第33話 怨嗟顕現! もう一人の死神
「感情を抑えられないあまりにフラグメントの暴走を引き起こすとは」
異変が起きた《リーパー》を目の当たりにしたアンフィスは呆れ果てたように息を吐く。
「錬生術師として失敗作だな」
「実験材料としては満点だけど。よし、ここまでくればあと一息だ」
しかしフローラは目を輝かせ、アンフィスの肩を叩く。
「じゃ、あとは時間稼ぎよろしく!」
「……貴様の実験にそこまでする価値があるとは思えん」
完全に興が冷めたのか、アンフィスは踵を返そうとする。
「ちょちょちょ、話が違うじゃんかー!」
「ゥ、ァ、オ、マエ……!」
「お?」
慌てるフローラの隣、変異したばかりのアトラム ── 《ショーオフアトラム》が呻き始める。
「ワタ、シヨ、リ、目立チ、ヤガッテェ……!!」
「めっちゃやる気満々じゃん。ねぇ光の錬生術師さん、せっかくの成功作の戦闘データ、欲しいんじゃない?」
「……」
アンフィスは足を止めると、《ショーオフアトラム》へと目を向けた。
《リーパー》の視線はフローラ、そしてアンフィスを向いている。《ショーオフアトラム》のことなどまるで見ていない。
「目障リ、ナンダヨ、オマエェ!!!」
全身の顔が嘲笑から怒りに歪んだものへ変わり、《リーパー》へと飛び掛かった。
瞬間、
「ブギャッ!?」
業火を纏った蹴りが《ショーオフアトラム》の中心を打ち抜いた。不格好に身体をくの字に曲げ、吹き飛んだ先で木に激突。身体についた炎は苦悶に転げ回る内に消えるが、起き上がる気配はない。
「おっほぉ、これは凄い」
「……期待外れだったな」
「グムッ!?」
突然、《ショーオフアトラム》に異変が生じる。黒い水晶が突如弾け、中から黒い液体が流れ始めた。そして、
「ワ、ワタ、シガ、一番、イチ、バ、イ、イ……」
身体の全てがヘドロの様な粘液と化し、消失した。かつての《エンプロイヤーアトラム》と同じ様に。
「あっちゃあ、ダメージが大きすぎた?」
「違うな。やはり他者を蹴落とす程度の人間では器が足りない。もっと……人を人とも思わない、そんな素材を」
瞬間、《リーパー》は力一杯地面を踏みつけた。身に纏った炎が衝撃で飛び散り、蛇の様にのたうちながら2人へ襲い掛かる。
「あっぶな!?」
フローラは見えない力で釣り上げられるように宙へ浮かび回避。そしてアンフィスは、
《ゲート・カイホウ》
《Open the Gate!! Glorious the Legacy!! Half Awakening Lux Dragon!!》
瞬時に変身。炎を光の左腕と右足で払い飛ばした。それを見た《リーパー》は跳躍。《アンフィス》へ飛び蹴りを放つ。
炎が荒れ狂うそれを《アンフィス》は半身で回避、カウンターで左足での蹴りを腹へ叩き込む。
しかし《リーパー》は怯む様子すらなく、すぐさま足払いを仕掛ける。それを跳躍で躱すと同時に《アンフィス》は《リーパー》の顔面を蹴り上げる。宙を舞い地面に叩きつけられたが、すぐさま立ち上がると今度は首を狙ったハイキックを《リーパー》が放つ。《アンフィス》は合わせる様に光を纏った右足で迎え打った。
「やはり師匠を殺されるのは堪えるのか?」
「……っ!」
「かつてのお前の師匠も同じだった。あちらは戦意を失って逃げ出した様だがな」
「うるさい……!」
《リーパー》は足に纏う炎を更に強め、押し切ろうとする。《アンフィス》はそれを利用し、わざと足を外す。勢い余って振り抜かれた炎の足は《アンフィス》の眼前を切り、地面を穿った。
返す光の拳が《リーパー》の胴の中心に打たれる。一瞬動きが止まるものの、
「ほたるを食って生まれた彼奴も……ザクロを殺したお前も……潰す!!」
身体から溢れ出る炎は竜の如く暴れ、周りの木々を焼き払いながら《アンフィス》とフローラを襲う。
「うわぁ、全然制御出来てねぇじゃん。こうなっちゃうんだ……って、危ないって!」
フローラは木から木へ飛び移り炎から逃れる。だが《アンフィス》は一度当てた拳を更に押し込む。
《リーパー》は吹き飛ぶが、同時に薙ぎ払われた炎が《アンフィス》を打ちのめす。
「ふんっ!」
両腕を交差することで直撃を回避。吹き飛んだ先で《アンフィス》は宙返りし、体勢を立て直した。
対する《リーパー》は自らの炎に焼かれながら静かに立ち上がる。
「許さない……お前達、だけは……!!」
「まぁでも」
フローラは笑う。唇から這い出た舌で宙を撫でながら。
「時間だね」
「んぐぁぁぁ!?」
突如として《リーパー》の背中から大量の鎖が突き破り、自身の身体を縛り上げた。やがてそれらは集結、首に巻きつく。
「あ、が、ぁぁ……!!」
