シスコン
「つぎはぎ丸」のブリッジ内の操舵室には、
大きいほうのタブレットPCが置いてあった。
小さいほうは通信用として
ジジイが持っているのだろう。
そして、魚油ランプが照らす足元には
仮眠室のハッチがある
ヨッシーはそのハッチを開けた
「ういっす、俺っす、来たよーん」
努めて明るいキャラを演じて
心中のドキドキをごまかしながら、
四つん這いになって室内に入る
高さ1.2メートル、畳3畳ほどの仮眠室は、
出入り口そばの天井に電池式のLED照明が
張り付けてある。
ゾンビパンデミック以前は
100円ショップとかで売ってたやつだ。
縦長のその照明は、本体ごと手で押すと
それがスイッチとなっていた。
同時に、臭い魚油ランプの火を吹き消す
オレンジ色の灯りが白色に代わる
奥から、リサ、リナ、スミレの順で
少女3人がゴロリと寝転がっていた。
ヨッシーは、魚油ランプを外に置いてから
ハッチを閉めて、再び少女たちのほうに
向き直った
すると、こちらに背を向けて寝ていたスミレが
振り向いて言った
「あ、にぃ、来たんだね。
んじゃあ、にぃは私の隣で
出入り口を守ってね」
スミレのこすからい鋭い目は半分閉じていて、
どこかジト目で見られているように感じる。
そして、ヨッシーの荷物が入ったバッグも
出入り口のすぐ側に置いてあった。
なんとなくムカついたヨッシーは、
ポケットから拳銃と弾の入ったプラケースを
取り出し、自分のバッグに詰めてから言った
「良かったな、兄ちゃんが来たから
安心して寝れるな。
それにしても、外はクソ寒かったぜ!
...スミレ、少し俺の身体を温ませろや」
そして、天井のLED照明を指で押して消し、
スミレの隣に寝そべると、
おもむろに小さな妹の身体を
抱きしめたのだった
「ちょっと、変態、辞めてよ!
キモイから、シスコンマジキモイ!」
ヨッシーはモゾモゾと動くスミレの身体を
しっかりとホールドして言った
「はあ?何を乙女みたいに抵抗してるんだよ、
生意気だぞ。
勘違いするな、俺は暖を取りたいだけだ」
とは言いつつも、
思った以上に”非おこちゃま”な感触に驚く
(やべえ...もっと、おこちゃまっぽく
骨ばってゴツゴツしていると思ってたら、
意外に”女”だった)
無理もない、ヨッシーの妹のスミレは13歳、
本来なら中学2年生なのだ。
ゾンビパンデミックが起きた3年前は
彼女は小学生だったため、
ヨッシーの中での妹のイメージはいつまでも
小学生のままだったのだ。
しかし、今更引き下がるわけにもいかない
後ろで無造作に結んだ長髪は、細く滑らかで
ヨッシーの鼻と口元をくすぐる。
若い娘特有の甘い果実のような香り
そして、柔らかくも強く反発する若木のような
しなやかな肉体
エネルギーが下半身に満ちるのを感じて
ヨッシーは自粛した
(いかんいかん、いくらなんでも実の妹だぞ)
しかし、スミレの小声がヨッシーの体内に
響いた
「まあ、でも確かに、にぃの身体は冷たいね。
...しばらくはいいけど、
暖まったらすぐに離れてよ」
スミレの優しさに感動したヨッシーは
本当に『シスコン』になりかけた
と、リナの声が聞こえた
「んあ...ヨッシー、来たの?
私、本当に寝ちゃってたみたい
とりあえず、隣に来てよ
あ、その前に、天井の照明を付けてね」
リサの声も聞こえる
「私もガチ寝してた。
ねえ、ヨッシー、こっちに来なよ」
結局、ヨッシーは、天井のLEDを再び点灯して
スミレの身体を乗り越えてリナの隣に来た。
仮眠室の中は白いボンヤリとした照明が灯り、
奥から、リサ、リナ、ヨッシー、スミレの
順に並んで寝ころんでいる風景だ
ヨッシーは思った
(どういうシュチュエーションだよ、俺の顔の
すぐ側に同級生の女子の顔があるとか....
それにしても、なんで俺をここに
召喚したんだろ)
一生懸命、ソ連のブレジネフ書記長と
東ドイツのホーネッカー書記長のキス画像を
頭の中に描いて、心を萎えさせる
しかし、リナは低い声で話し始めた
「私たちの両親はね、横浜でIT系の会社を
経営してた。
ま、自家用ヨットを持ってたから分かると
思うけど、それなりに金持ちだった
水泳選手を目指す私たちに惜しみなく
協力してくれて、いいコーチも付けてくれて
本当にいい親だったと思う」
ヨッシーとスミレは固まってしまった。
リナの妹のリサも黙っている
そして、リナは淡々と続けた
「でも、私たちにとってはいい親だったけど
他の人たちに対してはいい人じゃなかった
特に、地方の人たちを軽視していて、
世話になっているはずの島の人たちのことを
見下してた。
そう、漁業とか農業とかやってる人たち」
低い天井を見つめていたヨッシーは、
ハッと横を向いた
そして、すぐ目の前に、自分のほうを向いた
リナの顔があった
乱れているものの、フワリとしたゴージャスな
前髪が額にかかり、切れ長の目の中の黒い瞳は
じっとこちらを見つめている
そして、ヨッシーも、こすからい鋭い目を
じっと、リナのほうに向けていた
・・・・・・・
リナは、天井を見上げると続けた
「島の人たちが、必死になって避難者のために
食料や物資を調達している間も、
不満ばかり口にしてた。
やがて両親は、自分らと同じように都会から
逃げてきた人たちを集めて、
計画を練るようになった」
ふいに、奥からリサの声が聞こえた
「お姉ちゃん....」
しかし、リナはさらに続けたのだった




