第19話 共同戦線? 地水炎風同盟を結べ
「と、いうわけで」
一連の騒動が一旦終息し、再びジュエルブレッドに集う一同。炎、水、土、そして風。4元素の錬生術師が揃った。だがその空気は重かった。その場にいる晶の息が詰まるほど。
渋い表情を浮かべる灰簾と琥珀、苛立った面持ちである人物を睨むザクロ、ある人物に腕を組まれ困惑した表情を浮かべるユナカ。
そしてある人物こと、翡翠は弾ける様な笑顔で告げた。
「みんなが持ってるフラグメント・V、ぜ〜んぶ私に下さい! そうすれば、貴方達に協力しまーす!」
「ふっっっざけるのも大概にしたまえよ風の錬生術師!! そんな要求通すわけがないだろう!!」
遂にザクロの怒りが頂点に達する。しかし翡翠は一切怯む様子はない。
「じゃあ貴方達とは契約しませーん。先輩はきちんと渡してくれましたよ〜、ほら」
翡翠が取り出したのは、カーボン・ゴーレムとフェルム・アルミラージのフラグメント・V。更に見せつけるようにクローラリー・バジリスクのフラグメント・Vをチラつかせる。
「ユナカァァァ……!!!」
「……はぁ」
「タダ働きなんてしない主義なのでー、そこんところよろしくおなしゃーっす! 私は先輩にだけ、うわっ!?」
と、ここでユナカは翡翠の腕を解き、一歩前へと踏み出した。
「この際だ。俺の提案を聞いて欲しい」
全員が静かになる。
「俺達は互いに目的があって、錬生術師になって、そしてフラグメントを集めている。けど今、俺達には共通の敵がいる。光の錬生術師、アンフィスだ」
ユナカは自らのフラグメント、イグニス・サラマンダーを握り締める。
「奴の目的は晶くんから右眼の紋章を奪う事。そして、俺達から錬生術師としての力も奪う事。その目的も、本来の実力も未知数だ」
「今アンフィスが持っている力は半分、いやそれにすら満たない。長時間の変身も出来ない筈だ。あの日私達を追って来なかった事を見てもね」
ここでザクロが口を開いた。アンフィスに関する重大な情報が唐突に明かされ、灰簾が思わず立ち上がった。
「あ、貴女そんな大事な情報今まで黙ってたの!?」
「何ならユナカにだけ後で教えようとしてたさ。けど、もう話の流れで何を言い出すか察しがついたからねぇ」
伏せた目をユナカへ向けるザクロ。それを見て頷き、ユナカは続けた。
「率直に言おう。俺達の間で情報、そしてフラグメントを共有したい。アンフィスを倒して、晶くんを助ける為に」
「えっ!?」
「……」
「えぇぇぇ!!?」
3人の反応を見たユナカはそれ以上は何も言わず、返答を待つ。すると黙っていた琥珀が踏み出した。
その手に持ったフラグメントを、ユナカへと手渡す。
「琥珀くん……」
「元よりそのつもりですよ。僕達全員の力を合わせないと、アンフィスにも、ダルストンズにも勝てない。これ、警視総監が送ってきたものです。1本しかありませんが」
新たに渡されたフラグメントへ忍び寄ろうとするザクロの頬をつねりながら、ユナカは微笑んだ。
「何かと思ったら……そういうことなら」
続いて灰簾もユナカへフラグメントを渡す。
「こっちじゃ全く精製してないから、クリアフラグメントしかないけど……」
「はぁ、懐事情も貧乏ならフラグメントも貧ぼムギギギギギ!?」
「ありがとう、ございます、灰簾さん」
余計な事を言おうとしたザクロの両頬を手で圧迫しながら、ユナカは灰簾へ頭を下げた。
「……」
「それで、貴女はどうするの、風の錬生術師?」
「うぇぇぇ……?」
灰簾からの問いに、げんなりした表情を浮かべる翡翠。見ればフライトジャケットのポケットからいくつかフラグメント・Vが覗いている。
「別に協力するのが嫌って訳じゃないんですけど〜……タダ働きはちょっと、みたいな?」
「さっきからタダ働きって言ってるけど、貴女そもそもどうやって生活してるの? 金識町の何処かに住んでたり……」
「日雇いの仕事しながら全国フラフラしてた。一応出身は金識町なんだけどね」
「フラフラって、学校は?」
「高校出てから大体2年間放浪してたから大学は行ってない」
「えぇ……」
げんなりした様子を見せる灰簾に構わず、翡翠は頬を膨らませながらユナカへ向き直る。
「酷いです先輩、あの時約束したのに」
── わぁぁお、先輩良いフラグメント持ってるじゃないすかぁ! うんうん、じゃあ約束通り…… ──
── その前に翡翠ちゃん、君に会って欲しい人達がいる。上手くいけば君にとっても良い話に…… ──
── うぉぉぉ!? いきなりプロポーズされたら心臓飛び出ますって!! ──
── 違う違う ──
「あぁしないとまた逃げると思った。それに嘘は吐いてない。翡翠ちゃんにとっても悪い話じゃない筈だよ」
「いやいや、フラグメントが皆のものじゃ意味ないっていうかぁ……私だけのものじゃないと、意味ないっていうか……」
「せめてアンフィスを倒すまでは協力して欲しい」
「いくら先輩でも、ちょっと……」
ユナカが頼み込んでもなお難色を示す翡翠。再び灰簾が口を挟もうとした時だった。
(灰簾さん、灰簾さん)
(ぇ、って晶くん、どうかしたの?)
