遠吠え
すでに夜明け近く、空の色はだいぶ明るくなり、
自然光でも周囲がよく見えるくらいになっている
・・・・・・・
ちんかわむけぞうは、最後に残った捕虜に
拳銃を突き付けた。
スキンヘッド&編み髭の体格の良い男だ
25ACPを至近距離で数発喰らい、
腕は犬たちに噛まれ、全身から血を流している。
いかにも強そうな外見のその男は、今や
両手を上げてブルブルと震えている
しかし、剥き出しの腕には”龍の刺青”が
確認できた
ウメさんの声が言った
「躊躇することはないわ。
この連中は、パンデミック以前から
筋金入りの犯罪者だったのよ。
本国では、役人に渡した賄賂で罪を免れ
好き勝手やってきた。
こんな世界になって、ようやく始末できる
あなたが出来ないなら私がやるわよ」
しかし、むけぞうが言った
「いえ、こいつは生きていてもどの道、
島の人たちに引き渡さないといけません
そっちのほうが、はるかに地獄でしょうし
俺たちに引導を渡されるのは、
ある意味幸運な事なんです」
そう、捕虜は必要ないし、面倒を見る手間も
かけたくない。
何よりも、ここで死ぬほうがマシなのだ
むけぞうは、拳銃の銃口で捕虜をどついた
哀れな男は、両手を上げたまま
渡り廊下からワクワクポート内に入っていった
広い『待合室』には、
無造作に転がっている12体の死体がある
むけぞうは、
拳銃を数回振り下ろすジェスチャーをした。
男は、諦めきった表情でおとなしく跪き、
こちらに背を向けた
「..............」
無言で、項垂れた男の後頭部に、
『9ミリ拳銃』を突き付ける
そして、ダブルアクションの
重たいトリガーを引いたのだった
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”島組”、つまりヨッシーとジジイ、
リナとリサとスミレは、帆布に包んだ死体を
バックヤードに安置していた。
とりあえず事態が収拾して、
島の人間が迎えに来るまでの一時的な処置だ
金属製の『業務用出入り口』を開くと、
細長く狭いバックヤードがある。
そこに、サブジジイを安置した後、
5人はしばらく無言で佇んでいた。
すると、3発の銃声が響いた
しかし、ヨッシーには、
何が起きたのか大体予想がついていた
「まあ、むけぞうさんやウメさんが
ドジを踏むことはないだろうから.....
多分、海賊共は
13名全て”死亡”ってことだな」
ジジイが相槌を打った
「捕虜の処置については、事が終わってから
島に引き渡すのが道理なんだろうが。
ここで死んだほうがはるかにマシだな」
ヨッシーが言った
「ああ、死ぬまで
クレーンに吊り下げられた”山崎氏”が
居るから。
島の連中の手に渡ったら、
同じ目に合わされること請け合いだ。
全くもって、あの二人は優しいぜ」
すると、再び1発の銃声が聞こえた
とりあえず皆は、売店へ続くドアから
待合室に出ることにした
「皆、先に行っててくれ、
俺は、しばらくここで.....
すまねえが、
俺は、しばらくしてから来るからよ....」
ジジイの言葉にヨッシーは頷き、
少女たちを促してドアのほうへ向かう
ドアを開けると売店の跡地だ。
ガソリンと焼肉の匂いが漂ってきた....
何もないガランとした空間を抜けると、
広い待合室だった
そこには、
拳銃を片手に突っ立っているむけぞうが居た。
そして、その側に前のめりに倒れた死体.....
周囲のものと合わせると、合計13体の死体が
あった
ヨッシーたちの姿に気が付いたむけぞうは、
拳銃のデコッキングレバーを引いてハンマーを
降ろし、腰のホルスターに仕舞った
「ちょっとヨッシー君、ドライスーツが
ひどく汚れているんじゃないかね?