変身が解け、ユナカは崩れ落ちる。首に巻き付いた鎖は首輪へと変わり、そこから新たに現れた鎖は炎を灯したまま伸びていく。
「何……?」
「光の錬生術師さん。本当に俺の実験に価値がないかは、これを見てから判断しなよ」
訝しむ《アンフィス》へフローラは得意げに指差した。その先に現れたのは、
「ウグゥゥゥ……」
ユナカと首輪で繋がった、アトラムの姿だった。大鎌を模った眼の下では並んだ牙を憤怒で喰いしばる大顎。結晶は全て砕け、代わりに輝きの一切を失った黒い石が埋め込まれている。骨の鎧はより大きく浮き上がり、指先と爪先には獣の鉤爪に似た装甲が備わっていた。
身体は蒼白色に染まり、跪くユナカを見下ろす眼だけが赤く輝いた。その様は人の心を救うという錬生術師の矜持を塗り潰した、完全なる異形の怪物だった。
「あの時、こっそり種を仕込んでおいたのさ。しっかり芽吹いてくれて良かった良かった」
フローラはユナカと再会した時、背後からの一撃にアトラムの素となるフラグメントを植え付けたのだった。だがそれを聞いてなお、《アンフィス》は納得出来ない様に俯いたまま。
「錬生術師からアトラムは生まれない。アトラムが付け入る隙間が心に存在しない以上……」
「お兄ちゃんは例外なんだよ。そこで死んじゃった炎の錬生術師のおかげでね」
「……まさか」
「流石ぁ! もう気づいたんだ。そう、お兄ちゃんは炎の錬生術師の力を半分しか受け継いでない、つまり隙間があるのさ! アトラムの素を仕込めるだけのね!」
《アンフィス》は変身を解き、ユナカとアトラムを観察する。錬生術師から生まれたアトラム、そのデータを得る為に。
そしてアトラム ── 《ネクロリーパー》は、
「ぅぐっ!?」
ユナカの首を掴み、木へと押しつけた。握り潰さんばかりに絞め上げるのは苦しめる為ではない。
「お前さえ……いなければ」
宿主を、ユナカを殺す為だ。
「えぇ……心の傷が深すぎて宿主殺ろうとしちゃってる」
「アトラムとしての機能すら果たせないか。だが……」
アンフィスの眼は《ネクロリーパー》の中で滾る力を見抜いていた。
「錬生術師を道連れにする役目は果たせそうだな」
「ぐ、ぁ……!」
「お前さえいなければ……ほたるは消えなかった!」
絞め上げる力は更に強くなっていき、ユナカの意識が遠のいていく。このままでは窒息するより早く首の骨が折れてしまうだろう。
しかしユナカは全く抵抗する素振りを見せない。
(そうか……この、アトラムは……)
《ネクロリーパー》の目を見た時に感じた、痛い程の怒り。それは他の誰でもない、自分自身に対するもの。ほたるを失った、否、消してしまった、輝蹟ユナカという人間に対する深い憎しみ。
(俺自身、なんだ……)
その時、
「ぬぐぅあ!!」
突如《ネクロリーパー》の腕を銃撃が襲い、ユナカを取り落とす。
「誰だよぉ、こんな大事な時に……え″っ」
「っ、どういう事だ」
フローラ、そしてアンフィスまでもが言葉を失った。銃撃を仕掛けた主は、
「まったく、厄介な事をしてくれたものだ……」
額を撃ち抜かれ、絶命した筈のザクロだった。未だ額には残酷な銃痕が残っている上、顔面は蒼白。とても万全と言える状態ではない。だが彼女は確かに生きている。
「何故生きている……」
「感謝してるよアンフィス……中途半端に生かされるくらいなら殺された方がマシだからねぇ……」
そう話す間にも、ザクロの銃痕は塞がっていく。それを見たアンフィスは何か思い当たった様に呟いた。
「まさか、炎の錬生術師が言っていた……」
「それじゃあさようならだ……馬鹿弟子に説教もしたい」
《ゲート カイホウ!!》
《走れ! 走れ!! スピネルユニコーン!!》
後方で停車していたユニコーンストライカーが変形。スピネルユニコーンへ変形すると、ザクロを背に乗せながら走り出す。
「くっ、待てっ!!」
そのまま《ネクロリーパー》からユナカを回収。炎を目眩しに利用しながら逃走した。
「逃したか……輝蹟ユナカァ!!!」
《ネクロリーパー》の絶叫が森へと響く。
「あーあ、まさかあんな隠し球があったなんて。ま、君とお兄ちゃんは繋がってるからいつでも仕掛けられるし、今日は焦らず一旦帰りましょ」
「……」
フローラが話しかけた瞬間、《ネクロリーパー》は電池が切れた様に黙り込む。
「ちょっとー? もしもーし?」
「宿主を殺す事以外に目的は存在しない。その点ではアトラム本来の機能、あるべき姿だ」
《ネクロリーパー》へと歩み寄るアンフィス。その顔にはこれまでになかった笑みが刻まれていた。
「錬生術師から生まれるアトラム、そして不死のフラグメント……ふふははは!」
「え、なに急に……コワ」
「早く力を取り戻さなければな……研究すべき内容が一気に増えた」
続く




