タロサン10
この原発を去った軍人たちの宿舎からは、
大量の”食材”が発見された。
しかし、それは、残った職員たちを
軍人たちが気遣ったというよりもむしろ、
単純に持っていけなかった為だと思われる。
例えば、残っていた酒を見ただけでも一目瞭然
実は、この地方は
ワインやブランデーの産地に近く、
その品質はヨーロッパ産にも負けない程だ。
軍人たちは、周辺のコミュニティーから、
それら上等の酒類を大量に手に入れていた。
しかし、軍人たちの宿舎には、
あれほど沢山あったはずの
ワインやブランデーは一本も無く、
残されていたのは
大量の『ウォッカ』という有様
他には、
『トゥションカ』と呼ばれる瓶詰の保存牛肉
『じゃがいも』『たまねぎ』『にんじん』
『テーブルビート』などの根菜類
『卵』と『チキン』もあった
まあ、数年前までは
特に贅沢品とも目されていなかった食材たちだ。
しかし、今まで軍人たちのおこぼれで
生き延びてきた職員たちには、
これでも久しぶりのごちそうだった。
さらに、タロサンが
トレーラーで持って来た食材もある
『小麦粉』『チーズ』『ミルク』『揚げ物用油』
『マヨネーズ』『沖縄の主食スパム』
『ハーシーズチョコ』『ゲータレード』
『色とりどりのキャンデー』.....等々だ
・・・・・・・・・・・・・・・
大きな鍋に入った『真っ赤なボルシチ』が、
皆の食欲をそそる。
タロサン・パーティーの参加者たちは、片手に
『ウォッカ』のグラスを掲げていた
「それでは、皆、お待たせしたね」
まずはポルトノフ所長からの挨拶だ
鉢植えの低木にぶら下がるナマケモノの隣では、
我らが所長が立ち上がった。
とたんに、皆がザワザワとしはじめ、
特に年配の人々は大ウケしている
「???」
茶色のペンで額に”世界地図”を描いた所長は、
不思議そうな顔で皆を眺めまわしていた
「書記長....いや、所長、スピーチを!!」
誰かの野次が飛んで、ついに会場は
大爆笑に包まれた。
こうして見ると、彼は本当にゴルビーに
似ているのだ....
そして、次にタロサンのスピーチが始まった
木にぶら下がったままのミユビナマケモノ。
そこから発せられるのは、
朗々たるテノールボイスだった。
それは、職員たちの母国語で挨拶をした
「改めて諸君、私はビーグル社のタロサンだ!」
子供たちはビックリとした表情だ
「ленивецговорил!!」
タロサンは続けた
「諸君はこの場所に留まり、
世界を危機から救ってくれた。
その勇気ある行動、そして正義感には
心から尊敬の念を覚える。
さて、本日より、
諸君はビーグル社の同志として、
私と共に戦い続けることになる。
英雄達と共に歩む私の心は、誇りで
一杯なのだ!!!」
職員たちが歓声を上げた
「ウラー、タロサン、ウラーー!!!」
そして、タロサンは
スピーチの終わりにこう言った
「私の母国では、一丁締めという習慣があって。
まあ、ややこしいので
簡略化してやりたいと思う。
とりあえず、乾杯の前に一度、
グラスをテーブルに戻してくれたまえ
よろしい....
あ、メイシン、俺を椅子に座らせてくれ
うん、ありがとう....
それでは諸君、私の後に続いてくれ」
椅子にチョコンと座ったナマケモノは、
ゆっくりとした動作で長い両腕を左右に開いた
「......」
会場に居る全員が、タロサンの動作を真似る
タロサンは、ゆっくりとした動作で手を叩き、
”日本語”で締めた
「はああああああ、一件落着!!!!」
小さな子供たちも含め、100人近い人数が、
手をパンッ!!と叩いて合唱したのだった
『ハアアアア、イーケンラックチャック!!』
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マンションの屋上にあるペントハウス
ここは原発からはるか遠く、
時差が4時間程もある。
つまり、時刻は午後11時を過ぎていた
”西原美香”は、
スマホを片手にベランダに出ていた。
上を見上げると、あまりにも素晴らしい星空
「うん、今日はすごく星が綺麗だよねー
マジでロマンチック!