海賊船の中にシャワールームがあったから、
そこで身体を洗ったほうがいいだろう。
リナちゃんとリサちゃんとスミレちゃんも」
リナが、持っていたバッテリー照明で
ヨッシーを照らすと.....
彼のドライスーツには、
びっしりと汚れた液体が付着していた。
ドライスーツは黒色なので、
今まで気が付かなかったのだ
「あ、ああ、サブジジイを降ろした時に
身体で受け止めたから....
そうですね、
シャワーでサッと一洗いしますわ
リナとリサとスミレは、とりあえず
ウェットスーツの塩分を洗い流して、
後で着替えたほうがいいだろう」
力なく答えたヨッシーに、むけぞうが返す
「とりあえず、海賊共は排除され、
ここの安全は確保された。
ホルガー・ダンスククラブの協力も得たので、
島に居る海賊との通信は、
”ゴースト”が行ってくれるだろう
今の我々は、安全なひと時を得ているわけだ。
少し休んで、気分を落ち着かせるといい」
ふと、ヨッシーの手をスミレの手が取った
「にぃ、しっかり!」
妹のスミレは、ウェットスーツ姿で、
後ろで結んだ長髪はやや濡れている。
こすからい鋭い目を向けられると、まるで
睨まれているように感じる
ヨッシーはとても弱々しくなっていた
「あ、ああ、やっぱり
安全が確保されたとたんに来やがった.....
スミレ、ちょっと俺を
”抱っこ”して運んでくれや」
スミレは、怒ることなく返した
「できればしてやりたいけどさ、
にぃのデカさだと無理だっつの....
ほら、リナねぇとリサねぇと3人で
引きずってあげるから」
手足に力を抜き、情けない姿で
少女たち3人に引きずられながら、
ヨッシーの中には色々なものがこみあげていた
ウメさんも、後をついてきてくれている
やがてヨッシーは、
リナとリサとスミレとウメさんに、
四股を抱えあげられた。
4人がかりでよいしょっと抱えられて
渡り廊下を運ばれるヨッシー
リナがブツブツと言っている
「まったくもう、女子にこんな情けない姿を
晒したらダメだよ。
まあ、今は仕方ないと思うけどさ....
あの時は、私とあんたは逆だったもんね。
私みたいに、やらないといけない時に
こんな風になってしまうよりかはマシだよ」
ウメさんも同意してくれる
「ヨッシー君、今は私たちに頼っていいのよ。
あなたが陥っている状況は分かるから。
総一郎さんですら、おそらくあなたと
同じ状況だと思うわ」
リサが言った
「うん、ジジイはサブジジイの側で
うずくまってた。
しばらくそっとしてあげないと....
ん?......んん??
あれって犬太郎と犬次郎じゃない?
いけねぇ、すっかり忘れてた!!」
女子たちに抱えられたまま、顔を陸のほうに
向けると...
岸壁の際で、2匹の犬達がこちらを見ていた
ワクワクポートの陸側の入口は
鉄格子状のシャッターで閉められ、
業務用出入り口も閉まっている
つまり、犬太郎と犬次郎は置いてかれていた
「ヒーン、ヒーン」「キュウウン、キュウン」
ヨッシーが言った
「まあ、むけぞうさんが
出入り口を開けてくれるかも....」
ウメさんが言った
「でも彼は”空気が読める男”だからね....
出入り口があるバックヤードには、
総一郎さんが居るんでしょ?
しばらく気を遣って
入ってこれないと思うわよ」
「許せ、犬太郎、犬次郎」
ついに、犬達は、岸壁の縁に前足を揃え、
”遠吠え”を開始した
「ワオォ―ーーーン」「ワオォーーーン」
可愛そうながらも、皆には
遠吠えをするその姿がウケてしまった
「ププッ、ごめん、犬太郎と犬次郎」
「ちょっとオモロイ光景だよね...」
「見捨てたりしないから、待っててね~」
ヨッシーも、
少しは気分が晴れた思いがしたのだった