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幕末の忍び

作者: 五日北道
掲載日:2021/07/10

 京。

 以前より懇意にしている商人の家屋を定宿として、二人の男が膝を突き合わすようにして語らっている。


 見た目には、隠居する老商人とその跡継ぎの倅。引き継ぎの挨拶まわりにという名目で滞在している二人だが、そのじつ彼らは忍び。黒脛巾(くろはばき)の末裔であった。


「どうにも落ち着かぬ」

「何か事が起きたか、蔵人よ」

「いや、翁。まだだ」


 蔵人と呼ばれた若い方の男は、座りが悪いというふうに身じろぎした。


「まだ何も起きていない。今は、まだ」

「ふむ。まだ、とは穏やかではないな」


 翁は顎に手をやった。


「蔵人、我らが殿はまもなく入京なさるぞ、不安の芽は摘んでおかねばならん。おぬし、いったい何を懸念しておるのだ」

「……わからぬ。わからぬが、落ち着かんのだ」


 蔵人は、手早く見聞きした事項を述べていく。

 将軍警固を目的とした『浪士組』なる集団、京にやって来たはよいものの、内で随分もめているらしい。そもそも元が寄せ集め、もめて当然と言えばそれまでだが。


「それが、どうにも嫌な気がするのだ」

「ふむ」


 十四代将軍上洛に従う主君に先んじて、京に入った忍び二人。京にやって来た経緯こそ浪士組と似たようなものの、立場や内情は似ても似つかない。おもに火種となりそうな、浪士組主要人物の動向をひととおり聞いて、翁はひとつ大きく息をついた。


 内でもめるというのは、統制をとれる者が誰もおらぬということだ。

 すなわち、牙を持った獣が飼い主もなく、ただ野放しになっている。


「恐ろしいな。肚の底が疼きよる」

「だろう。攘夷だなんだと五月蝿いところに、血気盛んな有象無象だ。まるで落ち着かぬ」


 恐ろしい、落ち着かぬと言いながら、互いに不敵な目が合った。


「ああ。これも血筋かのう。蔵人よ」


 儂ら忍びは、所詮乱れた世にしか生きられぬ。大嵐の前触れに、忍びの血が騒ぎおる。


 そう囁いてにやりとわらった翁に、蔵人もまた口角をあげた。


「翁の場合、年寄りの冷や水にならねばよいがな」

「ぬかせひよっこが。若い者になんぞまだまだ負けん。熟練の手管とはどういうものか見せてやるわ」


 煽られて、俄然はりきった翁に、蔵人は目をすがめた。


「待て翁、何をするつもりだ」

「なに、儂ら本来の仕事じゃ。流言飛語を以て、かるく一騒動起こすのよ。どこの誰が何を考えてどう動くか、情報を集めるのにこれほど容易いこともあるまい。さてさて何が釣れるやら」

「火のないところに煙を立てる、か」

「なに、こういうことは大火事になる前に、小出しに抜いてやるのが肝要なのよ。少なくとも、殿が無事京を離れるまで、最小の騒動で最大の成果を得ねばならん」


 翁は膝に手をついて、よっこらしょと立ち上がる。

 そのとき、二人はかすかな物音を耳にした。


「尾けられたな蔵人」

「ほざけ。翁が下手を打ったのであろうよ」


 刹那。


 叩ききられた障子を左右に分かれ、二人は商人の服を脱ぎ捨てた。

 舞った衣を刺突が貫く。


「はは、さっそく騒動か。我ら腕の見せどころというわけだ」


 蔵人は低く構えると、現れた刺客にすばやく視線を走らせた。

 この敵、死に慣れている。躊躇がない。


「企み聞かせてもらった。お主らどこの者だ」


 すでに構えられた真剣から殺気が滴っている。しかし、どんな手練れに誰何されたところで答えられようはずもない。


「お互い、名乗りあっては支障が多すぎると思わんか?」


 翁の言葉を聞いて、刺客の頬に凄惨な笑みが浮かんだ。


「よかろう。ならば斬るのみ」




 先制、的確に狙いうたれた手裏剣は僅かな動きですべて回避される。

 あえて大きく動いて誘った蔵人だったが、刺客の素早さは予想を上回った。接近を許し、間合いに踏み込んでしまう。

 ふりおろされた刀身。

 匕首で流す、が、重い。腕が痺れる。

 すぐ真横から襲ってくる返しに、蔵人は低く前へ飛んだ。

 回転して起き上がれば、避けたと思った切っ先がすでに鳩尾の正面にある。

 あえて心の臓腑を差し出すように、蔵人は身を捻った。


 ぐっ


 呻いた声は誰のものか。

 そのまま顎へ跳ねあがる刃を、のけ反ってかわす。片手でその身を反転させ後ろへ。

 瞬時には届かない距離が開いた。


「たしかに仕留めたはずだが」


 いぶかる刺客に、蔵人は微笑んだ。懐から取り出した手裏剣には、受け止めた凶刃の痕がくっきり残っている。


「成る程。次は無い」


 床を蹴ったのは同時だった。

 横に一閃。

 床に突き立てられた忍刀が鋭刃を止める。


 ガキィィィンッ!


