第44話 四属解放!! 魔導士が導く切り札
「あ、れ……?」
少女に抱き止められて沈んだ意識が再び浮上した時、晶は見慣れない場所に立っていた。
見渡すとフェンスと貯水タンクが見えた。何処かの屋上だと察した晶の耳に笑い声が届く。
「あっははは! 必死すぎだろきっも!!」
「こんなきったない財布そんなに大事かよ!」
寒気が走る。晶が声の方向へ急いで駆けると、想像していた通りの光景があった。
意地の悪い笑みを浮かべた少女がクマの財布を高く掲げ、それを取り返そうとする少女を2人で押さえ込んでいる。
「お願い、返して……!」
「なぁんですかぁ? 聞こえませーん!」
「返して! 返してぇ!」
「白刃さーんもっと大きな声で言ってくださーい!」
リーダーと思しき少女は財布を開くと、中から金銭や定期券を抜き取る。だがそれを懐へ入れることはせず、床へと投げ捨てた。
「ほら、返すから拾えば?」
「違う! お金なんかいらない!! お姉さんから貰った大事なものなの! 返して!!」
「あっそ。いらないんならうちらが貰うわ」
晶は耐えられなかった。リーダーの少女から財布を取り返そうと走り、奪還しようと手を伸ばした。
「あれっ!?」
だが手は財布を掴むことは叶わず、すり抜けてしまった。それどころか晶の体は少女にすら触れられない。
「そんなに大事ならさぁ」
目の前で恐るべきことが行われようとしていた。リーダーの少女は財布を屋上の外へ向けたのだ。
白刃と呼ばれた少女の顔が青ざめる。そしてその時、晶は白刃が自分と共にアンフィスに取り込まれた彼女だと気づいた。
「こうされても取りに行けるよね?」
放り投げられたクマの財布は、重力へ導かれるままに落ちていく。
「駄目! 駄目ぇぇぇ!!!」
押さえつけていた2人を振り払い、リーダーの少女を突き飛ばし、
白刃は躊躇いなく、屋上から飛び降りた。
「そんなっ!?」
晶はすぐに屋上から下を見た。
血溜まりの中で動かなくなった白刃。懸命に伸ばしたであろう潰れた腕は、財布に届いていなかった。
「なんで……こんな……」
その場に座り込む晶。ようやく理解できた。これは白刃の記憶なのだ。自分は今まさに、彼女の心の傷を見ているのだ。
「やば……マジで飛んだんだけど」
「どうすんの……? この高さだと死んでるよね……」
「……早く行こ。見つからなきゃ自殺か事故ってことになるっしょ」
そんな中、足早に立ち去ろうとする3人。晶は悔しさのあまり、自らの額を床へ叩きつけた。
ここで声を上げようが、3人へ挑みかかろうが、これは記憶の中。自分の力も声も届かない。
「クソ……! なんで、なんで……!!」
「いゃあああぁぁぁ!!?」
悲鳴が響き、晶はゆっくりとその方向を見る。
「あれ、は……」
3人の少女達の前に立ち塞がっていたのは、先程まで下で物言わぬ骸となっていた筈の白刃。
「ようやく見つけた依代を……修繕する手間が増えた」
ではない。左眼には眩い光を放つ紋章が浮かんでいた。
「アン、フィス……!?」
「なんで、なんで、なん……!!」
「死んでな ──」
腰を抜かし狼狽えることしかできない3人へ、アンフィスは紋章が輝く左眼を向け、
そこで、記憶の映像は途絶えた。
「先輩……帰って来ないなぁ……」
雨が降り頻る外を窓から眺め、翡翠は小さく呟いた。それに答える事が出来る人間はこの場にはいなかった。
4人はジュエルブレッドへは戻らず、街の外れにある廃屋へと身を潜めていた。あれから3日間、琥珀と翡翠は交代で見張りをし、ザクロと灰簾はほとんど寝ずに即席の工房へ籠って作業をしている。
灰簾は時折工房から出てきてはいたが、進捗について尋ねても首を小さく傾げるのみ。切り札の全貌はザクロにしか分からないようだった。
「先輩がアンフィスを倒しちゃったり、なんて……はぁ」
希望を口にした翡翠は、すぐに溜め息でそれをかき消してしまった。琥珀はそれを何処か悲しげに見つめている。
「せめて逃げ切ってくれれば……」
「ユナカさんならきっと上手くやってる。現にここしばらくは何も起きていない」
「なら顔くらい見せて欲しいけど……」
「まぁこの場所は知らせてないからね」
と、会話を遮るように扉が開く音がした。その方向を見ると、薄目を開けた灰簾が立っていた。見れば目の下には一段と濃い隈が浮かんでいる。
「あ、灰簾ちゃん! 進捗は!?」
「……寝る」
「は?」
翡翠が聞き返す間もなく、灰簾は懐からアイマスクとナイトキャップを取り出す。そしてそれらを装着すると同時に、手にしたクリアフラグメントのキャップを開放。光を浴びた瞬間にソファへと倒れ込み、寝息を立て始めた。
