序開
何度も見た景色だ。もう見ることはないのだと思うと、感慨深いものがある。今日は祖父のお葬式だ。母に頼まれて祖父の書斎の整理をしている。祖父は本が好きだったため、色々な本が書棚に並んでいる。机から整理しようと机の引き出しを開けると一冊の小説が大切そうに保管されている。私はその本を手に取り、開いた。パラパラとページをめくると、一枚の写真が挟まっていた。そこには、一人の綺麗な女性が写っていた。
「誰だろう、これ」
私はそう呟き写真の裏を見た。
二○二○年九月七日、北條菜央
記された日付は二十年前のものだった。丁度、私が生まれた年だ。私は、その小説が少し気になり、読んでみることにした。
何度も書いては消し、それを繰り返す度に何も思い浮かばなくなる。俺には才能というものはなかったのだろう。そう痛感させられるには十分な程の月日が過ぎ、辛辣な言葉を浴びせられてきた。今年でもう二十七になる。小説家になると言って、就職はせず大学を卒業した。当時は何の裏付けもない自信を持ち、自分の才能を信じて疑わなかった。今は才能を持つ奴を羨み妬む、そんな毎日だ。この五年毎日小説は書いていた。だが、夢に費やす時間は、日を追うごとに減っていった。
何も思い浮かばなくなったので、小説投稿サイトを開き、適当に作品を読む。
「つまらないな、このストーリー。お前センス無いよ。もう諦めて就職した方がいいよ」
画面の向こう側にいる作家志望に対して罵声を浴びせる。自分も何度もやられてきたことだったが、俺はこいつのことを思って言ってる。ただの評論家気取りのやつと違うんだよ。そうやって自分を正当化し、心の平静を保つ。次に、今一番人気の作家の新作を手に取る。
「こいつの作品何で売れてるんだよ。読者ってのは本当にバカばっかりなんだな。小説ってのは日本語の美しさをストーリーを通して愉しむものだろ。こんな陳腐でありきたりなストーリーしか書けないし、日本語の美しさを微塵も理解してない作家がトップとは世も末だね」
そんなことを言っていたら電話がなった。彼女の美依だった。今日は会う約束はしてなかったはずだが、何の用だろう。そう思いつつ、電話に出た。
「もしもし。あんた何してるの? もう集合時間過ぎてるんだけど」
「何の話だ。今日は会う約束なんてしてないはずだろ? 」
「何言ってるの。昨日も言ったでしょ、今日は同窓会よ」
完全に忘れていた。今日は高校の同窓会だった。なんの節目でもない、意味のわからない時期の同窓会だったので、行く気はあまりなかったのだが、美依がどうしてもと言うから了承したのだった。
「ごめん、忘れてたわ。今から準備する。場所はどこだっけ? 」
「もう、本当にあんたってだらしないよね。わかった、私が駅で待っててあげるから、とりあえず新宿駅の東口まで来て」
そう言って美依は電話を切った。