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第10話 奇々怪々? 忍び寄る不穏な影 前編

 

「いらっしゃいませ! ようこそジュエルブレッドへ!」

 朝日が昇り、1日が始まる時間が来ると、ジュエルブレッドの門が開く。

 仕事へ向かう前にその門を潜れば、香ばしいパンの香りが鼻を撫で、美しいメイドの接客が心を洗い、柔らかなパンを口に出来る昼時を楽しみとして店を後にする。


「おはようございます、灰簾さん」

「あ、おはよう晶くん。いつものクロワッサン?」

「はい、お願いします」

 晶からの注文を受け、灰簾は商品棚から手際良くクロワッサンを袋へ詰めていく。

 少し前、正確にはユナカの妹、ほたるの話を聞いてからだろうか。制服を着ることに抵抗していた灰簾が、今はこうして恥ずかしがる事もなく仕事に勤しむ様になっていた。

「あの、灰簾さん。もう制服は慣れたんですか?」

「まぁね。妹さんが、ほたるちゃんがお店を開いた時の為に作った、大切な思い出だもの。恥ずかしがるのは失礼だと思って」

 その時僅かに、灰簾は後ろの方へ目を向けた。黙々と仕事をこなすユナカは相変わらず無表情だが、真摯に取り組んでいる証拠だ。

 あの話を聞いてしまっては、晶もそれ以上ほたるのことについて聞けなくなっていた。

(でも、何だろう……きっとまだ何か、話してない事があるような気がして……うーん、でも聞き辛いなぁ……)


「あっ! 晶じゃん!」

「ぎゃっ!?」


 考え事をしている時に突如掛けられた声。晶が間の抜けた悲鳴を上げながら振り返ると、見知った顔があった。

「ぁ、あぁ、一狼いちろうくん」

「おはよう! やっぱ晶の眼帯かっけーな! 」

 虎門一狼。晶のクラスメイトであり、あまりに溌剌な性格からクラスでは浮いた存在である。だが右眼に眼帯をつけた晶も浮いた存在だからか、親しく接してくれる人物でもある。

「あれ、一狼くん、その目の隈どうしたの?」

「あー、これ? あ、そうだ母ちゃん! 晶にならあれ話してもいいよな!?」

「一狼……」

 彼の側に立つ女性が困惑する。晶は2人の様子が気になり、眼帯を外して周りを見つめてみた。

「……ぁ」

 寒気が走る。2人とも外目には平気な様子に見えるが、纏う黒い霧は既に実体化しそうなほどに濃くなっていた。

「でもね一狼、あの話は多分誰も……」

「あの、もしよろしければ」

 と、ここで灰簾が一狼の母へ歩み寄る。彼女の目にもこのただならない気配の霧が見えたのだ。

「ご相談に乗れるかもしれません。少ししたら、また来てもらえますか?」



「ん〜、ふふ。やはり思った通り。再精製すれば変身に使えるレベルまでいった」

 ザクロは部屋で一人、いくつかフラグメントを並べながら笑みを浮かべる。

 あの日、琥珀が店を去る間際にザクロはある提案をしたのだ。


「待ちたまえ。君が持っているフラグメントを私に預けて貰えないかね?」

「何故、ですか?」

「確かに今のままでも使えなくはないが、再精製すればきっと変身にも使用出来る筈だ」

「……分かりました。お願いします」


 こうして琥珀から託されたフラグメントを再精製したのだった。側から見ていたユナカが何度も、「終わったら返すんだぞ」と口煩かったが、ザクロとしてもこのまま借りっぱなしでいるつもりはない。

「そのつもりはないが、実地で使えるかどうかくらいはテストしないとねぇ」

 丁寧に、1本ずつ。それが終わるまで琥珀に返すなどとても出来ない。

 そして店の中から漂う気配に早速気づいたザクロは、並んだフラグメントの中から1本を手に取った。水銀で形作られたスライムのフラグメントを。



「怪奇現象、ですか?」

 忙しい時間帯が過ぎた後、ユナカと灰簾、そして晶は改めて一狼達から話を聞く事となった。

「そーなんだよ! なんか変な物音とかするし! 誰もいない部屋から笑い声とかが聞こえたり!」

「最初は私も主人も気のせいだと思っていたんです。でも日に日に物音も笑い声も激しくなってきて……」

 話を聞けば聞くほど、晶の身体に妙な寒気が走る。心霊番組では何度も聞いた様な内容だが、実際に聞くとこんなにも恐ろしいものかと感じていた。

 が、それはユナカの隣で話を聞いていた灰簾も同じ様で。

「……あの、灰簾さん、大丈夫ですか?」

「んひっ!? な、なに、ユナカくん、急に話しかけないでよ!?」

「えぇ? あぁ、はい、気をつけます」

 むしろこのビビり方は、当事者でもないのに過剰とも言えるほどである。不思議なもので、自分以上に怖がっている他人を見ると冷静になってくる。晶は改めて平常心を保つ様にして話に耳を傾ける。