私も、しばらく星空を眺めてから
寝ることにしよう
うん、それじゃあ、また明日、バーイ」
SS団員の友人との通話を終えて、ミカは
パジャマのポケットにスマホを仕舞った。
ちなみに、彼女はかつて、
マンションの地下にある『核シェルター』に
居住していた。
今は、安全が確保されたということで、
屋上のペントハウスに居住している。
故に、眺めはとてもいい
ふと下を見下ろすと、
そこには異様な光景が広がっている....
このマンションは、
まさに”境界”に建っているのだ
人間の世界である”リバーサイド同盟”と、
人型の支配地である”外界”との境界だ。
大きな壁を隔てた向こう側では、
建物の灯りが未だに光り輝いている。
そして、このマンションを含むこちら側は、
人工的な光はまったく無い暗闇の世界....
さらに、その暗闇の下には蠢く人型の群れだ
ミカは、先程の通話の名残であるかのように、
独り言を呟いた
「ヨッシーくんにスミレちゃん、
リナちゃんとリサちゃん、小島さん
ウメさんとムケちゃんとマッシュさん...
性犯罪者...
皆、無時でやってるかな?
今頃、同じ星空を眺めてたりするのかな?
いやいや、
ムケちゃんとウメさんが居てくれるなら、
絶対にうまくいってるはずだよね!」
.....と、ガララッと音がして、
ペントハウスの広く豪華な掃き出し窓が開いた
そして、1人の男が出現した
「ウラー、ポルトノフ、ウラー!!!」
何やらご機嫌な感じで叫ぶその男の手には、
ゲータレードのボトルが握られている
そして、男はミカのほうを向いた
「ミカ、今日は星が綺麗だね!」
その男は、
質素な部屋着を纏い、髪はボサボサだった
(でも、全然みすぼらしく見えないのは
イケメンの特権だよね)
そう思いつつもミカは言った
「タロさん、お疲れ様でした。
部屋の前に置いてた夜食、
食べてくれました?」
タロは、リビングから降りてミカの隣に
やってきた。
そして答えた
「うん、焼きそば、とても美味しかったよ。
ありがとうミカ
そういえば今度、ボルシチを作ってみないか?
テーブルビートを使った真っ赤なスープだ」
「ええ?まあ、材料さえ揃えてくれれば
作りますけど」
「おっし、あのストロング・オバサン達に、
例の絶品ボルシチの作り方を聞いておく」
ミカは思い起こしていた
(うーん、今日は
ラジオドラマの収録が終わってから、
マンションに帰宅して....
一緒に夕食を食べておしゃべりをして...
お風呂に入ってから部屋に籠って)
タロは、ごく普通の一日を過ごしていたはずだ。
でも、どことなく隣に居る今の彼は、
何か大きな事を成し遂げて、
疲れていると同時に
満ち足りているように思える
そんなミカの思いを察してか、タロは言った
「ふふふ、ミカ、俺はあの日以来、
人生の密度が濃すぎて
混乱してしまうくらいなんだ。
前に言ったけど、
複数の自分が常に行動している状態だ
その中の一人が今日、
世界を救う活躍の一端を担ったのさ!」
「は、はい、おめでとうございます。
それと、
世界を救ってくれてありがとうございます」
そう言うと、ミカはおずおずと続けた
「今のタロさんの状態については、
一応分かってはいるんですけどね。
やっぱりイメージしずらいですよね」
タロは、少し微笑んで言った
「まあ、実際になってみないと、この状態は
理解できないだろうね。
でもね、ミカ.....
このオリジナルの身体に入ってる自分は
ちょっと特別でね。
全体の母艦といった役割になっている
全ての自分が戻って来る”器”なのさ」
「?????」
混乱するミカを後目に、しゃべり続けるタロ
「なぜなら俺は、最後の最後まで、
馬鹿で愚かで未発達で、
だけど愛するべき人間であり続けたいんだ」
そして、片手に持ったゲータレードを掲げた
「ウラー、ミカ、ウラー!!!」
そう言うと、
まるでウォッカであるかのようにクイッと、
ゲータレードを一気飲みしたのだった