タロサン2
『ビーグル社』のロゴが入った2機のヘリが、
原発の上空を周回している。
それらは、
立方体の巨大な建造物群を見下ろす位置に
やってきた
ボーイズ1のヘリを操縦しながら
アタウルフが言った
「なあ、タロサン....
一部の建屋が崩れているんだが、
それはタービン建屋なんだよな?
原子炉は無事なんだよな?
放射能とかは大丈夫なのか?」
タロサンの声が応える
「さよう、崩れているのはタービン建屋だ。
いいかね、この原発は加圧水型原子炉だ。
だから、タービン建屋には
放射性物質を含む1次冷却水は来ないはず。
ヘリの計測器でも、今のところ
放射線の異常値は検出されていないべ」
「..........」
アタウルフは、無言で崩壊したタービン建屋を
観察した。
ヘリ内部に、タロサンの声が響き続ける
「この前の地震によって損傷したのは、
主に発電と送受電の系統だ。
それと、外周のバリケードもだが。
流石に老朽化したとはいえ、
原子炉建屋と冷却系は、
堅固に造られておるのさ」
今度は、メイシンが言った
「あっ、見て!
崩れた建屋の中に人影が見えるわ!
.....ああ、見た感じ”人型”っぽいね」
「うむ、見ての通りの状況だが、
技術者連中は残ってくれている。
彼らが立て籠もっているのは、原子炉建屋と
タービン建屋の中間にある制御室だ。
流石に、ここを放棄したらどうなるのか
よく分かっているからね....
ま、この原発を支配していた軍人崩れどもは、
早速ここを見限って逃走したのだが」
「ふん、散々に美味い汁を吸っておきながら
真っ先に逃げるなんて!
見下げた連中だわ」
サムライ・チョンマゲのアタウルフは、
ヘリをタービン建屋に近づけ、
上空でホバリングさせた。
美しい黒髪の長髪を持つメイシンが、
ヘリの窓から下を観察する。
彼女の目に映るのは、
まるでゴキブリの群れのように蠢く人型たちだ
「ね、ねぇ、タロサン....
一体どれくらいの人型が
ここに居るんだっけ?」
耳に心地よいテノールボイスが答える
「うむ、ミーティングで説明したと思うが、
この原発に群がっている人型の数は
全然大した事はないさ....
推定”2千体”程度だ」
..........
アタウルフが不快そうに鼻を鳴らした
「ふんっ、確かに大した数じゃねえよな!
俺達は9、向こうは2000か...」
タロサンの声が言った
「おいおい、今更、怖気づいたのかね?
これもミーティングで説明したが、
人型の大部分は
原子炉建屋の中に閉じ込めているはずだ。
俺が、この原発の技術者たちに指示して
実行させた作戦だ。
その作戦は、成功したという話だ。
少なくとも、そう報告を受けている」
そう、原子炉建屋というのは、
異常に頑丈に出来ていてかつ、密閉されている。
そして、
”生きた人間の元に集まる”、
”水没すると弱体化する”
という人型の性質
タロサンは、上記の条件を利用し、
前もって人型を一箇所に集めて
閉じ込めておく作戦を実行させた
タロサンの得意げな声が続ける
「2000体いる人型の大部分は、
原子炉建屋内の外周部にある”回廊”に、
ギッシリと詰め込まれている....という話だ
遠隔操作で開閉できる入口をわざと開いて
誘い込んだ。
そして、その入り口を閉めて、
中に、外部からの
三次冷却水を注ぎ込んでやったのさ!
現状、回廊の下層階は水で満たされており、
閉じ込められた人型は
原子炉建屋内から出る手段が無い.....らしい
その内に、完全に回廊を水で満たして
人型どもを徹底的に弱体化させるつもりだ!
とまあ、そういうわけで。
君達が相手にするであろう人型集団は、
不確定行動タイプのはぐれ者たちで、
その数はせいぜい数百体だ....と思われる」
アタウルフが毒づいた
「くっそが、あんたの言ったこと、
ほとんど推測じゃねえか!」
しかし、タロサンが言い返した
「いや、これだけは
確信して言える事が一つだけある
それは、どんな状況であろうとも、
”君達はやってくれる”という事だ」
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.....なんだかんだ言いつつも、
ボーイズ1のヘリ内部では、各々が準備を
はじめていた。
アタウルフ、メイシン、ブルーノ、この3名は
全員が、プロテクターのついた褐色の戦闘服に
身を包んでいる。
さらにバイザーの着いたヘルメットを被り、
手にはモジュール式の小銃を持っていた。
ちなみに、
ヘリはAI操縦モードに切り替えている
そして、ついにタロサンから
ゴーサインが発令された
「それじゃあ、いくぜボーイズ!
ボーイズ1は、タービン建屋の外に着陸して、
出てきた人型どもを迎撃
ボーイズ2は、原子炉建屋の屋上に着陸して、
制御室までの道を確保だ」
ババババババババッ
タービン建屋の前の広い空き地に、
ヘリが低空ホバリングをしている
乾いた大地は、砂埃を盛大に巻き上げた
「Let's party!」
やがて、その砂煙の中から3名が出現した
アタウルフを真ん中にして、
左右にメイシンとブルーノ
元”SAS”大尉だったアタウルフは、
左右の2名に手で合図を送った
扇状に広がりながら
ゆっくりと前進するボーイズ1
各々のヘルメットには、スピーカーとマイク、
さらに小型カメラまで取り付けられている
スピーカーからタロサンの声が響く
「さて、ヘリは君らの頭上で、
君らの目になってくれるだろう。
戦闘については、素人の俺が
君らに口出しすることは無いが、もしも
7.62ミリ機銃の支援が欲しければ
いつでも言ってくれ!」
そして、ヘリは彼らの頭上に飛び立っていった
ズダンッ!
ズダンッ!
アタウルフとメイシンのアサルトライフルが
同時に火を吹く....
タービン建屋の崩れた外壁から出てきた人型が、
立て続けに倒れる。
銃を構えながら、目の前の光景に対して
メイシンが言った
「まるで、”トーキョーノ・コミケ”だわ
一回だけ日本滞在時に行ったことがあるけど」
同じく、目の前の光景を睨みつけながら
アタウルフが相槌を打った
「あそこより酷い戦場は無いと聞いているが、
そこを生き延びたんなら、きっと大丈夫さ」
ビア樽のような体格のブルーノは、
含み笑いのような表情を浮かべたまま
余裕そうだ。
しかし、彼こそは”神に愛された男”なのだ
タロサン曰く、
”神をも魅了する究極の美の化身”
ビア樽のような体格に、オールバックの黒髪と
顔の下半分を覆う髭
・・・・・そして、3人の目の前には、
こちらに迫りくる人型の大群があった