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第1話 炎舞爆裂!! 炎の死神

 

 大なり小なり、誰しもが抱く心の傷。それは永い時の中で癒えるか、或いは信頼している人物の助けを借りて癒すか、或いは自ら乗り越えるか。いずれにせよ、何かしらの手段でいつかは消えるもの。


 しかしそれがいつまでも癒えぬままであればどうなるか。


 傷に巣食う魔物に喰われ、遺骸すら残さず消失するのである。




「怖いよ〜!!」

「無理ぃ〜!!」

 男女問わず上がる恐怖の悲鳴。今は歴史の授業の最中で、その中でも太古の昔に記された壁画を紹介した項目だった。

 ただ文字で記されただけならば皆、真面目にノートを取るか、寝るか、落書きをするかだったのだが、壁画には生々しい情景が記されていた。

 人間を首輪で繋いだ怪物、そして逃げ惑う人間から湧き出てくる異形の影。こんなものを小学校4年生が使う教科書に載せるのは悪趣味に近い。

「先生、ここ飛ばしてよ!」

「はいはい、んじゃ次のページを……」


 皆が騒ぐ中、1人だけページを凝視している少年がいた。その表情は恐怖とは別、不安な色が浮かんでいた。壁画に記された怪物ではない。その背景に描かれた、6つの紋章の様なもの。

「やっぱり……これ、僕のやつと同じだ……」


 治療用の眼帯を付けた少年、天河あまかわあきらは小さく呟いた。


「ねぇ、大丈夫?」

隣から囁く様に尋ねる少女、黒炭くろすみ文香あやか。彼女の声で我に帰り、すぐに教科書を閉じた。



「おかえりなさい」

「ただいま、お母さん」

 この何気ない会話が晶を非日常から日常へ引き戻してくれる。

「おかえり」

「お父さん? 早いね」

「たまにはな。それより今日は右目の調子、どうだ?」

「ん、いや? あまり痛くないかな」

 ランドセルを降ろし、今日の宿題を取り出す。歴史の問題、それにあの壁画に関する問題である。授業であまり触れなかった分、宿題で補完するというのが先生の策略なのだろう。見たくはないが、宿題をやるのは小学生の義務。

「う、やっぱり……」

 どうしても問題文より壁画が気になってしまう。怪物よりも紋章が。

「え、と……この壁画が描かれたとされる時期は……たしか、2500年前……」

 今から遥か以前の時代に、こんな怪物が本当にいたのだろうか。御伽噺だと笑いたかったが、今は笑えない事情がある。

 晶は2人に気づかれない様にそっと立ち上がり、洗面所の鏡へ赴く。覚悟を決めて右目の眼帯を外した。

「ぅわっ!?」

 想像していたよりも悪いものが映っていた。


 以前よりもはっきりと、右目にあの壁画にあった紋章が浮かび上がっていた。銀色に変色した右目、何を表しているかも分からない紋章の内の1つ。

 そして何より奇妙なのは自分以外に見えていない事。目の紋章も色が変わっていることも、他人には認識出来ていない様なのだ。

「はぁ、それだけだったら眼帯なんかいらないのに……」

「晶? どうかしたの?」

「ひっ!?」

 鏡の向こうに映った母を見てしまった。よりにもよって右目を隠していない時に。


「……お母さん。もしかして今日、悪い事あった?」

「あら〜、何で分かったの〜? そうなの、今日せっかく楽しみにしてたパン屋さんがお休みで……ジュエルブレッドのパン、食べたかったなぁ。それでお父さんもちょっと落ち込んじゃって」

「そっか。残念だったね」


 僅かに母の周りを覆う黒い霧の様なもの。あれからは壁画の怪物を見た時と同じ感覚を覚えるのだ。今日の授業で初めて見た筈なのに不安を生じたのはその所為だった。

「また次に行けば良いよね! それより早くご飯作らなきゃ」

 母がにこりと笑うと、霧は逃げる様に散った。不思議な事に父と母に纏わりついた霧はこうしてすぐに消えてしまう。先程の様に落ち込んでいたり、怒っていたりすると現れるのだが、2人とも穏やかなのかあのようにすぐ前向きになる。すると消える。

