ムケチン作戦~心得
目の前を注視しながら、ウメさんは
十文字流の『唯一の心得』を呟いた
「我が十文字流の剣を受け継ぐ者は
神罰をも畏れず、
地獄の鬼をも喰らい尽くすべし
....なお、後世の者は、
技の名称を出来るだけソフトに改変すべし」
(13世紀頃、十文字流創始者の言葉)
///////////////////////////////////////
例え鉄を被せてあっても、生きた人間に
噛みついたり引っ掻いたりする行為は
続けようとするらしい。
”悪意の人型”の口の辺りには
狂悪な棘が生えており、
両手にはノコギリの刃が取り付けてある
こいつに取り付かれたら、身体をズタズタに
引き裂かれて
苦痛の極致を味わった後に絶命するだろう...
人型は、死んだ人間には興味を示さない
そして、こいつは
次のターゲットを探し続けるのだ
「その機能を停止するまで、延々と.....
ただ、人間に苦痛を与えて
殺すためだけに造られた殺人マシーンね
”憎悪と復讐の連鎖”に取り込まれた
哀れな存在よ、私が終わらせてあげるわ」
ウメさんは、刀を構えて身を屈め、
神楽殿の舞台の上で待ち構えていた
十文字流奥義『坊主斬り』
この奥義は、他とは違って、
はるか昔からその名称は変わっていなかった。
すでに割とソフトだからだ
しかし、
現代の剣道においては有効打突とはならずに、
見た目も優雅とは言い難い。
故に、公の場では日の目を見ることはない、
十文字流の秘密の奥義だった
ズシ....ズシ....
悪意の人型は、正面の短い階段を上り始めた。
円柱形の頭部がどんどんせり上がってくる
前から分かってはいたが、人型は
頭部にある「視覚」「聴覚」「嗅覚」に
頼ることなく、生きた人間を察知する能力を
持っているらしい
ウメさんは、もはや麻痺している嗅覚以外の
感覚を研ぎ澄ました
ズシ....ズシ....
目線の高さと、人型の胸の高さが
同じ位置に来た.....
「今だ!!!」
両腕の先端に取り付けられたノコギリの刃が、
こちらを襲わんと持ち上がっている!
普通の人間にとっては絶望の瞬間でも、
十文字流にとってはチャンスの瞬間だ
「坊主斬り!!!」
ウメさんは、悪意の人型の横を通り過ぎた
バサンッ!!!
まるで放たれた矢のような速度だった
両手に持った95式軍刀『魔剣』は、
斜め上方向に真っすぐ突き出されている
そして、ウメさんは宙に浮いていた
どう鍛えても、
人間は重力に勝つことは出来ない。
神楽殿の舞台から地面までは、
せいぜい1メートル程度だが.....
ドシャア!!!
それでも、短い階段を飛び越えたウメさんは、
無様に地面に衝突したのだった
ズザザザザー
同時に、重たい物が短い階段を滑り落ちる音。
(次の人型が来たらやられる!!!
こんな所で呑気に
寝そべっている場合ではない)
全身の痛みを無視して、
まるでコメツキムシのように勢いよく
立ち上がるウメさん
目の前には、
今まさに短い階段を滑り落ちた下半身と、
その上を転がる上半身。
とは言っても、大部分が下半身だ。
上半身は、ほぼ円柱型の頭部と右腕だけだった
それは、重たい金属製の頭部を下にして
地面に着地したのだ
ウメさんは、片手に持った刀を
ビュンと空振りして、
付着した体液を飛ばしながら言った
「着地に失敗してしまった....
こんな無様な姿、誰も見てなくて良かったわ
まあ、どの道、刃物を使った戦いに
優美さなんて存在し得ないんだけどね。
まさに、神罰をも畏れず、
地獄の鬼をも喰らい尽くす....
この凄惨さこそが現実なのよね」
本当に、凄惨な光景だ
短い階段の麓では、悪意の人型の上半身が、
下半身の残骸に寄りかかるような形で
頭部を下にして直立している。
つまり、上向きになった切断面が丸見えなのだ。
その下の右腕は、
弱々しく地面を擦るように動いている
ウメさんは、刀の切っ先を下にして、
黄褐色に近い切断面にそれを押し込んだ
ズブズブと入っていく刃
それは、ついに”悪意の人型”の脳に達した
バアアァンッ!!
バアアァンッ!!
と、レバーアクション銃の銃声が聞こえる。
弾のリロードを終えたヨッシー少年が
頑張っているのだろう
ウメさんは、再び刀をビュンと空振りして
体液を飛ばしながら呟いた
「師匠、私はまだまだあなたのように
完璧な技を繰り出すには至らない未熟者です
もっと長生きして、
精進を続けさせていただきますわ」
左腰に差している金属製の鞘に『魔剣』を
納めると、
駐爪が鞘をロックするチンッという音が響いた
口に入った土をペッと吐き出して、
息を吸い込む
「うげえぇ」
とたんに、忘れていた嗅覚が目覚め、
強烈な腐敗臭が脳天を貫く。
さらに、今更ながら
地面に叩きつけられた痛みが襲ってきた
「全く、老体をこき使うんじゃないわよ!」
ウメさんは、一通り悪態をついた。
そして、右腰のホルスターから
『グロック17』を取り出したのだった