「幽霊ならまだしも、悪戯や空き巣だったりしたらと思うと……あまり酷いようなら警察にも相談しようと主人と相談もしたんですが……」

「すぐに動くかどうかは、少し分からないですね」

 ユナカは一瞬、琥珀に相談することも考えた。だが警部かつ市警である彼にこの一件を話すなら、まずはアトラムかダルストンズ絡みの事件である確証を掴まねばならない。

「もしご迷惑でなければ、自分達が張り込みましょうか?」

「えぇ!? いえいえそんな、申し訳ないですよ!」

「本当!? って事は晶も泊まりに来るのか!?」

 一狼の母とは対照的に、一狼本人は嬉しそうな声を上げる。

「晶くんは、どうだろう。まずはお父さんとお母さんに聞かないと」

「はい、帰ったら言います。一狼くん達の事、心配ですし」

 晶の返答にユナカは頷く。

「灰簾さんもお願い出来ますか?」

「あぇ!? え、えっと、私は、その……」

 しかし灰簾は目を逸らし、言い淀んでしまう。普段の彼女なら率先してついて行こうとする気がした為、ユナカは小首を傾げる。

「何か、あるんですか?」

「い、いやぁ、なにも、無いけど……うん」

「あー、お姉ちゃんも幽霊怖いのかー?」

 ここで一狼の無邪気で無慈悲な一言が刺さったのか、灰簾の身体がビクリと大きく震えた。

「い、いやいやいや!? ま、まさかそんな訳……!」


「ァァァァァァァァ」

「ぃぎゃぁぁぁっ!?」


 灰簾の否定は虚しくも、耳元で囁かれたザクロの幽霊声でかき消されてしまった。

「何をしてるんだお前は」

 腰が抜けて椅子から滑り落ちた灰簾を座らせつつ、ユナカは冷ややかな視線をザクロへ向ける。が、当の彼女は手にしたフラグメント・Vをペン回しの様に弄びながらご機嫌な様子である。

「何、ちょいと遊んだだけさ。幽霊が怖くて堪らない彼女でね」

「う、ぐ……別に、幽霊なんて作りものなんか……」

「おいおいおい、幽霊を作りものだなんて言うもんじゃないぞ」

 ザクロから飛び出した言葉に晶は目を丸くする。普段の物言いから考えて、この手の話を信じるイメージがなかった為だ。

 そしてそれはユナカも同じだった様で、

「意外だな、お前は幽霊を信じてるのか」

「実物なんぞ見た事はないがね。否定する根拠に確固たる物がない以上、存在しないだなんて安易に言えないだけさ」

 そこでザクロは振り返り、フラグメント・Vをユナカへ突きつける。

「こんな事を言うのは酷だが、そこの2人にはあまり時間がない。だが幸い、これは恐怖症の類だ。取り除く事はそう難しい事じゃない」

「どういう事だ?」

「恐怖の原因を取り除けばいいんだ、簡単だろう? 恐怖というのは未知から来るものだ。理解すればもう恐怖は抱かない」

 一狼と一狼の母は呆気に取られた表情を浮かべていたが、ユナカは気にしなくていいと言わんばかりに頷いてみせた。


「そんなわけで、幽霊退治と行こうじゃないか! フラ……んん、そこの迷える親子の為に!」




「ねー、痛いからやめてよセレスタさーん」

「この、この! 何逃げ帰ってんだこの無能ヤギ!」

「逃げ帰ったのはセレスタさんも一緒、いったぁ!?」

 セレスタからの乱雑な蹴りの一つがガーデルの顎を捉え、ボロボロだった棚へ激突。降り注ぐ埃塗れの陶器の追い打ちを受ける。

「あのー、モルオン。思った以上にやっぱ状況良くないって。もう錬生術師が3人も来てんのよ?」

 気を取り直し、ガーデルは微笑ましい表情で自身への虐待を見守っていたモルオンへ問う。しかしモルオンは表情を崩さない。

「焦る必要はないさ。どのみち僕達もフラグメントを集めなきゃならないんだ、あっちに集めさせるのも手段の一つだよ」

「本当かよ、負け惜しみとかじゃなくて?」

「それは少しある」

「やっぱ負け惜しみじゃねーかよ」

 ガーデルが非難を飛ばすが、モルオンは小さく笑った。

「大丈夫さ。何も錬生術師が皆、一枚岩な訳でもないし」

「どういう事?」


 すると、3人がいる部屋の扉が不意に開かれた。視線が一挙に集まる中、開いた扉の裏側から現れたのは。


「……誰」

「まぁ、可愛らしい女の子ですこと。こんなボロ屋敷にどんな御用で?」

「……」

 少女は答えない。金と銀が入り混じった長い髪は怪しげな輝きを放ち、3人を見据える瞳の色は左右で異なっている。


 右は黒、そして左は金色。


「ちょっと、勝手に入って来て挨拶もないってどういう神経してんの?」

 ここで元々苛立っていたセレスタが少女へ掴みかかった。しかし少女は一切動揺を見せない。それどころかセレスタの腕を掴み返し、薄く開いた眼で睨み付けた。

「貴様こそどういう神経をしている、失せろ」

「っ、こいつまさか、きゃっ!?」

 左目に浮かんだ紋章を視認した瞬間、セレスタの身体は吹き飛ばされる。

「え、おごっ!?」

 吹き飛んだ先にいたガーデルを巻き込み、2人同時に棚へと叩きつけられた。

「いやぁ、初めまして。実に2500年ぶりの世界はどうだった?」

「そんな話はどうでもいい」

 モルオンの挨拶を一蹴すると、少女は脅しをかける様に左手を掲げる。手首に片側の扉が欠損した、フラグメントゲートに似た装置が現れる。


「私の右眼の場所を、答えてもらおうか」


 ノイズがかかった様な少女の声に呼応する様に、腰のベルトに備えられたフラグメント・Vの1本が輝きを放つ。

 上半身のみの姿で悍ましい形相で叫びを上げる、竜のフラグメントだった。



続く

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