夜明け
端から見ると、ヨッシーと2匹の犬たちは
格闘しているように見える
「フウ、フウ、ハア、ハア...」
「ワン、ヴァン、ヴルㇽウ、ワン」
「キュィイン、ヒビピー、ヒー」
そんな光景を、濃紺色の警察の出動服に
腰に軍刀と拳銃を差したウメさんが眺めていた。
やがて、彼女にしては珍しく、
ヤレヤレ風に肩をすくめて言った
「ヨッシー君、ちょっといいかしら?
実は、普通の犬は....いわゆる
一般的に飼われている家庭犬というのは、
基本、もっと小さめで大人しくて従順なのよ。
でも、この2匹は元々が猟犬だし、
しばらくの間、
野生生活をしていたわけだから。
ええっと...つまり、
多少は先祖返り的な野性が丸出しなのも
致し方ないと思うの....
どうか、寛容な心で2匹に接してあげてね
お願いだから、また犬嫌いに戻らないでね」
猛り狂う胡麻毛の犬太郎と白毛の犬次郎。
2匹は、一緒になって
なぜかヨッシーの股間に頭部を突っ込んできた
ヨッシーは、ふいに
両腕をブンブンと振り回して加速をつけると、
2匹の犬の身体をビターンと叩いた。
「ハア、ハア、そ、そうなんすか?
ずっと犬を避けていた俺にとっては、
むしろ、犬太郎と犬次郎こそが
犬という存在のスタンダード・イメージ
になってしまいました。
心の中で、犬を飼う人間ってすげぇなって
思っていました」
ツナギ姿のマッシュルーム眼鏡が口を挟んだ
「例え、犬太郎と犬次郎が
誰の手に負えなくとも、
僕にとっては大切な命の恩犬だ!
僕が、責任をもって面倒を見ることにするよ」
すると、左舷部屋から3人の少女達が出てきた
リナとリサとスミレは、
ウェットスーツ姿で手に新品のタオルを持ち、
髪をフキフキしている。
フワリとした恵まれた髪質のセミロングを
拭きながら、リナが言った
「おっ、犬太郎と犬次郎じゃん!!
良かったねー、
むけぞうさんに連れてきてもらったんだ」
濡れてウルフのようになったショートボブの
リサも言う
「コラコラ、
まるで戦っているみたいだよヨッシー
拒絶せずに、
もっと彼らの愛情を受け止めたまえよ。
ペロペロ攻撃くらい許してあげなよ」
2人の姉妹に比べると重たい髪質で、
今や長い黒髪がお化けのようになったスミレが
言った
「フフフ、にぃ、相変わらず
犬嫌いオーラ丸出しだけど大丈夫?
それにしても、
ムケチン・チームがまたまた勢揃いしたね。
やっぱり、こうじゃなくっちゃ!!
.....あ、そういえば
ジジイはまだワクワクポートなの?」
白装束のちんかわむけぞうが、
彼がもうすぐ来ることをスミレに告げた。
そして、2匹の犬達と戦いながら、
ヨッシーが妹のスミレに言った
「おいスミレ、
濡れててもいい感じのリナとリサと違って
全く、お前ときたら....
目付きの鋭さと結びを解いた長髪のおかげで、
まるでメンヘラの幽霊みたいになってるぞ!」
「うるさい」
・・・・・
今、この空間には
”島組”と”リバーサイド同盟組”を
隔てる壁は何もなかった。
何よりも、
今の彼らは同じ”ムケチン・チーム”なのだ
・・・・・
少女達の出現によって、急に大人しくなる犬達
リナとリサとスミレは、前脚を揃えて
チョコンと座る2匹をナデナデし始めた
やっと落ち着いたヨッシーは、改めて問うた
「そういえばマッシュさん....
海賊共のパソに侵入?したおかげで
色々と分かったんですよね?
改めて、俺たちにも
その情報を知らせてくれませんか?」
ヨッシーの視線の先には、
”リバーサイド同盟組”の3人が居る
どことなく
神妙な顔になったウメさんとむけぞう。
そして、マッシュルーム眼鏡は、
僅かに姿勢を正してから言った
「あ、ああ、もちろんだ.....
