第31話 因縁到来! 死神に忍び寄る甘い魔の手
「ムカつくムカつくムカつくムカつく……」
「ぼやいてる暇があるなら街に出たらどうだい、セレスタ」
ソファの隅でクマのぬいぐるみの首を絞め付けるように抱きしめるセレスタ。歯噛みしながら呪詛を吐き続ける彼女に対し、モルオンは紅茶を嗜んでいた。ボロボロのテーブルに似つかわしくない、煌びやかな装飾が施されたティーセットで。
「ガーデルは街に出て頑張ってるっていうのに」
「はぁ? あんたに言われてめっっっちゃ怠そうに行ってたじゃん。てかそういうならあんたが行けば?」
「僕はお客さんを待ってるんだ」
「誰を……っ」
と、セレスタは急に黙る。部屋に入ってきた影に気づいた為だ。
対するモルオンは振り返らず、紅茶に口をつけた後に語りかける。
「アンフィス、そちらの進捗は?」
アンフィスは返事をしない代わりにモルオンの前へ何かを投げた。白色のフラグメント・V、それを5本。
「どれもこれも被検体にすらならないものばかり。現代の人間の精神は脆すぎる。アトラムになり損ねた搾りかすがこれだ」
「人間がアトラムを産み育てるのではなく、人間がアトラムへ変わる。その思考に行き着くのも、それを成功させられるのも、きっとあなただけだ」
モルオンは何処か楽しげに笑う。
セレスタはそれが気に食わなかった。協力者とはいえアンフィスは本来自分達の宿敵である筈の錬生術師。そんな人物とつるむなど、プライドが許さなかった。
と、再び扉が開いた。アンフィスに続く新たな来客。それはセレスタもモルオンもよく知る者だった。
「なっ……客ってまさか、あんたの事!?」
「やぁ、待ち侘びたよ」
「久しぶり。元気してた?」
鍵状のフラグメント・Vを持ち、姿を現した青年。少女の様に可憐な笑顔を見せながら、モルオンとアンフィスに向かい合う様に椅子に着いた。
「ハロー光の錬生術師様。これお土産ね」
テーブルに置かれた鍵状のフラグメント・V。それを取り上げたアンフィスは目を細める。
「ほう。アトラムの分際でこれほどのフラグメントを精製するか」
「それが俺の能力なんで。きっと俺の生みの親も、錬生術師としての才能があったんだろうなぁ、なんて」
「フローラ、頼んでいたフラグメントは?」
「はいはい、ほら」
青年、フローラはモルオンへフラグメント・Vを投げ渡した。3本のフラグメントにはそれぞれ、ナーガ、ミノタウロス、ロック鳥を模ったもの。
「結構身体にくるから気をつけてなー」
「いい加減、錬生術師に遅れを取るわけにはいかないからね。ほら、セレスタ」
モルオンはロック鳥のフラグメントをセレスタへ投げ渡す。しかしセレスタは受け取らず、フラグメントはソファの上に転がる。
それを見たフローラは噴き出すように笑った。
「俺、なんでこんなに嫌われてるのか生まれてこの方わからないんだけど。セレスタ、俺なんかした?」
「……」
「ダメだぁ、口も聞いてくれない」
「まぁいいじゃないか。それを使うかどうかはセレスタの自由だ。僕は少しこれの練習をしてこようかな」
モルオンはナーガのフラグメントを持ち、部屋を後にした。セレスタはフローラとアンフィスへ背を向け、近くにあった毛布を被る。
「相変わらずだなぁみんな。……で、さ、光の錬生術師様?」
フラグメントを眺めるアンフィスへ、フローラは身を乗り出す。その濁った目には怪しげな、誘うような色を含んでいる。
「ちょっと実験したいことがあるんだけど、興味ある? 」
「内容が分からないことには答えようがないな」
「開口一番突っぱねられないだけラッキー! 内容はね」
胸ポケットから取り出したフラグメント・Vを見たアンフィスは、僅かに目を見開いた。
「錬生術師からアトラムは産まれるのか、だよ」
「5人目、か……」