「ちょっ、こんな状況で寝るとか能天気か!!」
「こんな状況だからこそ、だ」
すると続く様にザクロが姿を現した。灰簾とは違い、身体に応えているような様子は無い。
「一応の完成だ。最終調整にまだ少し時間はかかるがね。それまで水の錬生術師には体力の回復に努めてもらう」
「いよっしゃあ!! これでアンフィスに勝てる!!」
「……嗅ぎつけるのが早い」
「っ!」
その言葉に琥珀は立ち上がり、未だ雨が降り続ける外へ出て行く。
「あちょっ、待って待って!!」
翡翠も慌てて後を追う。ザクロは自らの頬を軽く叩くと、深い眠りについた灰簾へ告げる。
「30分。それまでに体力を回復しておくことだ」
廃屋から出た先、放置された材木置き場。琥珀と翡翠はそこで、晶の姿をしたアンフィスと相対する。
「私を倒す手段とやらは完成したか?」
「あぁ。アンフィス、お前にもう好き勝手はさせない」
「そうか。奴が命を賭して稼いだ時間は無駄ではなかったというわけだ」
嘲笑と共に、アンフィスはフラグメント・Vをちらつかせる。それはザクロがユナカへ託した3本だった。
「盗んだもの見せたって騙せる訳ないでしょ」
だがそれを翡翠は馬鹿にしたように笑って返す。するとアンフィスはもうひとつ何かを取り出した。
「私は奴を評価している。奴がいなければ力の回復に努める必要もなかった。お前たちの下らない切り札が完成する前に全員から紋章を奪えたのだからな」
それは《リーパー》の残骸の一部、左手だった。
「嘘、でしょ……」
「……」
「だが、結局無駄死にで終わるだろうが」
アンフィスは《リーパー》の左手を握り潰し、その灰を払う。
次の瞬間、琥珀が走り出した。
「変身!!」
遅れて翡翠も走り出す。
「待て待て待てい! へ、変身!!」
《土涛・クラッキング!! テラ・ファントム!!》
《風迅・ストーム!! ヴェントス・スピリット!!》
アンフィスは小さく笑うと、灰が目の前を横切るのに構わず《ステラゲート》を出現させた。
「変身」
《Open the Gate!! Glory and Wisdom intersect!! Twin Dragons dominate The World!!! Perfect Awakening Shining Dragon!!》
《ファントム》が振るった拳は空を切る。しかしそれを読んでいたように、振り返りざまに拳を突き出した。
「仲間を殺されれば怒りに飲まれる。錬生術師は……いや、人間はいつの時代も進歩しないものだ」
「自分は違うみてぇな言い方してるけどな……」
《アンフィス》は《ファントム》の拳を受け止める。しかしそれを傍に抱え込むようにして拘束。
「僕から見れば、自分は他と違うなんて妄想にいつまでも取り憑かれてるお前の方が!!」
そのまま残る拳を《アンフィス》の顔面へ叩きつけた。
「進歩してねぇんだよ!!!」
「土の錬生術師に紐つけられた感情は」
しかし《アンフィス》はダメージを受けている様子も見せず、《ファントム》を振り払い、膝蹴りで突き放す。
「恐怖、だ。怒りや殺意を増大させようと私には勝てない」
「クソッ!!」
吹き飛ばされたものの、倒れることなく着地する《ファントム》。そのまま再び《アンフィス》へ突進する。
それに対し《アンフィス》はイリガルヴィトロガンで連射。1発も外すことなく《ファントム》へ命中するが、装甲にヒビが入りつつも突進の勢いは変わらない。
「理解出来ないのならその方が」
すると《アンフィス》は、突進する《ファントム》の頭を正確に蹴り上げる。
「あがっ!?」
「こちらとしては楽だがな」
そのまま返しの一撃として踵落としが降る。さしもの《ファントム》も地面へ伏す。
「このっ……!!」
「しぶとい事しか能が無い」
「ぐっ!?」
立ちあがろうとした刹那、掬い上げるような蹴り上げが《ファントム》の胸部を捉える。吹き飛ばされ、背を土で汚す。
「遊びが過ぎたな」
「野郎……調子に乗るのも良い加減に」
その時、両者の間を風の弾丸が別つ。そしてそのうちの1発は《ファントム》の肩に当たる。
「いてっ!?」
「頭冷やせー!!!」
《スピリット》からの怒号。それを聞いた《ファントム》はようやく我に帰った。
「……あぁもう!」
自らの頬を叩くと、右手にフラグメントメイスを生成。再び仕切り直すように構える。
「ごめん! もう大丈夫!!」
「分かればヨシ!」
駆け出した《ファントム》を援護すべく、《スピリット》からの銃撃が乱れ飛ぶ。しかし銃撃の雨と接近する《ファントム》を前にしても、《アンフィス》の余裕は崩れない。
