大反撃作戦~諦めの境地
地面に転がった人型の頭部は、
横向きになって口をパクパクとさせていた。
ザシンッ!!
その側頭部を、魔剣の切先が貫通する。
トドメ刺しを終えたウメさんは、
刀をビュンッと振って人型の体液を飛ばした。
その隣では、ちんかわむけぞうも、
同じようにハンティングナイフを振っていた
2人は同時に、刀とナイフを鞘に納めた。
駐爪が金属製の鞘をロックする”チンッ”
という音と、
チープなプラスティック製の鞘に
ナイフが収まる”ザザッ”という音が
同時に鳴る
「...........」
皆は、沈黙のまま二人を見ている.....
そしてウメさんは、LED照明の側に行って
片足を上げてブーツを確認した。
警察の出動服とセットの、
黒色の頑丈な『皮ブーツ』だ
「あちゃ、
ブーツに人型の体液が付着しちゃったわ。
まあ、ゾンビウイルスはとても脆弱だから
心配はないと思うけどね。
噛まれるか引掻かれるかして、
直接体内に侵入されない限りは大丈夫だし」
むけぞうと違って、ウメさんには
”ゾンビウイルス耐性”は無い。
今の所、体内に”チンカワ・アメーバ”を
持っているのは、男性だけなのだ....
それはいいとして、
皆の視線は2人に釘付けだった
犬太郎と犬次郎とジジイは、
コンクリート土台の隅っこに固まっている。
その他は、接岸された2隻の船に乗っている
ようやく、ヨッシーの隣のヤングジジイが
口を開いた
「軍隊の特殊部隊にでも居たのかね?
それとも、戦争屋(傭兵)かね?
もしかして外人かね?
Are you military special forces?
Or a mercenary?
Are you by any chance a foreigner?
....そちらの女性の方は、
服装からして警察の人なのだろうが」
ちんかわむけぞうは答えた。
白装束にヘルメット、
背中にサブマシンガンを背負い、
腰にハンティングナイフと拳銃を挿している
手の平をヤングジジイのほうに向け、
指の部分だけ
サッと振り下ろすような動作をして言った
「ヤーネ、シャチョサン!
ワタシハ、ニッポン・ジン、デスヨ.....
冗談はさておき、お初にお目にかかります。
私は、リバーサイド同盟から参りました
ちんかわむけぞうと申します。
かつて、特殊部隊や傭兵をやったことは
全くありません」
「ちょっ、なんちゅー名前じゃ!!」
ウメさんも自己紹介をした
「ヤングジジイさん、
あなたのチャンネルの大ファンです。
斎藤ウメと申します。
彼と同じく、
リバーサイド同盟から参りました。
お察しの通り、
私はかつて県警に勤めておりましたの」
そそくさと頭を下げ合う二人....
すると、マッシュルーム眼鏡が発言した。
彼は、ヤングジジイのすぐ隣に居たのだ
「どうも、お会い出来て光栄です....私は」
その声を聞いただけで、
ヤングジジイは反応した。
マッシュルーム眼鏡の肩をバンバンと叩く
「おお、その声!!俺の
”チャンネル・パートナー”じゃないか」
一通り自己紹介し合った後、
ヤングジジイが子供たちを見渡して言った
「よしっ、皆、気を取り直して一仕事だ!
バケツとデッキブラシを持って来て、
川の水を汲んで土台を洗い流すんだ。
ゴシゴシと擦れー
人型の体液を残すんじゃないぞ、
この場所は作業や休息に使うからな。
おっと、
ヨッシーたち『ムケチン・メンバー』は
やらなくていいぞ!
