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第2話 一筆入魂!! その字に込める想い

 

「炎だぁ!? だったら俺の字より熱いのか試してやる!」

 アトラムはまたしても筆を振おうとする。だがそれを黙って見ている《リーパー》ではない。

 一瞬の内に距離を詰めると右足を蹴り上げ、アトラムの筆を弾き飛ばした。そのまま身体を捻って左足で回し蹴りを放つ。

「おまっ、ゲェッ!?」

 《リーパー》が足を振るう度に宙を走る赤い軌跡。見れば蹴りを放つ際に踵から足底にかけて刃が飛び出し、それが煌々と赤熱している。

「お前こそ名前を名乗ったらどうだ……いや、《カリグラフィアトラム》って名前か」

「カリグラ、は?」

「書道って意味だ。その子の心の傷と能力を考えたら、お前の名前はそれ以外ありえない」

「くっそぉ、どこまでもうざったい奴だぜぇ!!」

 《カリグラフィアトラム》は肩からもう1本筆を取り出し、先とは異なる文字を刻み始めた。

「火には《水》、だぁ!」

 《水》の字が水面の様に震え始めたかと思うと、《リーパー》目掛けて突撃する。

 しかし《リーパー》は右足の上段蹴りで文字を打ち砕く。飛び散った水が降りかかるが、外套に灯った炎は一切勢いを弱めない。

「な、何でだよぉ!? 火には水だろぉ!?」

「そんな薄い字じゃ、な」


 《リーパー》の言葉を聞き、晶はようやく自身の気持ちを言葉に出来た。

「やっぱり僕、文香ちゃんの字が好きだよ」

「嘘……皆の言う通りなの……字が上手って褒められて、それで調子に乗って……本当は大した事、ない癖に……」

「皆の言う通りなら、文香ちゃんは凄いんだよ。作品を見てた皆、凄いって言ってたのを聞いたもん。それだけじゃない。文香ちゃんのお父さんもお母さんも、僕も、文香ちゃんが書いた習字、これからももっと見たい」

「晶、くん……」


「何馬鹿な事言ってんだ! そんなガキの字なんか、ウビャッ!?」

 懲りずに文香を侮辱しようとした《カリグラフィアトラム》。しかしその口を《リーパー》が足で塞ぎ、肩と腰から筆と半紙をもぎ取った。

「イギェェェ俺のチャームポイント、ギョッ!?」

 顎を蹴り上げて吹き飛ばすと、《リーパー》は筆と半紙を文香の元へ渡す。

「見せてくれ。君の字を」

「……」


 筆を握りしめる。震えが止まらない。筆先から墨汁が涙の様に溢れていく。

 晶は文香の空いた手を優しく握り、もう片方の手で半紙を押さえた。

「っ、ぅん」

 息を呑み、深く吐き、文香は筆を半紙へ着地させた。

「くっそ、俺の作品の方が」

「黙ってろ!」

 《リーパー》が《カリグラフィアトラム》を押さえ込む。


「やれる。文香ちゃんなら、誰よりも綺麗に」

「……出来た」


 半紙に描かれた、《輝》の字。その美しさを口にするより早く、半紙を持ち上げる白い手が現れた。


「ほぉ、これはまた美しい字だ」


 赤と金が入り混じった長い癖っ毛に伏せがちな銀色の瞳。背丈は小さく、白いセーターと赤と黒のチェックスカート、黒タイツに長ブーツという格好。しかしながらセーターを押し上げる胸元から、大人の女性だという事は分かる。


「力強い中にも、細部から品の良さを感じる。そのどれもが凡才には真似出来ないレベルで両立している。なるほど、これでは一部の凡才には理解出来なくても仕方あるまい」

「え、だ、誰ですか……?」

「おいおい、私の論評よりも彼の感想を聞きたまえ」

 文香からの問いには答えず、女性は指を晶へ向ける。

「……綺麗。あ、な、なんかごめん、お姉さんみたいにお洒落な感じで言えなくて」

「……いい」


 文香の首に巻き付いた鎖が、みるみる内にボロボロになっていく。

「私やっぱり習字が好き! 私が書いた字で笑顔になる人がいるなら、頑張れる!!」


「ふふ、やはり君は天才だ」


 すると女性は懐から奇妙な銃を取り出した。それを躊躇いなく文香の胸元へ突きつけ、引き鉄を引いた。

「ちょっ!?」

 晶が止める間もなかった。しかし文香の胸元には穴すら空いていない。代わりに背中から黒いガラス管の様なものが生えてきた。

「うぇ!? こ、怖いよ晶くん!!」

「何、怖がる必要ないさ。これは君とアトラムとの縁を切るのに必要なプロセスだからねぇ」

「プロ、セ……きゃっ!?」

 小学生2人には理解が追いつかない状況で、遂に文香の背中からガラス管が飛び出した。電子レンジの温め完了に似た、珍妙で間抜けな音と共に。


「いいねぇ、久々に期待出来るフラグメントが採れた! この会場に目をつけたのは正解だった! 流石、稀代の天才錬生術師である私の慧眼!」

「ザクロ、無事にその子のフラグメントは摘出出来たのか?」

 蒸気を放つガラス管を持ってはしゃぐ女性 ── ザクロに《リーパー》は呼びかける。すると先程まで明るかった表情が一気に冷めたものへ変わる。

「あー、無事に出来たさ。そんなわけだからさっさとそのアトラムを片付けたまえ」

「はぁ……お前って奴は」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!? てめぇらやりやがったなぁぁぁ!?」