「何なんだあれ……?」

「晶、ちょっといいか?」

 今度は父が顔を覗かせる。見ればその手には小さな髪があった。

「隣の家の文香ちゃんが書道コンクールで賞を貰ったらしいんだ。見に行くか?」

 父にあの霧はない。立ち直りの早さは母と同様らしい。

「文香ちゃんが? うん、ちょっと見てくる」

「送るか?」

「いいよ、自転車で行けるし。夕飯前には帰るから」

「おう。何かあったら連絡しろよ」

 洗面所を出ると、小さなポーチだけを持って外に出た。そこでようやく大きな忘れ物をしていた事に気がついた。

「……ぁ、見ちゃった」


 外を歩く人々からは、両親と比べ物にならない程に大きな霧が立ち込めていた。漏れなく、全員に。




 眼帯をきちんと付け、コンクール会場へ着いた晶。行き交う人々の間を避け、幼馴染の文香の作品を探す。

 文香は小さい頃から綺麗な字を書く子で、字を書くことが何より好きだった。彼女の両親もそんな娘の特技を応援する良い人なのを晶は知っている。

「えっと、文香ちゃんの作品は、っと、うわぁ!?」

 人を避けようとした所で別の人とぶつかってしまった。尻餅をついてしまったが、すぐに手が差し伸べられる。

「ごめん、大丈夫?」

「い、いえ、僕の方こそごめんなさい!」

 思わず手を取り、立ち上がる。見上げた先にいた青年を見て、晶は声を上げそうになった。


 若い風貌とは裏腹に髪は銀色、対して眼は燃えるように紅い。背は高い為、その派手な見た目は仕事がモデルか何かだからだと晶は思う事にした。ぶつかった手前言いづらいが、深く関わってはいけない気がしたのだ。


「じ、じゃあこれで! 本当ごめんなさい!」

 逃げる様に青年から離れると、すぐに人混みに紛れて見えなくなった。

(何だろ……なんかあの人、霧とか壁画と同じ雰囲気だった……!)

 無我夢中になって会場を歩いていると、やがて人だかりが出来ている作品の前に辿り着いた。

「あ、あれもしかして……」

 その作品の前にいる見慣れた少女の元へ晶は駆け寄る。

「文香ちゃん!」

「……」

 肩まで伸ばした黒髪と丸い眼鏡。あまり背が高くはない晶よりも更に小さな背丈。一眼見れば分かる。だからと言うべきか、様子がおかしい事にもすぐ気がついた。

「文香、ちゃん?」

「……ぁ、晶くん。どうしてここに?」

「コンクールで賞を貰ったって聞いたから。……なんか元気ないね」

 作品に目をやる。題材の字は「輝」。墨で描かれた文字は力強く、それでいて整った美しさが溢れている。作品を見る人達も一様に彼女の作品に賞賛の言葉を呟いていた。

 だからこそ、まるで活力の無い様子を不思議に思ったのだ。

「文香ちゃんの字、いつ見ても凄いよね。僕なんて字汚いから羨ましい」

「……凄くなんかない」

「っ、でも皆だって文香ちゃんの作品を……」


── 何であの子の作品が賞なんて貰ってるのかね? ──


「ぇ?」

 小さいが確かに聞こえた。あの人混みの中から。耳を澄ませば、それだけではない。


── ま、所詮は小学生の作品だし ──


── 何が違うのか分かんねぇんだけど ──


── 字書いて賞貰えるとか楽でいいよな ──


「何で、こんな事を……!」

 文香の作品を貶す言葉が、まるで自分に向けられているかの様に痛い。そしておそらく、この何倍もの痛みを文香は味わっている。そして追い討ちをかける様に意地の悪い声が聞こえてきた。

「あ〜、文香いた」

「つかなんで晶もいんの?」

 声の正体など聞いただけで分かる。晶と文香のクラスメイト、それも文香にちょっかいをかけている連中だ。

「また変な絵描いてんだろ」

「絵じゃなくて書道……」

「うるせぇな、同じだろ」

「同じじゃないでしょ」

 馴れ馴れしく文香の肩を掴んで揺らすクラスメイト。それに辟易としていると、彼らの矛先は晶にも向けられる。

「何だ晶。お前まだそんなダサい眼帯してんのか?」

「ダサくても何でもいいよ。文香ちゃん嫌がってるしやめなって」

「はぁ? なんか知らねー内に生意気になったなおい」

「うわ、ちょ、やめっ!」

 眼帯を掴まれ、突き飛ばされる。帯が千切れて床に倒れるが、その痛みとは比べ物にならない衝撃を受けた。

「ふ、文香ちゃん!?」


 彼女の周りにあるのは、霧などという生易しいものではなかった。深淵の様にどす黒く、まるで不定形な魔物。それこそ壁画に描かれた怪物のような様相を呈していた。


「……いや」

「待って、これ、まずいかも!? 文香ちゃん!」

「もう……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 文香の叫びと共に霧は彼女から分離。みるみる内に霧は固まり、会場へ降り立った。


