ムケチン作戦~変な名前
時刻は、午後9時50分を過ぎている
空は満点の星空で、降り注ぐ星明りによって
川面はかすかに照らされていた。
操船に長けた者ならば、船の照明が無くとも
航行できるだろう
それでも『おとこ丸』は、照明を灯しながら
慎重にこちらにやってきた。
ヨッシーは、『つぎはぎ丸』の船尾に移動して
その光景を眺めていた。
やがて、室内灯を付けたブリッジの中に、
子供たちの姿を認めた
ヨッシーは、ハッとした
「ん?ヤングジジイがいないぞ!」
『おとこ丸』の舵を取っているのは、
船長のヤングジジイではなく、
丸坊主のジャガイモ頭の少年だ。
彼は、3馬鹿少年の最年長者のカズヤだ。
そして、タケシとカケルに
プリンスとユッキー。
5人の子供たちは、ブリッジ内の操舵室に
固まっていた
皆と一緒にコンクリート土台に居たジジイが
言った
「おーいヨッシー、
おとこ丸はつぎはぎ丸の隣に付けるぞ。
モーターボートを移動させるんだ」
ヨッシーは、モーターボートに乗って
エンジンをかけた。
リナとリサとスミレが『つぎはぎ丸』に
乗り込み、係留ロープを外す手伝いをする。
モーターボートは離れていき、
次に横に並んだ『おとこ丸』に
そのロープを投げた。
ブリッジから出てきたタケシとカケルが、
ロープを受け取って
『おとこ丸』の片舷のピットに
先端の輪っかを掛けた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うちのサブジジイが....サブジジイが、
まんぷく丸と一緒に残って!
そしたら銃声が聞こえて.....
ヤングジジイは、
途中でこの船を降りていったよ!
ワクワクポートを、近くの建物から
こっそりと偵察するって言ってた....」
興奮して喋るのは、
少しふくよかな体型のユッキーだ
ウェーブの掛かったロン毛を左右分けした
”漁港の王子様”ことプリンスが、
拳を握り締めて続けた
「本当に悔しいです!!
俺達に、俺達に....
あいつらに立ち向かえる武器さえあれば
一応、おとこ丸には、
火炎放射器を2基積んでるけど....
でも、あいつら銃を持ってるんですよ!
攻撃できる距離が違い過ぎる、クソ!」
川岸から突き出たコンクリート土台には、
船から降りたプリンスとユッキー
2人の前には長身のジジイが立ち、
その背後にリナ、リサ、スミレが居る
むけぞうとウメさんとマッシュルーム眼鏡の
”リバーサイド同盟組”は、
少し離れて佇んでいた。
興奮状態の犬太郎と犬次郎は、
屈みこんだウメさんによって
両脇に抱きかかえられている
ちなみに、コンクリート土台は
人間が10人以上居ても余裕なほど広く、
かつては絶好の釣り場だった
ジジイは、両手を広げると、
ユッキーとプリンスを抱きしめた
「お前たちが無事ならそれでいい.....
サブジジイもヤングジジイも、
その思いは同じだ。
いいか、俺らジジイ連中はな、
お前たちの為に居るんだ!
我が身を危険に晒しても、
それがお前たちの為になるなら、
全く構いやしねえんだよ」
ジジイに抱きしめられたプリンスとユッキーの
肩が震えている。
サブジジイを失うんじゃないかと、
恐怖と不安が襲ってきたのだ
その光景を見ていたウメさんは、
犬たちをむけぞうと技術者に預け、言った
「あなたたち、喉が渇いてお腹が空いてない?
私たちが用意した携帯食があるわ。
お湯で溶かす珈琲と、フルーツケーキよ
確か、つぎはぎ丸に積んでいたはずだけど」
ジジイは抱擁をやめて振り向いた
ユッキーとプリンスも、
聞き慣れぬ声の主のほうを向いている
スミレがハッとして言った
「うん、荷物の中にあったはず!
私が取って来るね。
リナねぇとリサねぇは、
コップとお皿を用意してくれる?
食器は、つぎはぎ丸だけじゃなくて、
おとこ丸にもあるからさ」
さらにウメさんが言った
「ペットボトルのお水と、
お湯を沸かすためのヤカンかお鍋もね
ケーキだけじゃ物足りないなら、
ヤキタコ・ブロックもあるからね。
あ、火を起さないといけないけど...」
つぎはぎ丸に乗り込もうとしたスミレが、
後ろ姿を見せたまま答えた
「大丈夫だよ、調理用の薪と魚油があるから!
小さな焚火をするための、穴あきバケツも
積んでるよ」
リナとリサとスミレは、
係留してある船に乗り込んだ
ユッキーは、改めて見知らぬ3人に
目を向けた。
....まあ、聞くまでもなく、3人が川の上流の
リバーサイド同盟からやってきたのは分かる
イメージしていたのと違って、
とても優し気な人たちだ。
1人は小柄な老婆、2人は若い男で、
少し屈みこんでそれぞれが犬を抑えている
ただ、その恰好はまさに完全武装だ。
銃らしきものを背負っていたり、腰には
刀のようなものやナイフや拳銃らしきものを
差している。
そして、2匹の犬達....
「??」
犬太郎と犬次郎を見たユッキーは驚いた
「あれ?もしかして、ゴマとシロじゃない?」
ゴマを抑えていた白装束&ヘルメットの男が
驚いたように言った
「もしかして、2匹の知り合いかね?
...ってああ、確か君達は漁港町出身だったね
町内の神社に住んでた2匹と面識があるのは、
全く不思議じゃないよね」
ユッキーは、近所の気さくなお兄さん風の、
その白装束に答えた
「....はい、私の両親は、あの神社の行事を
時々手伝ってて。
その時、私は、このゴマとシロと一緒に
遊んでたんです」
むけぞうに抑えられている犬太郎と、
マッシュルーム眼鏡に抑えられている犬次郎は、
旧友であるユッキーを前に興奮している
「キュウゥン、キュウン」
そして、ちんかわむけぞうは言った
「ああ、ヨッシー君は、犬太郎と犬次郎って
名付けたんだけど。
本当の名前はゴマとシロだったのか」
ユッキーは少し噴き出した
「ちょっ、犬太郎と犬次郎って!
変な名前ですねー」
むけぞうは、優しく微笑んだ
「ふふふ、確かに変な名前だ。
ゴマとシロのほうがしっくりくるよね!
ああ、ええっと、感づいてるかもしれないが、
我々3人はリバーサイド同盟から
やってきたんだ。
俺の名は”ちんかわむけぞう”さ」
ユッキーとプリンスは、
同時に突っ込んだのだった
「あなたのが、もっと変な名前だよ!!」