衝突
空いている席を探してフラフラしていると名前を呼ばれた。
「おい。こっちこっち。ここすわりんしゃい」
声の主は高校時代から唯一今でも関係を保ってる薫だった。俺は言われた通りにその席に座った。
「久しぶりだな、薫。何ヶ月ぶり? 」
「一ヶ月も経ってないでしょうが。ところでお前さん、小説の方どうよ? 」
「ここで小説の話やめようぜ。この中で知ってるの薫と美依だけなんだから」
「あれ?そうだっけ。まあいいや、今日は目一杯飲もうぜ」
そんな話をしていると、ふと視線を感じた。菜央がこっちに近づいてきていた。
「ねえ、小説書いてるの? 」
急に話しかけられ、俺は茫然とし菜央を見つめていた。
「聞いてる?小説書いてるんだよね? 」
もう一度聞かれ、我に返った俺はようやく返事をした。
「ああ、うん。書いてる」
「どんなの書いてるの?ペンネームは?」
矢継ぎ早の質問に少々戸惑いながらも俺は答えた。
「まあ色々かな。ペンネームは秘密」
「教えてくれてもいいじゃん。私最近よく小説投稿サイトの作品読んでるんだ。その中にね、宮本耀って作家がいて、その人の処女作が凄くいいの」
嬉しそうに説明する菜央を傍らに俺は凄く驚いていた。なぜなら、その宮本耀は俺のペンネームだったからだ。
「ねえ、聞いてる? 」
全然返事をしない俺に少々腹を立てたのか、菜央は不満気な顔をしている。
「ああ、うん。俺も知ってるよその作家」
「ほんとに?でも、その人の作品は処女作がピークって感じだったな。それ以降は自分の世界観も伝えたいことも書けてなくて、万人受けしそうな安牌なストーリーっていうか、そんな感じで少し残念」
「お前に何がわかるんだよ。自分は書いてもいないくせに偉そうな事言ってんじゃねえよ」
つい声を荒らげてしまった。菜央が言っていることが全て図星だったからだ。
「おいおい、どうしたよ。何をそんな怒ってんだよ。少し落ち着きなさいなお前さん」
薫が仲裁に入ってきた。騒ぎを聞きつけて周りの奴等もヒソヒソと話してる。
「あいつ小説書いてたんだ。なんか大学卒業して就職もせずフラフラしてるのは知ってたけど、売れない小説家かよ。もういい年なんだから現実みろよな。挙句の果てに、あの北條に罵声浴びせて最悪だろ。社会のトップと底辺なんだから、間違ってんのはお前のほうだよ」
いつも俺が言われてきたことだった。才能もない、結果も出ない俺にはお似合いの言葉だ。
「帰るわ」
そう言って俺は、制止する薫と美依を振り払い店を出た。
夜の新宿を歩きながら、色々なことを考える。女性相手に怒鳴ったことに対する恥ずかしさや、この年になって定職に着かず叶うはずもない夢を追ってることに対する劣等感。負の感情が波のように迫ってくる。
「天才は二十七歳で死ぬんだっけか。なら、いっそこのまま死んどくか。そうすれば俺も天才の仲間入りだ」
俺は笑いながらそう言った。
「それ、そんな意味じゃないよ」
背後で誰かがそう言った。
「まだ何も成し遂げてないのに死んでいいの?このまま死んだらあなたは何者でもないよ。天才でも凡人でもない」
振り返ると、そこには息を切らしている菜央がいた。
「なんだよ、追いかけてきたのか。もう俺に用なんかないだろ」
「美依から聞いたよ。宮本耀、君だったんだね」
「ああ、そうだよ。まだ何か文句でもあるのか? 」
「ないよ。さっき私が言ったことを訂正するつもりもない。ただ、何も成し遂げてないのに簡単に死のうとする君に腹が立つ」
悲しそうな顔をして菜央はそう言った。
「お前には関係ないだろ。俺の人生だ、俺が決める」
俺はそう言い放ち立ち去ろうとした。
「……のに」
菜央が何か呟いたが聞き取れなかった。
「何か言った? 」
俺は聞き返したが菜央は何も言わなかった。
「じゃあな。もう俺には関わらないでくれ」
そう言って俺はその場を去ろうとした。
バタンっーー
凄い音がしたので俺は振り返り、驚愕した。そこには、仰向けに倒れて意識を失っている菜央がいた。