最終決戦~チョコとバーボン
『おとこ丸』は、例の鉄道橋も通り過ぎて、
両側に険しい山岳地帯を望む渓谷に
入っていた。
子供たちと犬たちは、全員が船の前部デッキに
移動している。
川の両側は、打ち捨てられた家屋や畑が
大洪水によってさらにボロボロになっており、
まるで、”死後の世界への旅路”のようだ
しかし、目の前の風景は、スミレにとっては
もう2度目か3度目だった。
「あ、ああ....大丈夫だよ皆、
この川を遡れば、
ちゃんとリバーサイド同盟があるからさ。
ビックリするよ、
ショッピングモールや学校があるんだから」
ずっと項垂れていたスミレが、
ようやく顔を上げて喋った。
すると、両隣りの犬太郎と犬次郎が、
彼女に対してペロペロ攻撃を開始した
「分かった、分かったってば!!!」
ようやく笑顔を見せて、2匹の犬達を
なでなでするスミレ
やがて、ふいに、こすからい鋭い目を
さらに険しくさせたスミレは、
ボツリと独り言を呟いた
「そういえば.....あの女、誰??」
その言葉に、他の子どもたちがハッとする
少しふくよかな体型のユッキーが言った
「えっ、ええっ??
もしかして、スミレちゃんも見えてたの?
いや、見えてるのは私だけかなーって...
ほ、ほら、輪郭がボウっとしてて
実在感が無かったから....
私、ほとんど寝てなくて疲れてたし、
変な幻覚でも見えてるのかなって....
えっ、ええっ!!!」
丸坊主のじゃがいも頭のカズヤが言った
「おいおいおい、あの金髪美女って、
リバーサイド同盟から来た人じゃないのか?
俺、ムケチン・チームの内訳について
そこまで知ってるわけじゃないから、
てっきり....
えっ、ええっ!!!」
スミレが答える
「いやいや、ムケチン・チームに
あんな外人の女が居るわけないじゃん....
それに、服装がフリフリしてて
明らかに浮いてたじゃん」
子供たちの中に恐慌が走る
ウェーブの掛かったロン毛のプリンスが言った
「落ち着け皆、落ち着くんだ!!!!
スミレが知らないだけで、あの人は
リバーサイド同盟から来た助っ人に
決まっている!!
コスプレ風の服装だって、
ああいうファッションなんだ!!!」
スミレが言った
「でも、輪郭がボウっと...」
しかし、プリンスはウェーブした髪を振り乱し
力説する
「輪郭がボウっとしてるのも
ファッションなんだよ!!
ああ、思い出した!!
そういえば、本場ロサンゼルスで
あえて輪郭をボウっとさせるのが
流行っていた気がする!!
うん、やっぱり、外人は
最先端のファッションに敏感なんだ!!!」
結局、スミレはウンウンと頷いた
「だ、だよね!!
皆が同じ幻覚を見るわけないし!
あの外人女性、多分、
急遽派遣された大砲の専門家か何かなんだよ!
うん、ずっと大砲の側に居たし間違いない!」
犬太郎と犬次郎を両脇に抱きながら、
無理やり納得するスミレだった
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その外人女性は、ヨッシーの目の前に居た
『つぎはぎ丸』の操舵室で舵を取るヨッシー
フロント窓から見えるのは、船首に向かって
一直線に伸びる120ミリ艦載砲、
そして、砲身に座る金髪美女だ。
さらに、その先には太い曳索ロープが伸びて
先を行く『海賊船』まで繋がっている
そう、『海賊船』によって『つぎはぎ丸』が
曳航されている風を装っているのだ
「まあ、見えてるのは俺だけだろうけど...
存在感を顕著に表しすぎだよね。
多分、アドレナリン過多の
俺の脳内が生み出した幻影だろう」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、
ヨッシーは周囲を確認する。
丁度、出航したばかりなので、
左舷側には港の建物群が見えている。
・・・・・・・・・
船の進みと共に建物群が後ろに流され、
ふいに青い大海原が出現した。
そして、ついに『島』が目視できた
こちらから見て東南東の方角、
約14キロメートル先だ.....
「島の皆、今までよく我慢してきた。
でも、これから待ちに待った復讐の時だぜ!!
今から、俺達が憎きボフォース船を
やっつけるからよ!!
待ってろ....待ってろよ!!!」
こすからい鋭い目をさらに険しくさせて、
ヨッシーは呟く。
フロント窓のダッシュボードには、
今はタブレットPCは無く、
置いているのは通信用スマホだけだ。
それと、
『ゲータレード』と『ハーシーズチョコ』
ヨッシーは、ぶっとい包みのチョコに
手を伸ばした。
荒い息遣いで皮を剥いて口に頬ばる
まろやかな日本製チョコとは違った
濃厚なアメリカンテイスト....
そして、『海賊船』の操舵室にはジジイが居た
この船は、準2階建てのブリッジなので
見晴らしがいい。
東南東、14キロほど先の『島』を
鋭い眼差しで見つめるジジイ
しかし、その表情と相反して、
ジジイの心中は幸せだった
「この時間にラジオドラマの最終回を
流してくれるとは....
リバーサイド同盟の粋な計らいだね」
そう、ジジイのマイスマホからは、
リバーサイド・ラジオが流れているのだ
耳に心地よいテノールボイスのマサルが、
ついにヨシコに告白する
さらに、ジジイの手には
一本のバーボン・ウイスキーが
握られていた。
それは、もちろんこの海賊船から押収した物で、
赤い封蝋が特徴の
『メーカーズマーク』という銘柄だ
封蝋のおかげで未開封なのが一目瞭然。
ジジイは、荒い息遣いで封蝋を開けて
バーボンを瓶ごとラッパ飲みした
まさに、死地に赴く西部劇のヒーローのようだ
「くはぁーー!!
最期の一時が、
こんなに幸せでいいもんかね!!」