 続けて襲いくる刀は、しかしむなしく残像を斬った。


「……上か」


 蔵人が引きつけている間に、翁は梁の上へたどり着いていた。

 そこには、もとよりいくつかの道具が用意済み。

 梁をまたいで片側に錘(おもり)のついた縄を投げた翁は、無事に蔵人を引き揚げることに成功した。


 刺客の目がギラリと光る。まだ諦めていない目だ。


「急げ」


 幅五寸もない梁を、大きく二歩で駆ければ直後。

 裂帛の気合とともに、今の今までいた場所を刀身が通りすぎていった。風が起きる。木っ端が飛散する。


「呵々(かか)、梁を斬りよったわ」

「翁、早く」


 蔵人は有りったけの撒菱(マキビシ)を豪快にぶちまけた。

 手裏剣を投げ、牽制する。

 上から下へ狙うのだ、外すほうが難しい。


 キンッ!キンッ!


 高い金属音。手裏剣は刀に弾かれた。が、蔵人は間段なく手裏剣を放つ。

 さしもの刺客も、その刀で叩き落とすので手一杯になる。


「よし、開いたぞ」


 屋根の脱出路を確保した翁が、外をうかがう。


「……下に三人だ」

「面倒だな」


 刺客の仲間が待機していたようだ。


「ふむ、風が厄介だが仕方あるまい」


 煙玉を使う、と指示され、牽制を続けたまま蔵人は微かにうなずく。

 慣れぬ土地ゆえうまく風が読めればよいが。煙が風で消えてはたまらんの、とぼやく翁である。




 二人が屋根の上に躍りでると、さすがに気付かれた。軒下が殺気立つ。


「何奴!」

「不審の輩め!」

「名を名乗れ!」


 翁の読みどおりに、そのときちょうど風が止んだ。

 足元に叩きつけた煙玉から、あたり一面、煙が朦々と立ちこめる。徐々に視界がなくなっていく。


 先に行く。正午、第三会所。


 また落ち合おう、と短く告げた蔵人の姿は、一瞬後には濃い煙の中に溶けた。

 蔵人には刺客を引きつけてもらったが、翁は未ださしたることもしていない。先に行かせることに否やはない。


 蔵人の逐電から、多少の時間は稼いでやろう。


 翁は居直り、騒ぐ敵方に親切にも答えてやることにした。


「さて、問われたゆえに返答する。尊皇も攘夷も儂らは知らぬ。我が殿の望みは、ただ、飢えも病も無い世それのみ」


 尊皇だの攘夷だのと大層なこと、一介の忍びには荷が勝ちすぎる。

 しかし、己が眼で見てきたことならばわかる。覚えている。

 多くが死んだ天保年間のあの大飢饉も、未だ尾を引く安政の虎狼痢(コロリ)の蔓延(まんえん)も。

 殿のそばで、翁はずっと見ていたのだ。


 大飢饉のときも、流行り病のときも、打ち出された策が大した成果も得られなかったこと、遅きに失したこと、いくらでもある。それでも、彼らの主が諦めたことはない。飢えに死す者を見れば飢えがなければよいと願い、病に侵された者を見れば病がなければよいと願っている。


 心ある人であれば、それは自然の思いかもしれない。

 しかし、その思いを現実にするのは、尊皇より攘夷より、なにより困難なことだ。


 まだ騒がしい軒下を無視して、煙の中、翁は身を翻してひとりごちた。


「そう考えるとなかなかどうして、儂らは欲が深い」


 かつて翁と蔵人の祖先である忍びは、きっと、戦に苦しむ者を見て戦の無い世を望んだのだ。

 なのに、そうして訪れた太平の世の終わりで、今また更なる世を夢見ている。


 微風が煙幕を散らしたとき、忍び二人の姿はもうそこに無かった。





お読みいただきありがとうございます。


しばらく前、忍者ショーを見ました(数年ぶり二度目)

忍者ショーは殺陣がメインだと思うので、ストーリーが毎度似たようなテンプレでも良いんですよ。

良いんですが、ちょっとは違ってもいいんですよ?

と思って書いた、反省はしている(史料ひとつも読まなかったので!)


忍者ショーっぽく書けてるでしょうか?

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