強運
結局、彼等が大都市圏から車で脱出できたのは
単に、運が良かったからだった。
3台の車に分乗した10名は、
険しい山道を越えて東へと向かった
そして、ガソリンが底をつき始めた頃、
あの橋の周囲の集落にたどり着いたのだ
2人の子供たちの姿を見て
放っておけなかったのだろう
集落の年寄り達は、彼等を受け入れた
当時は、あの橋を中心に、
その周囲の建物や施設を含む広大な敷地が
バリケードに囲まれた安全地帯だった。
そこには、川の流域の過疎地全域から集まった
避難者たちが集結していた。
まあ、その全てが高齢者だったのだが
もしも、彼等が素直に地元の年寄り達の
言うことを聞いていれば、
そのコミュニティーもそこそこに
やっていけただろう
しかし、若人の労働力と、老人の知恵は
うまく噛み合うことはなかった
”タバコが欲しい”
それだけの理由で、マサノブ達は
地元の年寄り達の制止を振り切って、
高台の雑貨屋へと向かったのだ
当時は、どこからともなく人型が
コミュニティーの周囲に集まってきていた頃で、
皆がその脅威に対して正しく
認識していなかった
そして高台は、安全地帯の外にあった。
つまり、雑貨屋へたどり着くためには、
バリケードを越えて群がる人型を突破しないと
いけなかった。
....結果、その時の騒動で
安全地帯に人型が侵入してしまったのだ。
コミュニティーは即座に崩壊した
マサノブ達は、雑貨屋の隣にあった公民館に
立て籠もることに成功した。
そして、こともあろうに
そこへ命からがら逃げてきた生き残り達を
見捨てたのだった
なんと、その中には2人の子供たち、
つまり、キララとトシ坊も居た
マサノブは、公民館の鍵を開けずに、
お年寄り達だけでなく、2人の子供たちをも
見捨てようとしたのだ
ヤスが、おずおずと言った
「....でも、さすがにそれは、
俺と、テッペイが許さへんかった
キラちゃんとトシ坊だけは、なんとか
俺とテッペイが救い出したんや...」
ちんかわむけぞうは、サブマシンガンの銃口を
ヤスに向けながら、ちらりと
キララのほうを向いた
伸び放題の髪に、身体中にアザを作った少女は、
むけぞうに向けて小さく頷いた
ヤスは続けて言った
「その後、しばらくして、
川をデカいドローンが何度か行き来して、
そんで、あの大洪水が来よった。
水は公民館の側まで迫って、ゾンビどもを
あらかた流してくれたんや。
その後は、あんたらも知ってのとおりや」
むけぞうはぶつぶつと独り言を呟いた
「...ああ、あのダム決壊作戦は、
秘密裡に行う必要があった。
チョコボーラーの妨害を避けるためにな。
なんとか、市内の避難所には前もって
知らせることが出来たが、
川の下流域は、ドローンで大まかに偵察
することしか出来なかった
あの後、橋の上に
大洪水を生き延びた生存者が居ると知って
皆は、罪滅ぼしのつもりで救援物資を
流し続けてきたんだ」
そして、キララとトシ坊のほうを向いた。
むけぞうは優しく微笑むと、
2人の子供たちにウインクしてこう言った
「君達が”強運”を持ってくれていたおかげで、
こうして、リバーサイド同盟に
君達を迎え入れることが出来た
ようこそ、『リバーサイド同盟』へ!
そして、今まで
君達の強運にぶら下がってきた寄生虫どもの、
今後の処置についてだが....」
川の流れは穏やかで、「つぎはぎ丸」も
揺れることなく順調に川を遡っていた。
しかし、むけぞうはわざとらしく足を滑らせた
「おっと、足が滑った」
そう言うと、体勢を崩しながら
ステンガンもどきの引き金に指を掛けた
ズダンッ!
撃ち出された11.5ミリ弾が
ヤスの顔スレスレを横切り、
遠くの川面に小さな水しぶきを上げる
ヤスは、顔面蒼白で固まっている。
3人の女たちが耳障りな悲鳴を上げる
「もしも、お前が
彼女と坊やを救っていなければ
俺は、もっと足が滑っていたところだった。
2人に感謝しろ、
お前たちは、身勝手な行動によって
地元のお年寄り達を死に追い込んだ。
後で、その裁きは受けてもらうぞ」
そして、もう二度と目の前の不快な連中を
気にするのを辞めることにした
むけぞうは、ステンもどきの安全装置レバーを
セットした。
ちなみに、これはパクリ元のステンガンには
ない機能だ。
この安全装置は、かつて東京に残存していた
日本政府がこの銃を製造した時に、
新しく追加された機能だった。
もちろん、リバーサイド同盟で製造される
東京製のコピーにもそれは付いていた
そして、安全装置を掛けたステンもどきを
肩に背負い直すと、一人考え込んだ
(俺達だって、自分達が生き残りたいという
理由で大洪水を引き起こして、
恐らくは幾多の人々の命を
犠牲にしていただろう.....
あいつらを裁く権利なんて本来、
俺達にはないんだ
でも、あれほど巨大なコミュニティーを
存続させるためには、仕方のないことなんだ)
”大きな正義を成すための仕方のない犠牲”
その原理で動くことしか出来ないのだ
「ああ、君達はリラックスしてていいよ、
もちろんヨッシー君、俺は君の言うことを
信じるからね」
そして、さっきから黙って反対側の船縁で
縮こまっていた4人のほうを向いたのだった