閉店時間を迎えたジュエルブレッド。カフェスペースのテーブルには客ではなく、仕事を終えた灰簾と翡翠、そしてタブレット端末でネット記事を映した琥珀が座っていた。
「やっぱアンフィスの仕業、だよねぇ」
「一般人まで襲い始めたなら、もう僕達も黙って隠れてる場合じゃないですよ」
その記事には、廃人化して見つかる人達が相次いで発見されていることが掲載されていた。
「落ち着いて琥珀くん。光の錬生術師に対抗出来るのはユナカくんが使えるフラグメントエクステンダーだけ。ユナカくんの負担が大きい問題が残っているのに仕掛けたってしょうがないよ」
「そう、ですね、灰簾さん……すみません、焦って」
「ね〜聞いてたでしょ先輩の師匠〜! 私達にもちゃちゃちゃっとパワーアップアイテム作ってよ〜!」
翡翠は背もたれに寄り掛かり、カウンターで残り物のパンを齧るザクロへ絡む。しかし彼女は眉を顰めながら翡翠を一瞥すると、
「ならそれが作れるだけの強力なフラグメントを持ってきたまえ」
「それが出来りゃ苦労しないってのー!」
「はぁ、八方塞がりかぁ」
「一体どうすれば……」
悩むばかりで先の見えない作戦会議に3人が項垂れる中、片付けの手伝いをしていた晶がコーヒーを差し入れる。
「どうぞ。ユナカさんからです」
「ありがとう晶くん」
「偉いぞ晶くん! ほれ、翡翠お姉さんが撫で撫でしてしんぜよう!」
「そういう絡み方すると嫌われるよ」
「うぇ〜? そりゃ灰簾ちゃんがやったらやばいけど私はまだセーフでしょ」
「どういう意味!? ていうか誰がやっても同じでしょ!」
「い、いや、別に嫌いになったりなんて……」
突然始まった灰簾と翡翠のバトルに晶が慌てていると、琥珀が横から肩を叩く。
「ありがとう。僕たち大人がこんなに焦ってたら不安にしちゃうよね」
「いえ……むしろ、僕が何も出来ないことの方が……」
「何も出来てないなんてことはないよ」
琥珀はマグカップを持ち、晶へ笑いかける。それが自分を勇気づける為の言葉であることは晶にも分かっていた。それでも少し気が楽になった。
「そういえば、ユナカさんは?」
「ちょっと風に当たってくるって言ってました」
あの場にいた中で、一番焦っていたのはユナカだった。無差別に一般人を狙い始めたアンフィス。それが挑発だとしても、別の思惑があるとしても、見過ごすことなど出来なかった。
(アンフィスも昼間から人間を襲うほど目立つ真似はしない筈。今日行動する確証はない……それでも)
偽装外装を施したユニコーンストライカーで街を駆ける。そうしているとやがて、ある場所に辿り着く。
そこはユナカにとって始まりの場所。二度と足を運びたくないと思う度、それでも戻ってきてしまう場所。
大きな噴水、時計塔のオブジェが象徴の、金敷広場。
普段は家族連れやカップルで賑わうこの場所も、日が暮れた今ではすっかり閑散としている。
ユナカはユニコーンストライカーから降り、ぼんやりと時計塔のオブジェを見つめる。外に出た本来の目的も忘れて。
── ほらお兄ちゃん、ここ立って! はい、笑って! ちょ、それじゃ笑顔じゃなくて引き攣り笑いだってば! ──
あのオブジェの前で写真を撮りたいと駄々を捏ねた日を思い出す。
── あ、アイスクリーム! 買ってお兄ちゃん! は? いやいやアイス1つで太る奴なんていませんー! ──
まるでつられるように思い出が蘇っていく。それらが映らないように目を伏せた時だった。
「久しぶり、お兄ちゃん」
幻聴ではない。耳元で囁かれた声から咄嗟に離れる。息遣いが無ければ思い出の中の声と聞き紛う程に似ていた。
声の主を見たユナカの目が、一気に鋭くなる。食いしばった歯と握りしめた拳からは、これまで以上に怒りが滲んでいた。
「2年ぶりなのにそんな顔しないでくれよ。懐かしの妹の顔、見せてやったんだからさ」
フローラはユナカの妹、ほたるに似た自身の顔にピースサインを添え、笑って見せた。
続く