 対して《カリグラフィアトラム》が騒ぎ始めた。見れば文香と繋がっていた鎖は消え去っている。

「これじゃあ二度と完全な姿になれねぇじゃあねぇか!! どう責任取るんだよ!?」

「責任を取る気は無いな」

「そうかよぉ! だったらこの会場ごと、文字通り《爆》発させてやるぅ!!」

 虚空へ文字を刻み始める。恐らく《爆》という字を書こうとしているのだろう。しかし、

「あ、あらぁ? た、確か、いや違うな、ここは……」

「ハッ!!」

「ゲヒャァッ!?」

 書きかけの字を突き破り、《リーパー》の蹴りが顔面に直撃。派手に転がりながら壁に激突した。どうやら《爆》という漢字を知らないらしい。晶は思わず元宿主の文香に尋ねる。

「文香ちゃんは書けるよね?」

「うん」


「どうやらお前も、彼女を侮辱出来る立場じゃないらしいな」

「ち、ちげーよ! 完全体になりゃ、俺に書けねえ字は ──」


《クリティカル リアクション!!》


 《リーパー》は装置の天面を一度閉じ、再び展開。装置内の死神が輝きを増し、溢れ出した炎が右足に宿る。

「ま、待てお前!!」

「待たない。お前の物言いにはうんざりだ」

 床を蹴ると《リーパー》の身体が重力から解放される。赤い残光と共に右足を大きく引いた。

「く、くそ、こういう時は、あ、あっと、あっと……!」

「《守》、なんてどうだい?」

「おぉ、それだぁ!」

 ガラス管を眺めていたザクロの案に《カリグラフィアトラム》は乗る。敵に塩を送ってどうするんですか、と晶が叫ぼうとした時だった。



《サラマンダー!! アルケミックブレイク!!》



「出来たぁ!」

 《カリグラフィアトラム》が書いた《守》の文字はシールドの様に大きく広がる。が、しかし、


「まぁ、無駄だろうがね」


 《リーパー》の身体はシールドの前で消失。そして通り抜けた先で出現した。

「はぁぁぁ!? それは反則だろぉ!?」

 大きく薙ぎ払われた右足は、まるで大鎌の刃に似た軌跡を描く。《カリグラフィアトラム》の身体に一筋の赤い閃きが刻みつけられ、一瞬も立たない内に爆発。


「ヌギヤァァァァァァァァァ!!!?」


 押し寄せる爆風から、《リーパー》は身を挺して晶と文香を庇う。間近に迫った死神の顔を見て、2人は晴れやかな笑顔を送った。

「ありがとう、ございます!」

「ありがとう……ございます」

 それを聞いた《リーパー》は少々困った様に顔を逸らした。


「この姿を見られて礼を言われたのは……初めてかな」



 荒れに荒れた会場へ警察が集まる中、晶と文香はようやく解放された。幸い会場が破壊されただけで死傷者は出なかったらしい。何が起きたのかを一応正直に話したが、警察官の苦い顔を見るに信じていないだろう。信じろという方が無理難題だが。

「よかった、お前にも文香ちゃんにも怪我がなくて」

「もぉぉぉほんどうによがっだぁぁぁ!」

 胸を撫で下ろす父と号泣しながら頬ずりする母を見れば、そんな事はほんの些細な事に思えた。

「お母さん流石にもう……あっ!」

 晶は少し離れた場所にあの青年の姿を見つけた。2人に軽く事情を話し、晶は彼の元へ駆け寄った。


「あの!」

「……君は」

「僕は天河晶っていいます! あの、今日は本当にありがとうございました!」

「そう、か。無事でなにより」

「ま、待って!」

 去ろうとする青年を晶は呼び止める。

「あの怪物って何なんですか!? それに、お兄さんの目は僕と同じでした。この変な紋章の事、知ってるんじゃないですか!?」

 眼帯を外す。晶の右目を見た青年は僅かに目を見開いた。

「そうか……だからザクロはしつこくこの子を連れてこいって……」

「ザクロ、って、もしかしてあのお姉さん!? あの人とも何か関係があるんです!?」

「……知らない方がいい、なんてもう誤魔化せないな」

 青年は懐から1枚の紙を取り出し、晶へと手渡した。

「明日、学校が終わったらここに来てくれ。そこで話をしよう」

「っ、はい。あの、もう一つだけ」

 去り際、晶は改めて聞く。

「お兄さんの、お名前は?」


「輝蹟ユナカ。気をつけて帰ってな、晶くん」


 ユナカの姿が見えなくなった後。晶は手渡された紙を開いた。てっきり手書きの地図や秘密の場所が記されていると思っていたのだが、実態は。



《幸せと喜びを運ぶパン屋 ジュエルブレッド 現在食パン強化月間中!》



「……これお母さんが言ってたパン屋さんじゃん!!」


 炎の死神は、パン屋を営んでいた。



続く

Next Fragment……



《カーボンゴーレム!!》


《アクアウンディーネ》



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