第32話 憤怒爆炎!! 荒れ狂う劫火の死神
ザクロの忠告を忘れたわけでは決してない。フラグメントを握り締め、フローラを鬼の様な形相で睨んでいる中でも、ユナカは滾る心を鎮めようと努めた。
だが怒りは治まるどころか熱を増していくばかり。
「待ってよお兄ちゃん」
「っ……それ以上喋ったら消す」
「そんな事したってもう私は帰って来ないの、分かってる癖に」
「喋るなって言ったのが!!!」
《炎舞・バースト!! イグニス・リーパー!!》
「聞こえなかったのか!!!」
駆け出すと同時に変身。その身に纏う炎はモルオンとの戦いの時以上に燃え盛り、薄暗くなった辺りを煌々と照らす。
顔面を穿たんばかりの勢いで放たれたハイキックを、フローラは浮かび上がる様に飛び退いて躱す。空打った勢いを利用し《リーパー》は回転、中段を狙った回し蹴りを放つ。これをフローラは飛び退いて回避するが、着地の隙を見逃さずに《リーパー》は踵落としで頭を狙った。
そこでフローラは奇妙な動きを取る。両掌を合わせたかと思えば再び大きく広げる。すると《リーパー》の足がフローラの両掌の空間で突如静止する。
「ぐっ、く……!!」
見えない糸に受け止められている様な感覚。目の前で悪辣な笑みを浮かべる忌々しい顔を潰す事が叶わず、《リーパー》は歯噛みする。
「ただの顔見せのつもりだったのに。こっちに戦う気なんてさらさらないよ」
「こっちはお前を消す為に錬生術師になったんだ!! もう逃さない!!」
強引に足を振り下ろそうと力を込めた瞬間だった。不意にフローラが構えを解いたかと思うと力の均衡が崩壊。《リーパー》の踵落としが地面を砕いたが、既にフローラの姿は無かった。
「今日はお兄ちゃんにプレゼント、しに来たんだ」
「っ、うぐぁぁぁっ!!?」
背後に回られたと気づいた時、《リーパー》は凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされた。すぐに立ち上がり、振り返る。
一切の影も形も、気配すらもない。まるで最初からそこにはいなかったかの様に、フローラは消失していた。
「逃した……逃した!! くそっ!!」
地面を殴りつけ、苦悶の声を上げる。変身が解けても尚、ユナカは血が滲む程に握り締めた拳を離さなかった。
しかし、まだ終わっていないことに気づく。点々と地面に残された白い光。間違いない。人間の心から奪い取って精製されたフラグメントの光だ。
「……ふざけるな」
これは罠だ。そんな事は理解している。まずは情報をザクロ達の元へ持ち帰るのが先だ。そんな事は理解している。
理解、しているのだ。
「必ず見つけ出してやる!!」
ユナカは偽装外装を解除したユニコーンストライカーへと乗り込み、光の跡を追う。理屈ではない。自分が錬生術師となった最大の理由、最大の敵が現れた。ユナカの頭の中には最早それを討つ事しかなかった。
「……」
ザクロはパンを食べる手を突然止めたかと思うと、徐に立ち上がる。
「どうかしたの?」
そんな彼女に気づいた灰簾は声をかける。が、ザクロは返答すらせずに店を出て行った。
「ちょっと……」
「どうせ散歩かなんかでしょ〜。それより灰簾ちゃんも良い案考えてよ〜」
翡翠に止められ、去っていくザクロの背を見送る事しか出来なかった。灰簾が思わず追いかけたのは、ただの散歩とは思えないほど彼女の表情が険しかった為だ。
「ユナカさん、遅いな……」
晶の何気ない一言に、灰簾の心が酷くざわついた。
「ん、あれ? なんか忘れてったよザクロっち」
と、翡翠がカウンターの上に残されたものを摘み上げる。それは以前、レヴァナントとの戦いで彼から貰ったフラグメント・Vだった。
「フラグメント忘れるなんて珍しい事もあるもんだ。ってなわけで刑事さん預かっといて」
「え、何で僕が?」
「盗まれたら困るでしょ、ほい」
「うわっ、ちょっ!?」
雑に投げられたフラグメントを、琥珀はなし崩しに受け取るのだった。
(あれほど言ったのに……いや、あれほど言ってもなお、感情が制御出来ない相手が現れた、というわけか)
自身の目に刻まれた炎の紋章が強く反応し、灼熱に焼かれる様な感覚が走る。
「ぅっ……まったく、世話の焼ける弟子だな」
ザクロとユナカの力は繋がっている。彼の感情に呼応する炎の紋章がもたらす痛みもまた、繋がっているのだ。
(ユナカがこれだけ取り乱すという事は……奴、か)
ザクロは知っている。ユナカの過去を。妹であるほたるの仇を。他人が傷つけられる事にすら怒りを露わにする、彼が本当に許せないものを。
「あっはは、本当にここまで来ちゃったんだ?」
フローラが足を止め、振り返った先。ユニコーンストライカーがコンクリートへ焼け跡を刻みながら停止。降り立ったユナカは肩で息をしながらフローラへ迫る。
