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ムケチン作戦~星

前髪を切り揃えたポニーテールに、

わずかにそばかすの跡が残る顔。

その若い娘は、サトシと対面したとたんに、

一気にまくしたてた



「サトシさん、これは

 兄が通勤で使っていたバイクの鍵です。

 あなたには野外駐車場に停めてある社用車が

 与えられますが、兄も先生も、

 バイクで移動するべきだって言ってました


 そのバイクは、野外駐車場の脇の駐輪場に

 止めてます。

 門を出てまっすぐ、通りの向かいにあるのが

 野外駐車場の出入り口で、

 そこを入ってすぐ左が駐輪場です。 

 緑色で、背が高い、

 オフロードバイクとかいうものらしくて、

 すぐに分かるそうです。


 そして、先生が、最適な逃走ルートを

 徹夜で調べてくれて、それを、

 このタブレットPCの地図に入力してます。

 名古屋の都心部に向かうルートと、

 西の山岳地帯に向かうルートです。


 食料や医療品やサバイバルキットや

 手動充電器が入ったバックも、

 皆が用意してくれました。

 そう、私たちと一緒にここまで逃げてきた

 あの人たちですよ


 そのバックは、今夜、密かに門の外に

 落としておくそうです。

 絶対に忘れないように拾ってください」



サトシは苦笑いした



「ルミちゃん、そんなに一度に

 まくしたてなくてもいいよ」



しかし、ルミは言った



「いいえ、大切な事なので、

 何回でも繰り返しますから!!」



二人が居るのはサトシの監禁部屋だった。


壁に背をもたれて

体育座りをしているサトシ


そして、彼の目の前には、正座して両手に

バイクの鍵とタブレットPCを持ったルミが居た。

監禁部屋を監視している者は、

ルミの訪問を黙殺してくれている


.....早朝、サトシはこっそりと

このコミュニティーを去ることになっていた。


恩情として、工場から狙える限りは

彼に群がるゾンビを狙撃してくれるのと、

逃走手段の車を与えられる。


しかし、戻ることは絶対に許されなかった


それでもサトシには、

これからのサバイバルを生き残る自信があった。

でも、もう、ルミと会う機会は

これで最後だろう


ふいに、ルミの大きな目から、涙が溢れだした



「サトシさん、どうして、

 私たちを憎まないんですか?


 私は...他の皆だって、

 あなたに命を救われたのに、

 こんな仕打ちをしてるんですよ!!

  

 

しかし、サトシは言った



「君たちを憎む理由なんて全くないね


 ゴンさんから君達の事を頼まれたんだ。

 何よりも俺自身、ルミちゃんと先生が、

 今後もこのコミュニティーで暮らせることに

 心から安心している


 変な話だけど、皆が

 俺を追放するっていう決断を下せたことに

 ホッとしてるんだよ」



ルミは、サトシの目の前で泣き続けている



「私は、自分が生きたい為に、あなたに

 こんな仕打ちをするコミュニティーに

 居続けます...


 私は、こんなにひどい女なんです。

 どうか憎んでください、私を....」



サトシは、壁に背をもたれたまま、

頭の後ろで両腕を組んで言った



「おいおい、君はひどい女なんかじゃないぜ


 いいかね、君の目の前にいる男はね、

 ここから追放されるに値するクズ人間なんだ


 強姦魔ってのは本当にクズなんだよ。

 

 ソレは、自分よりも明確に力の劣る

 弱い女性にしか手を出せない


 例えば、視覚障害を持った女性や

 十代の少女や高齢者など....

 

 君の目の前に居る男はね、そういう

 明らかに抵抗する力の弱い女性を選んで

 凶行に及んでいた。

 心の底から見下げたクズ野郎だろ?

 俺なら、こんなクズ、追放どころか

 処刑してやりたいね。

 

 ルミちゃん、君がするべき事は

 すぐに、この監禁部屋から出て行って、

 もう俺の事なんか綺麗さっぱり忘れることだ」



そう、警察がネットに流した情報で、

サトシと先生が犯罪者だというのがバレた。

「凄腕ハッカー」だった先生は許されたが、

「連続強姦魔」だったサトシは許されなかった


それは、ごく当然のことだとサトシは思っていた


...と、泣き続けていたルミが、頭を上げて

サトシのほうを向いた。

そして、目に涙を湛えたまま、フッと微笑んだ



「なんで、連続強姦事件なんてやったんです?


 サトシさん、あなたなら....

 例えば私みたいに、

 あなたのことを好きになる女性なんて

 いくらでも出来たと思いますけど」



サトシは、ルミから目を背けて言った



「俺は、ここを追放されても

 生き延びる自信がある。

 

 むしろ、1人になって気楽なくらいだ。

 ルミちゃん、だから、

 俺のことは全く心配しないでいい


 君は、これから、先生と共に

 このコミュニティーのことを考えていくんだ」

 


先生が居てくれるから、ルミに関しては

ほとんど心配はしていなかった。


そして、サトシの中にも

かすかな望みが無いわけではなかった....



(もしかしたら俺は、あの怪物に

 打ち勝つことが出来るかもしれない。

 胸を張って君と再会できる日が

 来るかもしれないんだ)

 


サトシは、再びルミのほうに視線を戻した


そして言った



「そうだな、二人で約束し合おうか?」



ルミは、少しキョトンとしたような

表情になった



”いつか、生きて再会できた時、

 俺と先生とルミで、昔の事を笑い飛ばそう”



・・・・・・・・・・・



LEDランタンのボンヤリとした光に照らされた

神楽殿の控室。

そこの板壁にもたれて、

肩を細かく震わせて笑い続けるサトシ


ウメさんは、しばらく

そんなサトシの姿を見つめていた。


斬られた両足を前に投げ出し、

上半身を壁にもたれたまま笑い続けている。

灰色の作業着姿に、短いスポーツ刈り、

どちらかというと好感の持てる顔


目の前の男は、あまりにも無力に思える


ウメさんは、低い冷酷な声で言った



「これから死ぬのが、そんなに面白いの?

 まあいいわ、せめて喜びに浸りながら

 死を迎えなさい」



そして、片手に持った「グロック17」の

スライドを引いて弾を装填した。



カチャンッ!



冷たい金属音が響き、ようやくサトシは

笑うのを止めて頭を上げた。

自分に向けられた拳銃の銃口、

それをボンヤリと見ながら、

サトシは独り言を呟いた



「ごめんよ、約束を果たせなくて....


 せめて俺は”星”になるよ。


 暗くなっても道に迷うことがないように、

 君の足元を光で照らしてあげるから....」



サトシの言葉に、

一瞬、ウメさんの呼吸が乱れた。


しかし、

すぐに大きく息を吸い込んだウメさんは、

拳銃を構え直した。


サトシの額に狙いを定める


そして、引き金を引いた



ズバァンッ!!!



///////////////////////////////////////



「ワンワンワンッ!!」「ワンワンッ!!」



神楽殿から銃声が聞こえ、

下では犬たちが興奮している。


ヨッシーは、社務所の屋根の上で夜空を

見上げていた


それは、悲しいくらいに”満点の星空”


ウソのように大気が澄み渡り、

今までしばらく見えてこなかった星空だった


ヨッシーは独り言を呟いた



「とても短い間だったけど、友人として

 あなたに触れてきた。

 

 だから、俺は信じる


 あなたの一部分は、最後の最後まで

 抗い続けていたと

 

 いつの日か、あなたの事を誰かに語るとき、

 俺はそう伝えるだろう


 さようなら、矢之板さん」




 

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