泣くなよな 1
「つぎはぎ丸」が到着した場所は、
『島』から12キロほど離れた
本土の海岸だった
そこは、川の河口域にある漁港町と近かった。
その漁港町は、
ヨッシーとスミレの故郷なのだが、
3年前の大洪水によって壊滅した状態のままに
なっている。
普段の「つぎはぎ丸」は、
子供たちの航海練習のために島の周囲か、
遠出をしても島から4キロほどの
一番近い本土の海岸で漁をしていた
しかし、今回は次のステップとして
こうしてここまで出向いてきたのだ
さて、ヨッシーは漁の主力である双子姉妹を
起こすために、
彼女たちの居る仮眠室へと向かうことにした
外から見ると、ブリッジの前に
低い出っ張りがあって、そこが仮眠室だ。
入り口は、操舵室の左舷のほうの足元にある
小さなハッチだった
ヨッシーは、ブリッジの左舷の入り口から
操舵室の中に入り、腰を屈めて
すぐ横のハッチを開いた
ダダダダダダダ.....
操舵室内には漁船のディーゼルエンジンの音が
響き、屈むヨッシーの隣ではジジイが
舵を取っている
ヨッシーは、ほとんど四つん這いの姿勢で
狭いハッチから中に入る
....それは、広さが畳3畳ほどで
高さがわずか1.2メートルの空間....
2人の少女がだらしなく寝そべっていた
ヨッシーは苦々しく思った
(くっ、俺とスミレは朝早くから
船を動かしているってのに
こいつらときたら....
その重いケツを張り飛ばしてやるぜ!)
そして、非常に穏やかな口調でこう言った
「おーい、そろそろ着くってさ...2人とも
起きたほうがいいかもよ...」
手前に寝そべっているのが姉のリナで、
奥に寝そべっているのが妹のリサ
仮眠室内は、外に比べるとエンジン音が
静かだが、手前のリナはゴソゴソと動くと
言った
「ん?何て言ったの?聞こえなかった」
ヨッシーは思った
(耳元で怒鳴りつけてやろうか?
それとも無言でその重いケツを
蹴り飛ばしてやろうか....)
そして、非常に穏やかな口調は保ちつつも
少し音量を上げて再び言った
「だからぁ、もうすぐ着くんだって!
出来ればそろそろ準備したほうが
よくないかな?....と思っちゃったり」
リナはようやく、ヨッシーのほうに顔を向けた
奥のほうのリサも反応した
「お姉ちゃん、着いたの?
あ、ヨッシーじゃん!」
ヨッシーの目に見える双子姉妹は
Tシャツだけを羽織った姿だった。
そして、15歳の健康的な素足丸出しとさらに
Tシャツの裾からチラチラと見えている
競泳水着....
ヨッシーと同い年の双子姉妹は、かつては
ジュニア水泳界の新星だった。
将来はオリンピック選手になると言われており
メディアからも熱く注目されていた
そして、ヨッシーとスミレの兄妹と違って
都会的な風貌の持ち主だ
手前の姉のリナは、ミディアムロングの髪に
少し切れ長の目、
奥の妹のリサは、ショートボブの髪に
卵型の丸い目
2人とも双子なのでよく似ているのだが、
苦心してキャラの違いを出しているみたいだ
しかし、2人に共通しているのが、
フワリとした柔らかでゴージャスな髪質と、
その身に纏う都会的な雰囲気...
そして、競泳水着にTシャツだけを羽織った姿
すこし気だるそうな視線をヨッシーに向ける
姉のリナ
ヨッシーはゴクリと息を飲んで思った
(まあ、もしも、これがスミレだったら、
本当にダルいんだなーと思うだけだけど...
やっぱり、リナはどこか惹かれるダルさだよな)
そして、リナは言った
「ねえ、マッサージしてよ、ヨッシー」
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ダダダダダダダ.....
ジジイは、義手の左腕で舵輪を操作しながら、
横目でチラリと左下のハッチを見つめた
「あの野郎、律儀にもハッチを
閉めていきやがって!
中で何をやっているんだか....」
しかし、子供たちが仲良くしているのは
何よりのことだ....
(罪を背負うのは俺達だけでいい、
子供たちには、まっさらな世界で
生きて欲しい。
俺は、あいつらに、この世界で生きる術を
教えてやるんだ...
だから、まだ死ぬわけにはいかねえんだ)
3年経ってもなお、一瞬たりとも
頭から離れることはない暗黒の思い出...
小さな島に、他県の大都市圏からの避難者が
大挙してやってきた。
彼等の一部は、都会の裕福層で、
自家用ヨットやらクルーザーやらで来たのだ
彼等だって、世界が狂う以前ならば
まともな人間だったのだろう
しかし、ゾンビパンデミックは生存者たちの
本性を暴いた
「お前ら過疎地の連中はな、
俺達が都会で稼いだ金で
インフラとか整備させてもらってたんだぞ」
「地方交付金でぬくぬくと
暮らしてきたんだからよ、
こういう時には俺達に恩返しするのが
当たり前だろ」
結局、彼等は暴走して
この島を支配しようとした。
そして、それは島の住民全員を
破滅させかねないことだった
仲間の一部はこう言った
「都会から来た連中は皆殺しにしよう!
生かしておくと禍根を残すことになる」
しかし、ジジイはそうしなかった....