント!!》
更に鍵を回す様にフラグメント・Vを左に捻る。すると描かれていた炎の死神のレリーフへ、黒いゴーレムの右腕と右足のレリーフが重なった。
《ナイスリアクション!!》
《カーボン・ゴーレム!! さぁ、レボリューションの始まりだ!!》
再び現れる火炎の石門。中から現れたのは、黒い粘り気のある液を滴らせたゴーレムだった。
ゴリラの様に胸を叩いた後に身体が分解。《リーパー》の右腕、右足へ、巨大な噴射筒を備えた黒鎧となって装着された。
「3本目のフラグメントまで……」
「えぇい、2人纏めて斬り伏せるまで!」
《サムライアトラム》は背中から刀を2本抜刀。一方で虚空を斬り《レイス》へ真空刃を、もう一方で《リーパー》へ斬りかかる。
《レイス》はヴィトロスタッフから撃ち出した水流で真空刃を撃墜しようとする。しかし圧縮された水流すら、鋭い音を放ちながら飛翔する刃はかき消せない。
ヴィトロスタッフを盾に真空刃を受け止めるが、大きく吹き飛ばされてしまう。危うく晶へぶつかりかけたが、何とか踏み止まった。
「ぼ、僕を庇って……すみません……!」
「もう少しだけ離れてて……やっぱり、首輪を壊さないと厄介か」
そこで《レイス》の視線が少年の方へ移る。結果、ザクロが少年の胸元に銃を突きつけている場面も視界に入った。
「なっ!? あなたがどうして《ヴィトロガン》を!?」
「おや、バレてしまったか。まぁもう遅い、彼のフラグメントは私のものさ」
「お、女、その首輪を外すなぁっ!!」
《サムライアトラム》は焦った様子でザクロと少年の元へ進路を変えようとした。
しかしそれを、彼等を背にした《リーパー》が見逃す筈がない。右腕の噴射筒から火炎を放ち、《サムライアトラム》を火達磨にする。
「あがぉぉぉ!?」
「そういう事だったんだなザクロ。全く、こんな状況でもフラグメントしか目にないか」
右足の噴射筒から吐き出された火炎をそのまま右足に纏い、慌てふためく《サムライアトラム》へ回し蹴りを叩き込んだ。
追い討ちの如く、少年からフラグメントが射出。同時に首輪が澄んだ音を立てながら砕け散った。
「ば、馬鹿な……!?」
「随分熱そうじゃない。消してあげようか?」
《レイス》はそう告げると、フラグメントゲートの天面を一度閉じ、再び開く。
「あんたの存在ごと」
「うぅっ!?」
あまりに冷たい言葉に炎の熱さすら忘れたのか、《サムライアトラム》は逃げ出そうとする。
が、《リーパー》が右腕から発射した黒い粘液を浴びてしまう。炎は更に勢いを増し、粘液は一瞬にして硬化。《サムライアトラム》の動きを完全に拘束した。それを見たザクロは腹を抱えて大笑いする。まるで悪魔の様に。
「ハッハッハ、怯えて逃げるのは武士の名折れじゃないかぁ! ハッハッハ!」
「ヒィィィッ!!!」
《ウンディーネ!! アルケミックブレイク!!》
ヴィトロスタッフから現れる大量の水球。それらは一瞬にして《サムライアトラム》の周囲を取り囲む。
次の瞬間、水球から鋭い槍の様に水流が噴射。《サムライアトラム》の身体を一瞬にして串刺しにした。
「腹を切りなさい」
「ム、ムネン……!」
辞世の句を読む間もなく、爆散してしまった。
「おいおいおい……冗談きついぞ。こりゃいつになったら完全体が出来るか分かんねぇな」
爆散した《サムライアトラム》から吐き出された鍵の破片。それを拾い上げたガーデルは、自らの口の中へ放り込んだ。何度か咀嚼し手元に吐き出すと、上半分が試験管、下半分が鍵となったフラグメントとなっていた。
「さて、セレスタのフラグメントも早く戻すよう言わねーとな。このまま遊んでちゃ進まねーぞ」
2人の錬生術師が感づく間もなく、ガーデルはその場から消え去った。
アトラムが消えた事により、向かい合う形となる《リーパー》と《レイス》。2人の錬生術師が協力してアトラムを撃破した。この後は手を取り合い、互いに礼を言う。晶は勝手にそんな想像をしていた。
しかし、2人は変身を解かない。そればかりか《レイス》はヴィトロスタッフを《リーパー》へ向けたのだ。
「な、何で!? ユナカさんとお姉さんは同じ錬生術師なんじゃ……」
「炎の錬生術師……数々の規律を破った不届き者。ようやく見つけた」
対する《リーパー》は構えない。黙って《レイス》を見つめるのみ。
「人助けのフリをしてフラグメントを集めている様だけど、あなたが過去にした事は許される訳じゃない。今すぐにフラグメントゲートとフラグメント・Vを手放して。その気がないなら、実力行使するしかない、けど!?」
《レイス》の声に動揺が走った事に気がつき、晶は《リーパー》の方を見た。そして《レイス》の後を追う様に驚愕の声を上げそうになった。
なんと《リーパー》は既に変身を解除しており、ユナカの姿へと戻っていたのだ。《レイス》のヴィトロスタッフを握る手が震え始める。
「何のつもり!?」
「一般人に対し、錬生術師は危害を加えてはならない。そう、この規律には変身していない錬生術師も含まれているのだよ、水の錬生術師」
ユナカの前に割って入ったのはザクロだった。少年から摘出したフラグメントを手癖の様に振りながら、不敵な笑みを浮かべている。
「そんな、事……分かってる」
「アトラムへの言動を見るに、君は随分規律や倫理を重んじているみたいだねぇ。水の錬生術師は昔からそんな感じだったが」
「……あなたが、彼の師匠ってわけね」
「ん〜、まぁそんな所さ。正直君に構っている時間も惜しいので、私達はこれで失礼させてもらうよ」
一般人には手を出せない。そんな彼女を嘲笑うかの様に真横を通り過ぎ、晶の手を引いて去って行った。
「……行かないの?」
「あなたの名前を聞いておきたい。水の錬生術師」
変身を解いた《レイス》へユナカは問う。彼の思わぬ発言に、《レイス》は一瞬呆気に取られた。しかし、
「藍海、灰簾。それが私の名前」
「灰簾さんですね。俺は……」
「名乗らなくていい」
自身も名乗ろうとしたユナカを冷たく突き放す灰簾。見つめる瞳に込められている感情が蔑みと怒りである事は、ユナカにも十分伝わっていた。
「次に会った時は絶対に逃がさない」
擦れ違う瞬間に投げかけられた言葉を聞き、ユナカは確信した。
炎と水は、相容れる訳がない事を。
続く
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《フェルムアルミラージ!!》
《スピネルユニコーン!!》
 