晶は灰簾へ小声で呼びかけると、ある紙を差し出した。
(これ、どうですか?)
(これ、かぁ……私が言うのもなんだけど行けるかな? ……一応、やってみよっか)
灰簾は紙を受け取り、それをユナカへと手渡した。するとユナカはハッとしたように小さく口を開いた。
「……行ける」
「交渉は終わりですか〜? じゃあ私はこの辺で……」
帰ろうと踵を返そうとした翡翠へ、ユナカは渡された紙を突き出した。
「翡翠ちゃん、俺の店で働く気はない?」
「……はい?」
振り返った翡翠の顔は虚をつかれたように唖然としていた。
「急に何を言い出してんすか先輩」
「取り敢えず紙を読んでみて」
「……はいはい、働かせてもらえるだけじゃなくて、しばらく面倒まで見てくれるって訳ですね。要は住み込みのバイトかぁ。あぁ……っと……」
((反応が……薄い!?))
(だってフラグメントの件と何も関係ないもんね……)
驚き、焦る様子の晶と灰簾を見た琥珀が苦笑いを浮かべる。恐らく翡翠がその日暮らしをしている点に着目したのだろうが、彼女が協力する条件はあくまでフラグメント。日銭に苦労している様子はあまり見られない。
と、逡巡していた時だった。
「はぁぁぁっ!?」
突然声を張り上げる翡翠。何事かと視線を向けると、紙のある項目を指差していた。
「こ、こ、こ、この賄いご飯って、まさか……」
《希望者には賄い飯を出します》と書かれている。
「先輩のご飯、いや、もしかしてパンも食べられちゃったり……」
「試作品とか売れ残りで良ければ」
ユナカがそう話した瞬間、紙を握りしめた翡翠が出口目掛けて走り出した。逃げ出したのかと皆が追おうとした時、複数のフラグメントがユナカへ投げ渡された。
「駅のコインロッカーから荷物取って来るんで、20分待ってて下さい!!」
閉まるドア。静まり返る店内。正に嵐が通り過ぎた後のような空間。
「……これで翡翠ちゃんの協力も取り付けた。ザクロ、いいな?」
「あぁ。どうでも、いいよ」
ともあれ、炎、水、土、風、4人の錬生術師による一時的な同盟が結ばれる事となった。
「ユナカ、話がある」
「何だ、文句なら聞かないぞ」
その夜、皆が寝静まった深夜の事。
明日の仕込みを終え、眠りにつこうとしたユナカをザクロが呼び出した。
今日の事か、はたまたいつかの日の事か。何かしら説教をするのだろうと、ユナカは真剣に聞くつもりはなかった。
だが向き合うザクロの目に宿る真剣な光を前に、その考えは消える事になる。
「今日、ダルストンズと戦ったと言っていたな」
「あぁ、これで3人目。それも前に戦った2人とは実力が一段上に感じた」
「だから感情を制御出来なかった、と?」
それを言われて初めてユナカは気づく。モルオンと対峙した時、否、正確にはフラグメントを無理矢理引き抜かれた少女を見た時、自身の心は怒りに満ちていたと。
「ユナカ、何度も言った筈だ。錬生術師は心を扱う。だからこそ自分の心は最低限コントロール出来なければならないと」
「あぁ、分かってる」
「いや、分かってないな」
ザクロはユナカの左胸へヴィトロガンを突きつける。脅すのではなく、問うような眼差しを向けながら。
「錬生術師には引き金となる感情がある。炎は怒りだ。正しく扱えばあらゆるものを祓う力になるが、扱いを誤れば際限なく全てを焼き尽くす悪魔の力になる」
「悪魔の、力……」
ユナカはザクロの瞳を見つめる。そしてザクロもまた、ユナカの瞳を見つめる。
「炎は原初を司る力だ。だから君と私で力が半分に分かれていても、他の錬生術師に引けはとらない」
ユナカは、ザクロの正統継承者ではない。
アンフィスと同じく、ユナカが扱う炎の錬生術師としての力は半分程度のもの。それは何故か。
「君にも私にも、この力は必要だ。呑まれるなよ」
「分かった」
「……なら次の戦いで証明したまえ」
ザクロは1本のフラグメント・Vを手渡した。
白銀の毛を逆立てる、三つ首の大狼。
「土の錬生術師が新しく渡したものを再精製した。他のものも後々やっておく」
「これは……マグネシウムか」
「使い方なら分かるだろう? 話は終わりだ」
そう言った瞬間、ザクロは机に突っ伏す様に倒れ込む。同時に小さな寝息を立て始めた。ユナカは見慣れているものの、これを初めて見た人間はどう思うのだろうか。
ザクロへ毛布を掛けると、ユナカは渡されたフラグメントを再び見つめる。
「約束……破ってばかりだな」
続く