あーそれとジジイ、3体の人型はどうする?」
長身に禿頭に白い髭のジジイが答えた
「川に流して構わんだろう
この3体が流れ着くとしたら、
ワクワクポートじゃなくて”島の浜辺”だ。
潮の流れの関係でな、
この川に流された物は島に着くんだよ....」
そう、かつて
リバーサイド同盟の起こした大洪水によって、
この川を流れた人型が島に漂着したのだ。
あの時と違って、頭部を破壊された3体は、
普通の腐乱死体となるはずだ。
もしも、3体が島に流れ着いたとしても、
再び島に『ゾンビパンデミック』が
発生することはないであろう
リバーサイド同盟組に気まずい沈黙が流れる
ちんかわむけぞうが言った
「小島さん、俺とマッシュさんは
”ゾンビウイルス耐性”を持っているので、
俺たちが人型を処理しましょう」
マッシュルーム眼鏡も相槌を打つ
「ええ....倒した直後の人型は、
まだ体内のゾンビウイルスが
死滅していない可能性がありますから
先程ウメさんが言った通り、
ゾンビウイルスは人間の体内以外ではとても
脆弱とは言え、
リスクはなるたけ避けましょう
僕達にお任せくださいな」
コンクリート土台には、
『つぎはぎ丸』と『おとこ丸』の2隻の機帆船、
さらにそのケツに横向きに『モーターボート』
が繋がれている。
結局2人は、人型(と切断された頭部)を
足で蹴って土台の下の草むらに落とした。
マッシュルーム眼鏡とむけぞうは、
さらに土台の下に降りて
人型を川に流したのだった。
そして、子供たちは、
土台に残った人型の体液を洗い流した。
凄まじい腐敗臭が漂っているが、
それでも彼等は淡々と作業をしていた。
.........
島では常に大量のイワシを天日干しにしている。
故に、悪臭にはすぐに慣れてしまうのであった
//////////////////////////////////////////
十文字叶の声が言った
「ねえ、本当にこちらからの援軍はいらないの?
今、バックアップ作戦の為に
白装束の精鋭部隊を訓練しているけど...
その一部をそちらに回すことも
出来るのだけれど」
むけぞうが答えた
「奇襲というのは、人数が多ければいいって
わけじゃないんだ。
寝ている隊員たちを叩き起こす必要はないさ
それにね、すでに我々には最適な人材が
揃っていることに気が付いたんだ」
ここは、『つぎはぎ丸』の操舵室
フロントのスタンドには、タブレットPCと
ジジイのマイスマホが立て掛けられている。
マイスマホでは、
”ヤングジジイ・チャンネル”が生配信中だ
時刻は、夜中の午後11時を過ぎようとしている
そして、ムケチン作戦のチームメンバーたちが
揃っていた。
(チームデルタの2匹の犬たちを除く)
むけぞうは、リナとリサとスミレの、
3人の少女たちを見つめながら言った
「いくら白装束の精鋭とは言え、
チームチャーリーの”美月姉妹”以上に
水泳が得意な者がいるとは思えない
知ってると思うが、
2人はジュニア記録保持者で
将来はオリンピック選手になるのを
確実視されていた。
さらに、島では潜水漁をやっていたので、
海に潜るのはお手の物だ」
リナとリサが力強く頷いた
スミレはどことなく焦った表情だ
「そして、彼女たちに追従できるくらいには
水泳が得意で、さらにあの辺の地理に詳しく、
体格が小柄でヤル気にも満ち溢れた助手も
必要になる」
スミレがウンウンと頷く
むけぞうは、スミレにウインクしながら続けた
「ああ、もちろん、”特に危険な任務”は、
俺とウメさんと小島さん
.....そして、ヨッシー君にマッシュさんが
引き受けることになる」
むけぞうの持つ通信機スマホから、
カナエの声が聞こえる
「15歳のヨッシー君も、その、
”特に危険な任務”に参加するのね?
すると、ウメさんが言った
「ええ、彼の能力は私が保証するわ
中流の橋の上での出来事に、
マーケットのバックヤードでの事件、
地下室の訓練場、神社での戦い.....
それらを鑑みても、
彼の能力が飛び抜けていることが
分かるでしょう」
腕を組んで直立不動のヨッシー
彼の、こすからい鋭い目は爛々と燃えている。
(もしも俺を任務から外したら、もう勝手に
突撃してやる!!)
とでも言いたげに、
沈黙という圧力を皆に放っている
ジジイとむけぞうは、すでにだいぶ前から
諦めていた...
そして、ついにウメさんまでもが
その境地に至っていたのだ