チョコボーラー7
ズンズンとこちらに向かってくる小船を
見ながら、ミヤモトの中には
忌まわしい記憶が蘇っていた
彼は今、リバーサイド同盟のことを考えていた。
そこはかつて、大きな川の中流にある、
県で第二の規模の都市だった
3年前、その都市の数万人もの生存者たちに
過酷な運命が課された。
県知事ゴンドウが、彼等を救出する条件として
自力で海辺へと向かうように言ったのだ
ふと、ミヤモトは言った
「ミズハ少尉さん、3年前、チョコボーラーは
....いや、当時の県庁は
弱者の救出を拒みましたね。
そして、リバーサイド同盟の人々に対して
自力で海へ向かうようにと言った。
あれは、どう考えても無理難題だった」
今、ミヤモトとミズハは、
こちらにズンズンと向かってくる小船のほうに
顔を向けている。
古代ギリシャ風スタッフ数人が漕ぐその船の
真ん中には、全身に金粉をまぶした男が
突っ立っている。
黄金男は、全裸ではなく、
股間に葉っぱ(の封筒)を貼り付けている
2人は、
「ゴールデン・コバヤシ」を見つめながら
会話をしていた
ミズハの声が答えた
「そうでしょうか?確か、あの地には
大きな川が流れているでしょう?
その川を下れば良かったのです。
十分に合理的で、実現可能な事だと
思いますけど」
ミヤモトの中に渦巻く怒り。
....これだからエリートどもは!!!
しかし、ミヤモトは感情を表に出さずに
淡々と言った
「川を下るための船はどうするのです?
避難所で、ありあわせの材料で
造らなければなりません。
せいぜい、筏のようなものしか造れませんよ
あの川は、流れは比較的に緩やかで
川幅も広いとは言え、
それでも、川を下るにはそれなりの
技量が必用になります
私のような漁師や
体力に優れた者ならばまだしも、
生存者たちの中には、
老人や、子供や、病人だっていたはずだ。
全員が無事に済むとは思えませんね
まずは、避難所から川にたどり着くのにも
一苦労でしょう。
造った筏と大勢の生存者たちが、
人型の群れを突破しなければなりません。
まあ、奇跡的に川辺にたどり着いたとしても、
数万人もの人々がそこに殺到するのですよ
追ってきた人型に次々に飲まれる人々、
粗末な筏が思うように進まないか沈没して、
大渋滞になる川
容易に地獄絵図が想像できますね」
もはや目と鼻の先にまで迫ってきた小船.....
古代ギリシャ風スタッフの息遣いさえ
聞こえてきそうだ
その小船の真ん中に立つ黄金男から
目を反らすことなく、ミズハは言った
「私たちにはどの道、
内陸に住む生存者たち全員を救う能力は
ありませんでした。
だからと言ってミヤモトさん、
リバーサイド同盟が起こした行動に
あなたは賛同できるのですか?」
ミズハと同じく、
ズンズンとこちらに向かってくる小船を
見つめながら、ミヤモトは言った
「自衛隊のヘリで救出される少数の有能者と
川を下ることが出来る少数の強者、
それ以外の大勢にとっては
他からの救助が期待できない。
そんな状況で、座して死を待つことを
強要することなんて誰にもできません」
そう、彼等は団結したのだ。
『リバーサイド同盟』を結成し、
自分達が生き残るために
手段を選ばないことにしたのだ
彼等は、ダムを決壊させて大洪水をおこした。
結果、川の下流域を壊滅させて、
『島』にもゾンビパンデミックを持ち込んだ
それでも、ミヤモトは言った
「賛同することは出来ないが、
彼等がやったことは正しかった」
こちらに向かってくる小船.....
その真ん中に立つ「ゴールデン・コバヤシ」は、
ミヤモトのほうを見つめている
ミヤモトは、あえてコバヤシに視線を返した
「あなたが、どれほど力を持っていて
有能であろうとも、
思い通りにならない連中もいる。
今、俺の中には、リバーサイド同盟に
肩入れしたい想いが渦巻いている
しかし、奴らのせいで....
”俺は妻を亡くした”
ああ、分かってはいるんだ。
自分達にとって全て
都合の良いコミュニティーなんて存在しない」
ミヤモトの独り言に、ミズハが返した
「存じてますよ、ミヤモトさん....
大洪水の影響で、島に人型が流れ着いて
被害をもたらしたことを。
辛い思いをされたでしょうね
でも、今、あなたがおっしゃったことが
現実なのです。
島の人々の為に何を成すべきか、
冷静なご判断をなさるべきです」
ミヤモトと目を合わせながら、
ズンズンとこちらに向かってくるコバヤシ
ふと、プールサイドに、漕ぎ手とは別の
古代ギリシャ風スタッフたちが出現した
彼等は、そそくさと
”玉座”のようなものを設えている
そして、ついに小船はプールサイドに着岸した
「おおおおおおおっ!!!」
「ついに着岸なされたあああ!!!」
「卑小なる我々の元に
降り立たれたのだあああ!!!」
周囲の若者たちから大歓声が巻き起こる。
それは、まさに地上に降り立つ神のようだった。
全身に金粉をまぶして
股間に葉っぱ(の封筒)を付けたコバヤシは、
ミヤモトのほうを見つめながら
小船からプールサイドに移動しようとした
しかし、足元不注意の為に、
プールに落ちたのだ
ドボンッ!!
お湯しぶきが立ち、唐突にコバヤシの姿が消え、
呆然とするミヤモトとミズハ
コバヤシは、
小船とプールサイドの隙間に落ちた
とっさに体が動き、ミヤモトとミズハは
2人がかりでコバヤシを救出した
(神のように振舞ってはいても、あなたは
所詮は私と同じ人間だ!!)
コバヤシの黄金色の手を取って引き上げながら、
ミヤモトは、心の中にわずかな希望を
見出したのだった