再会
改札を出て東口に向かう。仕事帰りの気怠そうなサラリーマンの群衆に息が詰まる。俺は人混みが嫌いだ。人の視線や会話、全てが癪に障る。東口に到着してすぐ喫煙所に入り、紫煙を燻らせる。煙草を吸い切ると同時に肩を叩かれた。
「遅刻しておいて一服とはいい御身分だこと」
少し怒った顔で美依が言った。
「ごめんごめん、人混みに疲れちゃってさ」
「いい歳なんだから、いい加減慣れなよ。じゃあ行くよ」
美依に先導され、歌舞伎町の飲み屋街に入っていく。
「今日って誰が来るの? 」
「菜央」
「誰だっけ? 」
美依が驚いた顔で振り返る。
「覚えてないの? と言うか、知らないの? 北條菜央」
「北條菜央って女優のあの北條菜央? 」
「そうだよ。同じクラスだったでしょ」
「へぇ、同じクラスだったんだ」
同級生が有名人になっているという事に驚く反面、自分にはなかった才能を発揮している彼女に、少し嫉妬していた。
居酒屋に着くと、もう酒宴は始まっていた。懐かしい顔ぶれではあるが、誰かわからなくなったやつもいる。一通り見渡し、一人の女性に目が行った。綺麗な長い黒髪。ハッキリとした目鼻立ち。その顔を見て俺は学生時代のある日の放課後を思い出した。
茜色に染まる夕陽を見ながら校舎裏で煙草を吸っていた。日中の喧騒がなくなったこの時間の学校が好きだった。空を見ながら物思いに耽っていると、誰かが近づいてくる足音がした。足音の主はクラスメートの北條菜央だった。
「高校生なのに、煙草なんか吸ってるんだ、しかも学校で。イキりたい年頃? 」
急に話しかけられたため俺は茫然としていた。
「大丈夫だよ。チクったりしないから。美味しいの? 」
「美味しくはないけど、落ち着くかな」
「へぇ、私にも吸わせて」
飄々とした表情で煙草を強請ってくるこの子に驚きつつ、煙草を一本渡す。菜央は煙草に火を付け、煙を吸い込む。苦い表情をし、少しむせる。
「不味いね、これ。でも、吸いたくなる気持ちはなんとなくわかるかも」
「やめられなくなるから、これきりにしといた方がいいよ」
俺はそう言って煙草を消し、立ち上がった。
「もう帰るの? ちょっとだけ一緒に話さない? 」
儚げな表情で菜央はそう言った。
「まあいいけど、何を話すの? 」
「天才って二十七歳で死んじゃうって知ってる? 」
「そんなの迷信でしょ」
俺はオカルトや迷信じみたものが嫌いだったため、少し冷たく返した。
「迷信かもね。でも、私は本当だと思うな。人って皆何かしら才能があって、でも成長していく過程で色々なものを見て、色々なことを教えられていくうちに皆同じようにリスクを取らずに安定した道を歩んで行くんだと思うんだ。その中でも天才って言われる人たちは、リスクを取ることを恐れなかった人たちで、自分の命を燃やしてそれを作品に昇華するから、沢山の人がそれに魅了されると思うの。だから、天才って呼ばれる人たちの寿命は短いんだよ。」
そう言った菜央は、哀しげな表情をしていた。
「人生ってのは、そんな甘いもんじゃねえよ。持ってるやつは持ってるし、持ってないやつは最初から最後まで何も持たずに死んでいくんだよ」
俺はそう言ってそこから立ち去った。
あれ以来教室で会っても話すこともなかったため、顔を見るまで菜央のことは忘れていた。あの時の俺には響かなかったが、俺の人生にあの言葉が及ぼした影響は多分すごく大きいものだったと思う。あの言葉がなければ俺は今、小説を書いていないだろう。