「罠でも何でも好きにすればいい! お前をこの世界から消す!!」
「折角来たんだしさ、見ていかない? 私達の……っあぁ、口調真似るのめんどうくさ。俺達のショーを」
「何だと……!?」
ユナカの足が止まったことを確認すると、フローラは背後の人物へと合図を送る。
「お前はっ!!」
「くだらんな。こんな事で貴様の言う実験とやらが上手くいくのか?」
影からアンフィスが姿を現した。そしてその隣には、
「な、何? 何なの、ねぇ!?」
1人の女子高生の姿があった。
「輝蹟ユナカ。確かお前の妹が消えた時も、この女の子と同じくらいの歳だったよな?」
「……っ!? やめろ!!」
ユナカが駆け出そうとした瞬間、アンフィスはヴィトロガンを少女の頭へと発砲。
「あがっ!? ひ、ギ、ァァ、ィィィアアアア!!?」
身体から次々に黒ずんだ結晶が飛び出していく。以前、月永がアトラムへと変貌した様に。
「ん? ほぅ、ここに来て成功するとは」
「マジ? それは予想外」
「アアアアァァァァァァ!!!」
やがて全ての結晶が砕け散り、少女は変わり果てた姿を露わにする。全身から舌を出して嘲笑う顔を生やし、胴体の中心から大量の花を咲かせたアトラム。月永が変異した個体と同様、黒い水晶が身体から突き出している。
それを見たフローラは嬉々とした表情で手を叩いていた。
「思わぬ副産物ゲット〜」
「ナニ、コレ……ワタシ、バケモノ、ニ……!?」
怪物へ変貌した自身の姿に震えるアトラム。そんな彼女の頭を優しく撫でると、フローラはユナカへと向き直る。
「俺を消す為に錬生術師になった。なるほど、確かに凄いとは思うけど……それで2年前と何が変わった?」
「黙れ……!」
「何にも変わってないだろ。俺はよく覚えてるよ、あの日、妹が消える直前まで探し出せなかった情けない兄貴の姿を」
「黙れって言ったのが聞こえないのか!!!」
ユナカはフラグメントゲートを出現させ、フラグメントを手に取る。
イグニス・サラマンダーは大量の炎を吐き出し、リーパー・フラグメントは黒い霧を吐き出す。異様な雰囲気を見たアンフィスは目を惹きつけられた。
「なるほど。アトラムにしてはよく考えたものだ」
「呑気な面だなアンフィス……お前もここで消してやる!!」
ユナカは吐き捨てる様に叫び、フラグメントを装填しようとした。
「待てユナカ!!」
だがその声を聞き、手が止まった。振り返ると、こちらへ駆け寄るザクロの姿。
「この馬鹿! まんまと策に乗せられてるんじゃない!」
「ザクロ……!?」
ユナカが握っている2つのフラグメントの異変が収まっていく。それを見たフローラは苦い表情を浮かべた。
「あっちゃー、もう少しって時に邪魔が ──」
瞬間、銃声が空間を裂いた。
直後、ザクロの額と左胸から血飛沫が舞った。ゆっくりと、時間が進んでいくにつれ、彼女の身体は後ろへと倒れていく。
(しまった……迂闊、だったか……)
暗くなっていく視界の中、目を見開いてこちらへ駆け寄ろうとするユナカの姿が映る。
(馬鹿は、お互い様だったな……)
倒れたザクロの眼は薄く開いたまま、一切の光を失っていた。呼吸を示す胸の上下もなく、指先も全く動かない。
それが示す事実を突きつけられたユナカの視線は次に、彼女を撃ったものの正体へと向く。
「呆気ない結末だったな。先代から何も学んでいないのが分かる」
アンフィスが構えたヴィトロガンから、小さな光の残滓が溢れていた。
「おっほぉう……躊躇いがない。ま、ファインプレーっちゃファインプレーかな」
フローラはといえば少々面食らった様子だったが、ユナカの方を見て安心した様な表情を浮かべる。
「おかげで実験準備は整った」
リーパー・フラグメントに巨大な亀裂が走り、黒い霧が噴煙の様に巻き上がる。そしてイグニスサラマンダー・フラグメントから溢れた炎はそれらを喰らう様に吸収、肥大化。黒炎となってユナカの周囲を取り囲む。
その2つはユナカの手を離れ、宙を舞い、自らフラグメントゲートへと装填される。項垂れたままの死神と、骨と化した大蜥蜴が、崩れかけた石門へ吸収される。
「………………変身」
温度を感じられない、冷徹な声と共に告げた一言と共に、門は一人でに開かれた。
《炎舞・レイジング……バァァァァァァスト!!! イグニス・リーパー!!!》
外套は炎となって《リーパー》を包み、赤い結晶は黒く燻む。身体に刻まれた無数の傷跡、そして死神の鎌を模ったアイレンズは半ばから折れていた。
《リーパー・サラマンダーの法則!!!!》
「……」
無言で踏み出した一歩。瞬間、《リーパー》の周りを炎が囲む。照らされた死神の仮面は憤怒に歪んでいた。
続く




