ムケチン作戦~覚醒
”ついに、ここにも人型が襲来してきた”
「ワンワンッ...ワンッ」「ワウウゥ...」
犬たちの鳴き声が弱く遠ざかって行く
暗い森の中から漂ってきたのは強烈な腐敗臭。
社務所の屋根の上のヨッシーは
レバーアクション銃に弾を装填し、
銃口を森に向けている。
当然、神楽殿の舞台に居るウメさんも
匂いを感じて、ヨッシーに檄を飛ばした
「ヨッシー君、この臭いも、あなたの
”思春期〇ー〇〇”のイカ臭さに比べれば
まだマシなほうでしょう!」
ヨッシーはどう返していいか分からずに
黙って森を見つめている。
鬼教官モードのウメさんの檄が続いている
「入れる穴を間違えた童○野郎みたいに
焦らないでね!
破壊力の大きいダムダム弾は
上手くいけば、人型の手足を破壊して
奴らの攻撃力を削いでくれるけど。
基本、頭以外を撃っても無駄弾だからね、
頭よ、頭だけを狙って!!」
本来なら、こういう時に
ワーワーとがなり立てられると
かえって焦ってしまいそうなものだが、
さすがは元教官殿だ
的確なアドバイスと適度に下ネタを混ぜた檄は、
ヨッシーの心を落ち着かせる
それでも、まだ心臓がバクバクと鳴っている
「相手が女だろうが男だろうが
入れる穴は間違えませんよ.....多分」
ヨッシーはこっそりと呟いてから
ちらりと振り返った。
犬太郎と犬次郎は、参道よりもさらに向こうの
大砲の櫓辺りに避難していた。
優れた嗅覚を持つ犬にとって、この臭いは
きつすぎるのか?
それとも、腐敗臭の中に、
生物ではない異質な何かを感じ取って
本能的に恐れているのか?
しかし、人型は、人間以外には
全く害をなすことはないのだ
「安心しろ、犬太郎に犬次郎、
これは俺達(人類)の問題だ。
俺が、この問題にどうやって立ち向かって
解決していくかを、見届けてくれい」
ヨッシーの眼下には、倉庫小屋の屋根と、
その向こうに腰くらいの高さの玉垣。
さらに向こうにはLED照明に照らされた森
「!!!!」
ついに、木々の隙間に
”人の形のシルエット”が出現した。
ビクンッと、心臓が口から飛び出しそうになる
照明の光が僅かにしか届いていない木々の奥、
ボンヤリとした黒い影のようなシルエット....
そう、人の形のシルエットだ
「ハア...ハア...ハア」
銃の照準を、まだ粒のように小さい頭部に
合わせる。
しかし、それはすぐに手前の木々に隠れて
見えなくなった
「ウメさん、来ましたよ!!」
大声で言いながら、
再び木々の隙間から姿を見せたシルエットに
照準を合わせるが....
「くそっ、くそっ、やめろ!!
普通の人間みたいな動き方をすんな!!」
こちらに近づくにつれ、黒いシルエットは
照明の光を浴びて、その正体を露わにする
分かってはいたが、やはり”人型”だった
木々を避ける為に、ジグザグに動いていて
まだ狙えない。
何よりも、普通の人間のように歩いてくる
その動作....
迫って来る人型は、
もうとっくにシンレッドライン、
つまり30メートル以内だ
「ヨッシー君、撃つのよ!
ベテラン兵士みたいなワンショットキルは
期待してない!
質より量で撃ちまくればいいの」
そうだ、撃つんだ、とにかく撃ちまくれ!!
ヨッシーは、引き金を引いた
バアアァンッ!!
今朝の射撃場での時と違って、開けた場所では
銃声は拡散してこだまする。
しかし、人型は倒れることなく、
こちらに向かって来ている
「まだだ、まだ残弾は山ほどあるぜ、
思春期の連射速度を思い知れ!!」
ヨッシーは、3本の指でトリガーガードの
下の輪っかをガチャリと押し出した。
空薬莢が上から飛び出し、
ファイアリングピンのケツがニョキっと
突き出てハンマーを起す
ボルトアクションという、
手動連発式の完成形が発明されたことにより
旧時代の遺物となったレバーアクション。
しかし、利点はあった
それは、
銃を構えた姿勢をほとんど崩すことなく
素早く行える次弾装填だ
再び輪っかを押し戻し
次弾を装填し終わると同時に、
人型は玉垣のすぐ側までやってきた
ガランガランッ
ふいに、いくつかの鈴の音が響いた
......そして、人型の動きが止まった
ヨッシーは、さっきまでバクバクと言っていた
心臓が落ち着いているのを感じていた
とても冷静だった
「そうだ、なんで忘れていたんだろう
玉垣のラインには、
矢之板さんが作ってくれた鉄条網がある。
それに、例え俺が撃ち漏らしたとしても、
次に待ち構えているのは
俺よりもはるかに強いウメさんだ」
気が付くと同時に、
ヨッシーの中に変化が訪れていた
鉄条網に阻まれ、動きが止まった人型の額に
標準を合わせる
引き金を引く
バアアァンッ!!
11.5ミリのダムダム弾は、
人型の額をかち割った
強力なパンチ力によって、人型が後ろ向きに
ぶっ倒れる。
そう、今朝の射撃場での訓練だ、
あの時のように冷静に対処すれば
どうってことない。
漂ってくる腐敗臭も、
常にイワシを干している島で生活しているので
慣れている
ヨッシーは言った
「ウメさん、倒しました」
即座にウメさんの賛美が聞こえる
「よくやったわ!
まあ、分かってはいたけど、よくやった!
これで、私の罵声を浴びながら
股間をグリグリとブーツで踏みつけられて、
なぜか膨らんでいく股間を見られて
呆れられる未来が遠のいたわよ、おめでとう」
ヨッシーも応える
「こ、幸運であります」
ヨッシーの中に芽生えはじめていたのは、
かつてサトシが
『ニーチェ的超人モード』
と呼んでいた能力にとてもよく似ていた
レバーをガチャリと操作して
次弾を装填しながら、
ヨッシーは空を見上げた
・・・・満点の星空・・・・
柔らかい星々の光が、まるで
自分を見守っていてくれているようだった