「ウヘェ……ようやく出られた」

「壁画の、怪物……!?」

「うわぁぁぁ化け物ぉ!!」

 クラスメイトの情けない悲鳴を聞き、もう一つ気がついた。周りの人間にもこの怪物が見えている。瞬く間に逃げ惑う人々で阿鼻叫喚となる会場。

「あ〜あ、さてと。出られたからにゃさっさと寄生主から独立しねえとなっ!」


 人語を話す怪物は奇怪な形状だった。まるで書道半紙を繋ぎ合わせたような薄っぺらい腰布、墨汁に浸した毛筆の様な体毛、肩から突き出した大量の筆。半紙に書き殴ったように顔面へ張り付いた単眼が不気味さを醸し出している。


「んあ、このガキか俺の寄生主は」

「文香ちゃん!」

 怪物は恐ろしい。しかしそれ以上に晶は恐ろしかった。蹲ったまま震える文香を見捨てる事が。

「何だ何だ、ガキばっかりで鬱陶しい。さっさと済ませちまうか」

 駆け寄った晶には目も暮れず、怪物は文香の作品へ近づいていく。額縁ごと壁から外し、作品を評価するように見始める。

「なぁんだこの汚ねえ字はよぉ」

「は……?」

 怪物の言葉に、晶は思わず言葉を漏らした。だがそれよりも文香に現れた異変に目がいく。

「ぁぁ、ぁぁ!!」

「文香ちゃんしっかり……って、何これ……!?」

 文香の首に巻きつけられた棘だらけの首輪。そこから黒い鎖があの怪物へと伸びている。これも壁画に描かれていたものと同じだった。

「俺の方がもっともっともぉっと上手い字を書けるのになぁ。こんな落書き捨てちまうか」

「ぅぁぁぁぁぁ!!!」

 怪物が文香へ侮辱の言葉を送る度に、首輪は更に黒く染まり、鎖は怪物にエネルギーを送る様に脈打つ。

「これだ、これの所為で! うわっ!?」

 鎖を外そうと手を伸ばしたが、触れた瞬間やけつく様な痛みが襲う。

「ダメだ、これじゃ……!」

「おいよく見とけ。お前の落書きがこの世から消える瞬間をな!」


 額縁に歪な手がかけられる。何をしようとしているかなど誰が見ても分かる。

「やめてよ……やめろ、やめろ!!」

 晶の叫びも虚しく、怪物の手が文香の作品を引き裂こうとした時だった。


「うっひひひ、真っ二つ、ウゲハッ!?」


 怪物の頭に蹴りが叩き込まれる。大柄な身体が勢いよく吹き飛び、手から作品が離れた。

「えぇっ!?」

 晶が驚いたのは、それをやってのけたのが普通の人間だった為だ。しかも見覚えがある。つい先程、晶がぶつかった青年だ。

「遅かった……もうアトラムが生まれていたか」

「ア、アトラム……?」

 晶の声に気がついた青年が目を向ける。

「君は、その子の友達?」

「え、あ、は、はい!」


「頼む、その子を励ましてくれ」


「は、はい?」

 逃げろ、ではなく、励ませ。そうしてやりたいのは山々だが、怪物がいるこの場で優先すべきことなのか。そもそもあの怪物、青年がアトラムと呼んだ存在はなんなのか。全て晶には理解出来ない。

