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漁港町

時刻は午後3時を過ぎていた


「つぎはぎ丸」は、2枚の帆を広げて

帆走していた


右舷からの追い風を受けた2枚の帆は、

左舷側に向かって膨らんでいる。

船首からマストの頂きに渡されたロープに

張られた三角形のジブセイルと、

マストから後方に張られた台形の

ガフセイルだ


この船は、ブリッジの前方に一本のマストが

立っていて帆走が出来る。

そして、ブリッジの後方には

エンジンルームを持っている。

つまり、帆走と機走の両方ができる

「機帆船」なのだ


ヨッシーとスミレは、じっと対岸を見ていた


遠くの陸地に見えているのは、

廃墟になった町


...そう、それはヨッシーとスミレの故郷の

漁港町だった。

いくつかの頑丈なコンクリート製の建物は

無事にその姿をとどめているものの、

木造の家屋はほぼ全滅している。

3年前の大洪水によってすっかりと

壊滅してしまったのだ


やがて船は、河口のすぐ側にある

港に入っていった


港は、防波堤に囲まれていて、岸壁には

船を接岸できるようにいくつものピットが

立っているのだが、

「つぎはぎ丸」が接岸するのは

ポツンと海上に浮かぶ『浮桟橋』だ


その長方形の箱型の浮桟橋は、

20×10メートルほどの大きさだった。

そして、渡り廊下によって、2階建ての

コンクリート製の建物と直接に繋がっていた


その建物は、海に向かって突き出した独特の

立地になっている。

さらに、こんな田舎の漁港町には

似つかわしくないモダンな形状だ


そこは、かつては、島と漁港町とを結ぶ

人員専用の連絡船の発着場だったのだ。


ゾンビパンデミック以前は、島は観光地として

それなりに本土と行き来があり、

この漁港町からは人員専用の連絡船が

定期的に出ていた


ちなみに、かつての県庁所在都市からの

定期便もあって

そこからは、100トン程の

小型のカーフェリーが出ていて、

一般乗用車や工事車両の行き来も出来たのだ。


ま、昔の話だ....


ブリッジの操舵室からジジイが言った



「この待合所の建物は、見ての通り

 海に突き出していて、

 かつ、施錠してあるので人型が

 侵入することができない。

 

 つまり、俺達は上陸することが

 出来るってことだ」



操舵室横の左舷側のシート操作用ピットの側に

スタンバイして、

ズンズンと近づいてくる浮桟橋を見つめながら

ヨッシーが言った



「ああ、俺とスミレにとって、

 あの待合所は馴染みの場所だぜ!

 リナ、リサ、俺達はここから連絡船に乗って

 島のジジイの家に遊びに行ってたんだ


 実は、2階の食堂のうどんが美味しくてね」


 

ヨッシーの側では、リナとリサの双子姉妹が

ロープを持って構えていた


フワリとしたセミロングの髪に切れ長の目、

Tシャツ姿のリナが言った



「でも、今は廃墟なんでしょ?わざわざ

 あの建物に入っていく必要はあるの?

 私は怖いから船の中に居る」



ヨッシーが答えた



「でも、船乗りってのは、機会があれば

 陸に上がりたがる性なんだ」



ふいに、ジジイの声がした



「よし、接岸だ、ヨッシー、スミレ、

 シートをフリーにしろ!」



ヨッシーとスミレは、それぞれの帆の

操作用ピットに巻き付けてあったシートを

一斉に取り外した


途端に帆が風を孕むのを辞めて

バタバタとはためく


そのまま、惰性だけで浮桟橋に直進した。

燃料節約のための根性だ!


元々、「つぎはぎ丸」の帆走速度は非常に遅い


ゆっくりと浮桟橋に直進していく


やがて、浮桟橋のすぐ横を船の左舷が

通り過ぎる形となった


即座に、ロープを持ったリナが左舷から

浮桟橋に上陸して、

そこのピットにアイスプライス加工の先端を

引っ掛けた


そして、フワリとしたショートボブに

パッチリした目、Tシャツ姿のリサが

そのロープを船の左舷の接岸用ピットに

巻き付ける


まずは、ピットに2回巻いて、

次は輪っかにしたロープを反転させて絞め殺す。

ロープがピンと張って、船は停止した



『はああああああ、接岸!!!!』



/////////////////////////////////////////



港には、「つぎはぎ丸」一隻だけが、ぽつんと

佇んでいた


船が接岸している浮桟橋から渡り廊下を歩くと、

海に突き出した2階建ての待合所だ


子供たちは船に残り、

一人で上陸するジジイの後ろ姿を見守っていた


リナが待合所の看板を見て言った



「わくわくポートって、なにそのダサい名称」



リサも相槌を打つ



「なんか、ゆるキャラもどきのイラストが

 痛さを倍増させてるんだけど...

 建物が妙に先鋭的で

 周囲から浮きまくっている感丸出しなのも、

 ”田舎あるある”すぎて痛すぎる」



ストレートの長髪を無造作に結び、Tシャツに

ショートパンツ、こすからい目のスミレが

言った



「リナねぇもリサねぇも、都会っ子だからって

 ディスりすぎだから!

 確かに、名前も、ゆるキャラも、建物も

 変だけどさ....

 にぃが言ったとおり、ここの2階のうどんは

 美味しかったんだから!」



リナがさらにディスる



「うどんって....

 海の見えるカフェとかじゃなくて、

 うどんって...

 そんなの原始人の食べ物じゃん」



言い争いを続ける少女たちを後目に、

ヨッシーは思い出に浸っていた



(俺が小学生だった頃....

 夏になると、小さなスミレの手を引いて

 この「わくわくポート」から、

 島のジジイの家に行っていた。


 水着と浮き輪だけを持ってな)



あの頃は、ジジイと自分も、

ごく一般的な”祖父と孫”の関係だった


ジジイの禿頭の後ろ姿が、

待合所の中に消えていく光景を見つめる


今ではジジイは、ヨッシーにとって

”絶対的な師”であり、

同時に、この敵意剥き出しの世界を

共に生き抜く”同士”のようなものだ



しばらく後、待合所からジジイが出てきて、

こちらに向かって手を振ったのだった


 



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