思いもよらず
海賊達のパソを手に入れたことによって、
我々は正式にホルガーダンスク・クラブの
協力を得ることになった。
さて、クラブは
まずは海賊達の過去の通信記録を洗い出した。
ビーグルGPSサービスの位置情報の
過去データなども....」
ヨッシーたち”島組”は、じっと
マッシュルーム眼鏡を見つめている
「まずは、もっとも基本的で重要な情報から
海賊達は、総勢”41名”だ
うち13名は、我々がここで消滅させて、
3隻ある海賊船の1隻を拿捕した。
残りの”28名”が、島に居ることになるね
さて、昨夜の時点では、
沖合のボフォース船に8名が残って、
20名が水上交通船で島に上陸している」
ヨッシーは、
頷きながら頭の中で状況を整理した
海賊共の総数は41名
このワクワクポートにおいて、13名を殺して
残り28名ってことは....
つまり、海賊共の実に30パーセント以上を
始末したことになる。
ざまあみやがれ!
そして、海賊船は3隻、
その内のズングリとした漁船タイプは
今、自分達が手に入れている
島にとって一番の脅威である、
ボフォース砲搭載の底引き網漁船タイプは、
8名と共に沖合にて待機中
そして、
水上交通船タイプで20名が島に上陸中
(了解、現状は分かった)
マッシュルーム眼鏡は、
かけている眼鏡を直すような動作をしながら
続けた
「さっきも言った通り、海賊達は米軍支配地の
沖縄からやってきた。
それも、途中にどこにも寄らずに一直線に
この県の島を目指したんだ。
2日程かけて、1000キロ以上の距離を
ひたすらまっすぐにね」
ヨッシーが言った
「俺達の島は、チョコボーラーの本拠地から
結構、近くです。
つまり海賊共にとって、
自衛隊の近くで事を起すなんて、リスキーだと
思いますがね...」
マッシュルーム眼鏡は、肩をすくめただけで
何も言わなかった。
しかし、ちんかわむけぞうが後を継いで言った
白装束姿に肩にはサブマシンガンを背負い、
腰にハンティングナイフと拳銃を差している
「俺達は、情報源になるであろう2名の捕虜を
殺した。
それでも、ホルガーダンスク・クラブは
全ての情報を引き出してくれるさ。
海賊共がなぜ、島の存在を
知ることになったのか?
それは、おいおいと明かされることだろう」
「.........」
船内は沈黙に包まれた....
しかし、唐突に大声が聞こえて、
皆が左舷側のドアのほうを向いた
「そうだろうな、ああ、そうだろうよ!
しかし、今の俺にとっちゃあ、
そんなん”どうでもいい事”なんだ!!
連中が沖縄で情報を買ったのか?
それとも、
何やら裏で大きな陰謀が動いているのか?
俺にはどうだっていい、
ただ、ただ、海賊共を皆殺しにする
それだけが全てだ」
左舷側のドアは開かれ、
ドア枠にもたれ掛かるように長身を預けている
黒いドライスーツ姿のまま両腕を組み、
長い脚を交差させ、禿頭に白い髭、
鋭い目付きでじっと皆を見つめている
それは、まるで西部劇のヒーローのようだった
ヨッシーは、横を向いてジジイの姿を認めた
「ああ、その通りだジジイ、
難しい事は、他の連中に任せようぜ!!
俺達はまずは”ムケチン・チーム”なんだ。
ムケチン作戦の目的は、海賊共の殲滅!!
それこそが、何よりも
今の俺達が成さなければならない事のはず」
ヨッシーは、ジジイの元に走ったのだった
彼の後を、すぐに3人の少女たちが続いた
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海賊船の中から外に出たヨッシーは、
空を見上げた
時刻は午前6時を過ぎて、
すっかりと夜は明けている。
廃墟の漁港町の向こう、山々の背後の空は
透き通ったライトブルーだ
そして、空の片隅に、消えゆく星明りを認めた
(今まで、俺たちの足元を照らしてくれて
ありがとう.....)
夜の間、燦燦と輝いてくれた星明りは
大いに助けになった
ふと、思いついたヨッシーは、
そのまま言葉にして呟いた
「今まで俺達を見守ってくれて
ありがとうございます....矢之板さん」
なぜか空に浮かぶのは、もうこれから
絶対に会うことの出来ない顔だった....
それは、どちらかというと人当りが良く
好感の持てるサトシの顔だ
やがて、おぼろげだった最後の星たちも、
空の青色の中に溶けていった