「冷静さを取り戻しても戦況は変わらない」
片手にイリガルヴィトロガンを持ちつつ、振り下ろされたフラグメントメイスを蹴りで軌道を逸らし回避。勢いそのままに回し蹴りを《ファントム》へ叩きつけると、着地したと同時にイリガルヴィトロガンを《スピリット》へ発射。
「うわっ!?」
手を弾かれ、ヴィトロガンを取り落とす。すると《スピリット》は突然《アンフィス》へと走り出した。
「交代ー!!」
「交代!?」
吹き飛びながら思わず声を上げた《ファントム》に構わず、《スピリット》は銃撃を放ちながら飛び蹴り。《アンフィス》は蹴りを躱しながらイリガルヴィトロガンで応戦射撃するが、《スピリット》は側転宙返りしながら回避。銃撃の応酬が束の間続いたものの、
「あ、やばっ!?」
とうとう《スピリット》の手からフラグメントマグナムが弾き飛ばされる。彼女の胸元へイリガルヴィトロガンの銃口が向けられた。
「させない!!」
放たれた弾丸は、《ファントム》が身を挺して防いだ。装甲から煙が上がるものの、地に足は付いている。
「付き合いきれんな」
《アンフィス》はイリガルヴィトロガンを消すと、ステラゲートを2回開閉。
《リアナライズ セカンドタイム》
ただならない気配を感じ取った2人もまた、フラグメントゲートを開閉。
《クリティカル リアクション!!》
跳び上がり、《ファントム》はオーラを纏った拳を、《スピリット》は風を纏った両足を突き出した。
対する《アンフィス》は光り輝く右足を地面へと突き立てる。すると周囲から無数の竜の首が現れる。
《ノーム!! アルケミックブレイク!!》
《シルフィーネ!! アルケミックブレイク!!》
《シャイニング・ドラゴン ルミナス・ヴァイトブレイク》
《アンフィス》へ突撃する2人を、光の竜の軍勢が迎え打つ。その顛末は衝突した時の爆発が晴れた時に明らかとなる。
「うぐっ!?」
「うげぇ!?」
変身が解けた琥珀と翡翠が落下。対する《アンフィス》には傷どころか疲労している様子すらない。
「僕らじゃ、まだ……!」
「届かないかぁ……!」
「必要のない手間を掛けたが」
2人の紋章を奪うべく、《アンフィス》のアイレンズの輝きが増していく。
だがそれを銃撃が阻んだ。視界を塞がれたことで思わず手を払い、輝きは失われる。
攻撃が来た方向を見た《アンフィス》は小さな笑い声を上げた。
「……自ら来てくれるとはな」
「か、灰簾さん!」
「あれは!? あれはバッチリ!?」
琥珀と翡翠からの問いに、灰簾は手にしたものを見せる。
「2人が戦ってくれたおかげで万全」
1つはフラグメントエクステンダー。ユナカが使用していた時とは違い、全体的に蒼みがかっており、ラインはメタリックブルーへ変化している。
そしてもう1つは、奇妙なフラグメントだった。杖を掲げた魔導士がキャップに象られ、本体には赤、青、黄、緑の小さな宝石が埋め込まれている。内部では同様に4色のエネルギーが交わり合う。
「あとは私が使いこなせるか、次第」
《レイス・フラグメント》
《フラグメントエクステンダー!!》
《アクアウンディーネ・フラグメント》
《アトリビュータム・ウィザード》
フラグメントゲートへ全てを装填。
《E リアクション!!》
出現したのは石門ではなく、4属性のエネルギーで形作られた魔法陣の扉。それを守護するように、大蜥蜴、水霊、大地の精霊、風の妖精が現れる。
4体はやがて宝玉へ姿を変え、魔法陣へと吸収される。
「変身!」
灰簾の左手が、魔法陣へ静かに触れる。
《ゲート カイホウ!!》
《アトリビュータム・フュージョン!! イグニス! アクア! テラ! ヴェントス! イコール! イコール!! エレメンタル・レイス!!!》
《レイス・ウンディーネの方程式 アディション・ウィザード》
《レイス》の青い肉体を包むドレスアーマー、ヴェール、そしてローブ。清水のように透き通るそれらが、魔法陣から放たれた4色の光によって染め上げられていく。
ヴェールは空色の中に緑の宝石のような装飾が散りばめられる。紺色のドレスアーマーに走るのは琥珀色のライン。薄紫のローブは端へ行くにつれて赤く染まる。
額と手の甲には4色に輝くクリスタルが浮かび、三日月型のアイレンズには同色の輝きがライン状に走る。
それを見た《アンフィス》は、不愉快そうに肩を掻く。
「多属性の、同時制御……? どういうことだ……」
「正直、私も何が出来るのか分からないけど」
《エレメンタルレイス》のクリスタルに、より強い光が灯る。
「今から掴めば良い」
続く