 その様子に気づいたのか、青年は更に補足を加える。

「あの怪物は、その子の心に寄生して、心の傷をエネルギー源にしている。だから執拗にその子を追い詰めようとしているんだ」

「そんな、じゃあこのままだと文香ちゃんはどうなっちゃうんですか!?」


「心を喰い尽くされたら、存在自体が消える事になる」


 それはつまり、死を迎えるという事。否、それよりももっと悲惨かもしれない。言葉から察するに遺体すら残らないのだろう。

「そんな……」

「ウヌアッハッ!! ちくしょう、やりやがったな!」

 立ち上がり様に壁を殴り、アトラムが吠える。

「俺の邪魔をするってんならこうしてやる!」

 肩から筆を1本引き抜くと、墨汁を滴らせながら虚空へ文字を描き始める。

 ミミズがのたくった様に稚拙で不格好な文字。

「な、なにあれ……!?」

「あの文字は、そうか!」

 青年は何かに気づいたのか、晶達の元へ走り出した。


「俺の美しい《火》を見な!!」


 文字は一瞬の内に火を纏い放たれた。寸前で青年が2人を抱え上げて文字を回避するが、外れた文字は会場の壁に衝突。無数の火種を撒き散らし、他の作品へ燃え広がり始める。

「やだ……やめて……皆の、皆の作品がぁ……!」

「文香ちゃん! しっかりして!」

 鎖が更に黒くなる。同時に文香の身体が徐々に透け始める。このままでは青年の言う通りになってしまう。

「文香ちゃんは優しいのに……さっきだって皆の作品の事を気にかけて……昔から、字を書くのが好きだっただけなのに……!」

 一生懸命描いた作品を貶され、好きな事を茶化され、怪物に心を蝕まれ、苦しんだ末に消えてしまうなど。

「消えるなんて、絶対させない!!」


「……俺が時間を稼ぐ。大丈夫。きっと君の言葉は彼女に届くから」


「お兄さん……!?」

「時間稼ぎだぁ? やってみろ、よぉ!」

 アトラムが再び字を書き殴ると、先程と同様に《火》の文字が青年へ飛来する。このままでは青年が焼き尽くされてしまう。

 しかし青年は一切物怖じせず、懐から何かを取り出した。


 晶はその形状に見覚えがあった。理科の実験で用いる試験管。しかし明らかに違うのは、死神の様なキャップが付いている事。中では気泡を立てる液体に包まれる、金属の破片の様なものが浮いていた。


 謎の現象は続く。何も無かった青年の右手首に、見た事がない装置の様なものが突如出現する。まるで巨大な扉を象った天面に、上下左右に空いた穴。そして扉に描かれた紋章。それを見た時、晶は気がついた。

「あれ、壁画に書いてた紋章!」


 試験管が装置の上部に装填された瞬間、青年に文字がぶつかった。爆風が晶と文香を煽る。

「お兄さん!」

「ぁ、また、また私の所為で……」

「ヘッハッハッハ、は?」


《リーパー・フラグメント》


 火は辺りに散る事なく、ある一点に吸い込まれる。青年の前に現れた巨大な石門。その横に大鎌を携えた黒布を纏った死神が浮かんでいた。深く被った外套に隠された頭は見えない。


《イグニスサラマンダー・フラグメント》


 更にもう1本取り出した赤い試験管が装置の下部に装填される。炎を吐く蜥蜴を模したキャップが発光すると、2本の試験管は更に深く中心へ引き込まれた。


《リアクション!!》


 装置から飛び出した炎を纏う大蜥蜴。先程の死神と共に青年の前に現れた巨大な扉に吸い込まれ、激しく炎上し始める。装置天面と扉の紋章が輝きを増し、一層強く浮かび上がる。この時初めて晶は見えた。

 青年の目にも紋章が浮かんでいた。自分と同じ様に。



「変身」



 その一言と共に天面の紋章に触れた。装置の天面が左右に展開。大きく足を振り上げ、目の前で燃え盛る扉を蹴り開いた。


《ゲート カイホウ!!》


 開かれた扉から溢れ出る炎の激流に青年が包まれる。押し寄せる熱と光に、晶は思わず目を伏せた。

 隙間から見えた青年の姿は大きく変貌していた。


《炎舞・バースト!! イグニス・リーパー!!》


 髑髏の様なフェイスライン、2つの鎌を合わせたような形状のアイレンズは赤く揺らめく焔を纏う。胸の中央には肋骨に似た装甲に守られた赤い水晶が輝き、身体の関節にも小さな水晶が埋め込まれている。筋繊維を模した黒いボディスーツを、血液が流れる様に深紅のエネルギーが伝う。

 最後に天から舞い降りた燃える外套がその身を覆った。


《リーパー・サラマンダーの法則!!》



 さながらその出立ちは炎の死神。しかし自分達を背に立つ姿は、晶にとって正義の味方だった。


「な、なんだぁお前!? 名前言え名前!!」

「ん? ……輝蹟きせきユナカ」

「ちげーよ!! お前、錬生術師だろ! その名前を言え!」



「炎の錬生術師、リーパー……で、いいか?」



 名乗りが締まらないことを除いて。



続く

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